第2話 白沢鈴奈
「ふぁ……」
窓から入ってくる太陽光によって目を覚ました僕は、大きな欠伸をしながら身体を起こした。目を擦りながら周囲に視線を向けて、一瞬ここは何処だと思ってから自分が実家に帰ってきたことを思い出した。しばらくぶりに見る自分の部屋は、引っ越しで荷物を持っていったのだから当然だが人の生活している気配がないような殺風景な部屋になっていた。
部屋の端に寄せてあったスーツケースから着替えを取り出し、寝間着から着替えようとした所で……部屋の床に脱ぎ捨てられている上着を見つけた。
「……あ、そうだった」
昨日、実家に帰ってきた初日にいきなり外に出歩いたんだった。何をしに外に出たのかあまり覚えていないのだが……僕は確かに自分の意思で外に……あれ?
「神、社……そうだ、僕は神社に行って」
「私に会ったんだよ?」
「っ!?」
首に触れられながらいきなり話しかけられた僕は、手に持っていた上着を放り捨てて部屋の壁に背中を預け、僕に触れた人間に目を向けた。そこには、太陽の光を反射させて煌めく白い髪を持った美しい女性が立っていた。見ているだけで心が底冷えするような美貌を持つ女性……僕は確かに、神社でこの女性に出会った。それから……なにをしたのか全く覚えていない。
「酷いよね? 会いに来てくれたのに、私のことなんて覚えてないって……あんな将来を誓い合った仲だったのに。私、嫉妬で狂って貴方を殺してしまう所だったわ」
背中に冷や汗が流れる……彼女は本気で言っているのだと、僕の本能が悟っていた。
「ね? また私に会いに来て? そうしたら全部教えてあげるから……私の名前とか、貴方の気持ちとか、この町のこととか、学校のこととか……全部、ぜーんぶ教えてあげるから」
だから、と彼女が口にすると同時に視界が暗転して……僕は再び部屋の天井を眺めていた。
「ゆ、め?」
起き上がると同時に周囲を見渡してみると、朝陽が入らない西向きの窓が目に入った。寝間着は汗でびっしょりとしていて、滅茶苦茶気持ち悪いのでさっさと抜いでしまって朝からシャワーを浴びよう。
シャワーを浴びている最中に、僕は昨日のことを思い返していた。
昨日、神社で不思議な女性に出会って……僕は痛む頭を抑えながら逃げ出したのだ。いきなり「お帰り」と言われて困惑している僕に手を伸ばしていた女性が、この世の物ではない美しさを放っていたから……だから僕は迷わず逃げた。階段を一番下まで降りてから振り返ったら、何故か彼女は鳥居の前に立っていて……酷く冷たい目でこちらを見下ろしていた。
あの女性……夢にまで出てくるなんて、僕にとってとんでもないトラウマになってしまったらしい。まぁ……滅茶苦茶怖かったからトラウマになるのも無理はないかなって思うけど。
「おはよう、お兄ちゃん……そう言えば手紙届いてたよ」
「手紙? 僕に関係あるの?」
「うん。宛名がお兄ちゃんになってたし」
シャワーから上がっていきなり話しかけてきた由衣が、これまたいきなり手紙を渡してきた。自慢じゃないが、僕には手紙を送ってくるような親しい人物はいない……いたとしても、僕が昨日から実家の方へと帰ることを知っていなければ、この家に僕宛の手紙なんて送ってこないだろう。
不気味だと思う気持ちを抑えながら手紙を開くと……そこには見たことない名前が記載されていた。
「白沢鈴奈……知らない名前だなぁ」
しらさわれいな、って読むのかな……それともすずな? どちらにせよ、僕の知り合いにそんな名前の人はいないので、間違えではないのかと思ってしまうが……宛名の
ぺらりと、手紙の内容を確認した……そのことを僕は後悔することになる。
「え」
手紙の中には「私の夫である柳蓮太郎様、どうか次は逃げないでください。もし次に貴方が逃げてしまったら、私は自分を抑えきれる気がしませんので、逃げる場合はその覚悟を持って逃げてください」と書かれていた。
逃げる……僕が女性から逃げたなんて言われて、真っ先に思い浮かぶのは昨日の神社での出来事。お帰り、という言葉から考えても異様な女性だと思っていたが……こちらの住所と名前まで把握しているなんて思ってもいなかった。もしかしたら、僕のストーカーなのかもしれない。
「け、警察とか……」
いや、駄目だ。実害の出ていないストーカーに対して警察は動いてくれないと聞いたことがある……それが本当か嘘かはわからないけど、少なくとも警察に電話したところで馬鹿にされるだけで終わってしまうかもしれない。
そうしてリビングに突っ立ちながら考えをぐるぐると巡らせていた僕の耳に、家のインターホンが鳴る音がした。
「はーい」
「っ! 由衣、それに出ちゃ──」
咄嗟に嫌な予感がして由衣を止めようとしたが、それよりも速く由衣が受話器を手に取った。そして……カメラによって映された玄関には、白髪の女性が立っていた。
『すいません、柳蓮太郎さんにお話が合って来たんですけど』
「お兄ちゃんの? 知り合いの人?」
「あ、う、ん」
「そうなんだ。わかりました、今から兄を向かわせますね」
何故、僕は咄嗟に頷いてしまったのか……多分だけれど、あの女性から放たれる異様な雰囲気から由衣を守りたいと思ってしまったからだ。僕のストーカーなのだとしたら……被害に遭うのは僕だけかもしれない。幸いと言ってはなんだけれど、トラブルに巻き込まれるのは慣れている……主に幽霊が相手だけれども。
由衣に促されるままに、覚悟を決めて玄関のドアを開くと……そこにはにっこりと美しい笑顔を浮かべている白髪の女性の姿。
「おはようございます、蓮太郎さん」
「……君は、誰なんだ」
「私は
「す、ず?」
あの神社で僕が一緒に遊んだ? 僕は昔からひとりぼっちで、一緒に遊ぶ友達なんて殆どいたこともないのに……そんな相手が果たして僕にいただろうか。
そこまで思い返して……1人だけ、朧げに頭に思い浮かんだ少女の姿があった。白髪で、赤目で……いや、昨日もこのことを思い出していたはず。僕の頭が、おかしくなってしまったのか?
「あぁ、困惑してしまっているのですね。私が干渉してしまったせいで……一先ず、自己紹介から始めませんか? 将来を誓い合った仲として、ね?」
にっこりと笑顔を作る白沢鈴奈さんの顔を見て、僕は何故か命を危険を感じ取っていた。
次の更新予定
神に愛されるということはその人生を捧げることである 斎藤 正 @balmung30
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