第12話 好奇の視線
翌日から、なにもなかったように学校が始まる。いや、世間的にはなんの事件も起きていない……起きているのは僕個人にとっての事件だけで、世間的にはただ8月が終わって学生の夏休みが終わりを迎えただけのことだ。
「ん……あぅ……」
「……スズ、男性高校生のベッドに潜り込んだらどうなるのかわからないって僕は言ったよね?」
僕だって男だ。気弱で陰キャでぼっちで社交性のない人間であることは自覚しているけど、それでも僕は女性に対して人並みに性的な興奮をしてしまうのだ。だから……ちょっと艶めかしい声を口から出しながら僕の布団に潜り込んでくるのは辞めて欲しい。
なんとかスズの身体に触れないようにしながらベッドから這い出て、僕はトイレで用を足してから歯磨きをする為に洗面所の扉を開けた。
「おはようございます」
「うぉ……びっくりした」
洗面所の扉を開けたら、鏡に僕とスズが映り込んでいてびっくりしてしまったのだが……なんとなく眠そうな顔をしていたので苦笑いを浮かべてしまった。神様でも、やっぱり朝は眠たいものなんだなって……もしかしたら、彼女は本拠地をこちらに移したばかりで疲れているだけなのかもしれないけど、人間には一生かけても理解できない話だから放っておこうと思う。何日も続くようならちょっと聞けばいいし。
歯磨きをしてから寝間着から制服に着替え、朝食の食パンを食べるために魚焼きグリルにパンを2枚突っ込んで焼く。最近のコンロは結構便利なもので、魚焼きグリルでもボタン一つでブレッドなんて設定ができ、食パンが焦げないぐらいの焼き加減にしてくれる。わざわざトースターを買う必要がないってのは、こういう1人暮らしの狭い部屋にはそこそこ便利だったりする。
「インスタントの味噌汁……私の敵ですね」
「いや、今時は毎朝味噌汁作ったりしないから……と言うか、そこまで味噌汁にも拘りないからね?」
やっぱり日本の神様な訳だし味噌汁がいいのかなと思って、僕はスズにインスタントの味噌汁を出してあげたのだが、それを眺めながら彼女は唸っていた。僕は苦笑いを浮かべながらインスタントのコーンスープを飲み、パンが焼けたらマーガリンを塗りたくって先に淹れておいた紅茶を口にする。
もそもそと、スズが食パンを食べる音を聞きながら、テレビから流れて来るニュースを聞く。新聞なんて取らずに、ネットニュースとテレビだけで済ませてしまうのは、最近の若者みたいなのかな?
「……怖いなぁ」
「はい?」
テレビには怨恨から来る殺人事件のニュースが流れていた。
最近の日本は殺人事件の発生件数が下がっている、みたいなのを何処かで見た気がする。治安が良くなっているからなのか、それとも別の原因があったりするのかは知らないけど……平和になっている世の中でもやはり色々な理由で殺人事件なんてものは起こってしまうものらしい。怨恨での事件なんかを見ていてもぞっとするけど、無差別の強盗事件なんかもあったりするのでかなり恐ろしい気分になってしまう。
ちらりとスズの方へと視線を向けると、僕がニュースを見て芽生えさせた恐怖心を敏感に感じ取っていたのか、何故か瞳孔を細くさせてニュースをじっと見つめていた。
「蓮太郎さんは、こういう事件が起きたら被害者の方に同情したりするのですか?」
「そりゃあ、まぁ……どんな人だって、それが殺されていい理由にはならないと思うから」
「そうですか……私がいる限りは蓮太郎さんに危害なんて及ばないようにしますから、安心してくださいね」
「それはそれで怖かったりするんだけどね」
たとえばの話だけど、僕がひったくりにあったりしたら……彼女はその犯人はとんでもない方法で追い詰めたり、制裁を加えたりするんじゃないかと思っている。自惚れではなく、それぐらいの愛情がスズから僕へと向けられている。
一途に想われること……それ自体はとても嬉しいのだが、彼女の常識的ではない行動によって僕の周りの人が傷ついたら僕は凄く悲しくなってしまう。スズは僕が悲しむようなことを好き勝手にするようなことはないのだと僕は思っているのだが、神様だって間違いをおかすこともあるだろう……そう考えると、こちらからもある程度の警戒は必要なのかもしれないと思ってしまう。
僕の住んでいる場所は学校からそう遠くない場所に位置している。1人暮らしで学校に通うって話した時に、両親が駅から近い所か学校の近い所のどちらがいいのだろうかと言っていたのだが、僕としては毎日通うことになる学校が近い方が楽だろうなと思っていたからなんだけども……スズのことを考えるとよかったかもしれない。
今のスズは、僕の部屋に飾られている神棚を中心に動いている。電車で僕が移動する範囲ぐらいは神棚で行動できるみたいだけど、なんだかんだ言っても神棚に近い方が力はやはり強くなるらしい。つまり……学校に無理やり入学したスズの事情を考えると、学校と神棚が近いことはかなり有利と言えるかも。
「おはよう」
「……おはよう、ございます」
「おはようございます、藤原さん」
家から出てすぐは僕の腕に自分の腕を絡めてきたりしたのだが、流石に大きな噂になったら面倒だからと僕がスズを説得し、なんとか2人で歩く程度に済ませていたら、校門付近で藤原さんと目が合った。明らかに「面倒な奴と会った」みたいな顔をされたが、普通に挨拶されてきたのでちょっと詰まりながら挨拶を返した。
「その……今更だけど、どうしてこの学校に?」
「自分で考えてみたらどうですか?」
「……夫である彼と同じ学校に通うため」
「正解です」
「合っててほしくなかった……こんなこと報告書に書けないよ……」
う……なんというか、物凄い罪悪感が僕を襲った。
しかし……周囲からやけに視線を向けられている気がする。自慢ではないが、僕は学校内に友達と呼べるだけの関係性を築いた同級生がいない。だからこうして誰かに注目されるようなことなんてないのだが……やはり白髪赤目で男好みされそうな体系をしているスズと、濡羽色の髪にスレンダーなモデル体型をしている藤原さん、そんな美人の2人と一緒に歩いているから注目されているのだろうか。いや、それ以外に考えられないな。
「えーっと……スズは、僕たちと同じクラス?」
「勿論です」
だよね……これから、スズと登下校するたびにこんな好奇の視線に晒されるのかと思うと、今から既に胃が痛くなってきた。やっぱり僕は小心者なのかもしれない。
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