第30話 ネガティブな自分
「ふっ!」
おぉ……やっぱり高身長のイケメンがスポーツしてると絵になるな。
体育の授業でバスケットボールをやらされているのだが、やはりバスケ部で副部長をしている厚木くんは別格だなと思う。白天高校は部活にもそこそこ力を入れているので、部によっては全国大会に出場したりするらしいが……バスケ部はどうなんだろうか。
「ほら、柳もぼーっとしてないで」
「え? あぁ……うん」
爽やかな笑顔を浮かべながら厚木くんがこっちにボールを手渡してきたのだが、僕としては隅っこで気が付かれないようにぼーっとしていたかった。だって僕、あんまりスポーツは得意じゃないから。
経験者じゃないからっていうのもあるけど、そもそも僕はそこまで運動神経が良い方ではない。100メートル走のタイムだって平均より少し遅いし、持久力がないからシャトルランなんて女子の平均ぐらいしか走ることができないレベル。ボールを使うようなスポーツだって昔から苦手で……小学生の時はサッカーの授業で僕だけポツンと遠くから眺めていたものだ。
苦手と言っても、ずっと立っていると先生からやる気がないと思われて成績が下がってしまうので、少しだけドリブルしてから再び厚木くんにボールを返す。僕の意図をしっかりと理解しているのか、厚木くんは苦笑いを浮かべてから素早いドリブルをしていた。
「……やっぱり、ちょっとは憧れるよなぁ」
今更、僕がなにかのスポーツに熱中しようとは思わなかったが……それでもやはりああして素人目でも綺麗だとわかるフォームでボールを放っている厚木くんを見ると、なんとなく憧れてしまうのだ人間というものだ。
そんなことがあったのだと、スズに話してみるが首を傾げられてしまった。
「人に不得意があるのは当たり前なので。別に蓮太郎さんはそんなことを気にする必要はないと思いますが」
「そうなんだけどさ……そうじゃないんだよ」
「ん……まぁ、自分にできないことができる人を見て憧れてしまう気持ちは少しだけわかります」
「そっか」
神様にもそういう感情はしっかりとあるんだな。
「しかし、憧れているからといって自分の全てを変える必要なんてないのです。蓮太郎さんには蓮太郎さんのいいところがあるのですから」
人にはそれぞれの役割が存在している。厚木くんはスポーツが得意……なら僕は?
僕ができて他の人にはできないことはなんだろうか。霊が見える能力は別に僕だけのものではないし、白天高校の中でも勉強ができる方ではあるけれども、全国的に見ればそこまで滅茶苦茶頭がいい訳ではないと思う……僕にしかできないことはなんだろうか。
「蓮太郎さんは、私の傍にいてくれるだけでいいんです」
「……そっか、それがあったね」
僕にしかできない役割があった。それは……目の前で美しい微笑みを僕に向けてくれる彼女を制御することだ。割と人間の常識を理解せずに暴走することがある彼女の制御するのは僕にしかできないこと……我ながらちょっと小さなことな気もするけど、彼女が暴走したらこの街が滅びるかもしれないのだから僕はその制御に全力を注げばいい。
「よし、なんとなく自分の肯定感が上がってきた」
「それはよかったです。私も、蓮太郎さんには笑顔でいて欲しいですから」
うじうじ悩んでも、今すぐ僕の身長が10センチ伸びて、スポーツがなんでもできるようにはならないのだからやめよう。僕にはスズがいる……今は彼女を笑顔にすることだけを考えて生きていればいいはずだ。
そうと決まれば、僕はスズを喜ばせる方向で努力をしよう。たとえば……楽しめそうなデートプランを考える? もしくは、好みに合いそうな映画を探す? 料理をするって手も考えたけど、彼女は僕が家事をすることに抵抗感を覚えるからなぁ。
「スズ、デートするなら何処に行きたい?」
「……散歩をして楽しめる場所ですね。花畑なんかも好きですよ」
花畑かぁ……今の時期に綺麗な花ってなんだろうか。残念ながら僕は園芸については全く詳しくないから……そこら辺に彼女を連れて行くのならば事前に色々と調べなければならないな。
いや、ちょっと待てよ……僕には既に友達がいるのだ。本当になにもわからないってなった時は遠慮なく頼らせてもらうことにしよう。
「ふふ……私としては、蓮太郎さんが一緒にいてくれるだけで楽しいのですが、この答えは蓮太郎さんが望んでいるものではないと思いまして」
「そうだね。言われる方はそれなりに嬉しいけど……やっぱり好みの場所を教えてもらった方がいいかな」
「んー……遊園地なんかもいいですね。私は行ったことがないので、エスコートして欲しいんです」
「遊園地か」
そっちなら僕でもわかることが多いだろうから、なんとかなるかもしれない。
まぁ……僕は基本的に陰キャで出不精なのでそこまで経験がある訳ではないんだけど、スズが楽しめる場所ならば僕も頑張って調べようと思えるのだ。
「教室であんな風にイチャイチャできる彼女欲しい……」
「馬鹿、あれは特別だろ」
「いいなぁ……私もあれぐらい遠慮なく喋れる彼氏欲しい」
「ならもうちょっと大人しめのメイクにしたら?」
「は? うざ」
なんか……周囲から視線を向けられることに慣れ始めている自分が少し怖い。スズは相変わらず暖を取る為って言い訳で僕との距離が近いし、話している内容も確かにバカップルみたいだなとは思う。なんか……ネットでたまにみる「好きピ」みたいな頭悪そうなカップルみたいだよね、僕たち。
スズは基本的に人の視線なんか気にしないからな、なんて思って彼女の顔を覗き込んだら……なんとなく嬉しそうな顔で周囲を見ていた。
「スズ?」
「……はっ!? ち、違いますよ? 別に私は周囲の人間を見て自分の旦那様を自慢なんてしていません」
「僕のことを旦那様として扱って、優越感を得られるのは君ぐらいだよ……スズ」
「そうなんですか? 見る目が無いのですね、人間の女は」
いや、君がちょっと変って言うか……僕が昔助けたことを滅茶苦茶すごいことのように言っているだけだよね。あれぐらいの優しさなら、誰だってできると思うから……たまたまその相手が僕だっただけで、きっとスズは僕以外の人のことだって好きになっていたと思う。
そこまで自分で考えておいて、スズが誰かのことを好きになっている姿を想像して……僕は心がズキっと痛むのを感じた。我ながら馬鹿みたいな男だと思う……まさか、自分で勝手に考えて自分で勝手に傷ついているなんて、あり得ない程の愚かしさだ。本当に……変な所でネガティブな自分が嫌になる。
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