第27話 メール

 スズがなんとなく嫌そうな顔をしながらスマホで電話していた。

 普段から小さな微笑みを浮かべて相手に思考を読ませまいとしているスズが、露骨に表情を変えることは珍しい。それこそ、僕と会話している時ぐらいでないと……彼女は表情を変えたりはしない。しかし、今はスマホで電話しながら明らかに嫌そうな顔をしているのだ……僕としては滅茶苦茶気になる。


「はい……いえ、ですから特に問題は……はぁ……えぇ? いや、その……はい……す、すみません」


 謝ってる? もしかしてスズから見て目上の人からの電話なんだろうか……いや、そもそもスズって僕以外としっかり携帯番号を交換していたんだなって思ってしまった。僕が言うのもなんだけど、スズに友達がいるなんてイメージが無いので……ああして電話していることそのものが驚きではあるんだ。結構失礼なこと言っているし、ブーメランなこともわかっているけど……ちょっとばかりスズの交友関係が気になってきた。


「はい、もう切りますよ? え、いやいいですよ……本気でいいです。迷惑になるかもしれないので……え? はぁ……確かに、一緒に住んでますけど……いえ、絶対にやめてください。フリじゃないですからね?」


 明確な拒絶の言葉を吐いてから、スズは電話を切って……滅茶苦茶大きな溜息を吐いていた。


「……大変、だったね?」

「え? あぁ……聞こえてしまっていましたか?」

「いや、内容は聞こえてなかったけど……なんか溜息吐いてるから」

「そう、ですね……少し、面倒な方から電話が来ていて」

「学校の関係者?」


 スズに電話をかけてくるような人間で、スズがしっかりと敬意を持って接するような人なんて誰がいるかな……言い方は悪いけど、スズは人間に対して興味なんて持ってないはずだから僕には見当もつかない。


「……お母様、です」

「母? あぁ、お母さんね……え?」


 スズの母親?

 僕はガバっと起き上がってからスズの顔をまじまじと見つめる。長い白髪は綺麗に頭の後ろで纏められており、私服も割とカッチリとして肌の露出が少ないスズだが、今は部屋の中なので割とラフな寝間着を着ているので、男が妄想するような女性の理想像みたいな豊満なボディラインが見え隠れしている。切れ目の赤い瞳は家の中だからなのか少しぽわんとしている印象を受け、総じてリラックスしている休日の格好って感じだ。

 人間離れした美しさを持っているスズだが、当然ながら人間ではない。神様なのだから当たり前なんだけど……その神であるスズの母親? それって神なのでは?

 僕は視線をスズが持っているスマホに移動させると……ブルっと震えた自分のスマホに目を向けた。


『件名:娘のこと、よろしくお願いします』


 えぇ……誰だよ。いや、送り主が誰かはわかってるんだけどね? 娘のことって言ってるってことは、スズの母親なんだろうけど……神様ってもしかして電子機器にも干渉できたりするの? 確かに、霊的な存在は結構電子世界にも入り込んでいる的な言説は聞いたりするんだけど……それにしたっていきなりこんなメール送られてくると僕もびっくりしてしまうんだよね。


「もしかして、母から何か来ましたか?」

「え? あ、いやー……べ、別に?」

「失礼します」


 僕がちょっと動揺するようにしてなんでもないと言おうとした瞬間に、スズが踏み込んできて手の中にあったスマホを奪い取った。ホーム画面を見て、メールがあることを確認して……スズは再び大きな溜息を吐いた。僕はスズにのしかかられる格好になっているので、スズの柔肌の感触がそのまま伝わってきて……動くに動けない状況になってしまっている。


「……どうせ碌な内容ではないので、読まずに消してしまっても構いませんよ」

「え? で、でも……僕はまだスズの両親と会ったことないし、流石にメールぐらいはしっかりと読んでおいた方がいいかなって思うんだけど」

「いいえ、必要ありません。そもそもお母様なんて昔から碌なことしないので、送られてきたメールの内容も、どうせ私が変なことをしていないかとか、昔の私の話なんてことをつらつらと並べてあるだけですので」


 僕が再び何かを言う前に、スズが勝手に僕のスマホを操作してメールを削除してしまった。いやぁ……それでも僕は義理の母親になる相手のメールぐらいは、しっかりと確認しておいた方がいいと思うんだけどなぁ。

 プリプリと怒りながら背中を見せたスズにバレないように、素早くスマホを操作してゴミ箱へと送られたメールを発見しようとしたが……懇切丁寧にゴミ箱からも消されてしまっていた。仕方ないから諦めるかと思ってスマホの画面を消そうとしたら、ポコっと再び通知が来た。


『件名:どうせ娘がメールを消したでしょうから』


 スズ、お義母さんに行動が読まれてますよ。

 すすっとメールを開くと、そこには丁寧な挨拶から始まる文章が並んでいた。

 じーっと下までメールの内容を確認していくと……数分で読み終わるぐらいの分量だった。どうせスズにメールは消されているだろうからまた送りますという内容から始まり、つらつらとスズが迷惑をかけていないでしょうかと心配する親の気持ちが綴られていた。

 ふと、僕はそこで思ったのだが……神であるスズの親族ならば、その存在もまた神であることは間違いないのだろうが……どんな神なのだろうか。スズは白蛇の神で、祟りを扱ったりしているみたいだけど……それ以上のことはあんまり知らなかったりする。

 意識をメールの方へと戻して文面を確認すると、そのうち直に会いましょうと書かれていた。まぁ……将来的に結婚することはもう決まっているのだから、挨拶はできる限りはやく済ませた方がいいのではないかと、確かに僕は思う。


「スズ」

「なんでしょうか?」

「お互いの親に挨拶ってしっかりしないと駄目だよね?」

「え? あ、いえ……その、しなくても、いいんじゃ、ないですか?」


 どんだけお義母さんに会いたくないのよ。

 スズの今までの反応からして、多分……破天荒な性格をしているんだろうな。メールの文面からもそういう感じが溢れていて……スズの苦手そうな性格なのかなと思ってしまった。基本的にテンションが低くて変わらないスズと反対の、テンションが高くてキラキラと輝くような人なのではないかと予想する。


「うん……特に僕は神の世界で生活する訳だから、しっかりとスズのご両親に挨拶しておかないとね」

「そ、そうですね……確かに、そうですね」


 よし、いつかやることリストにしっかりと記入しておこう。

 義実家へ挨拶に行く、と。

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