第31話 小競り合い

 中間テストが目の前に迫ってきたので、僕は学校の図書館で勉強することを選択した。私立の進学校なだけあって白天高校は図書館の設備はかなりしっかりしている。なにせ校舎とは別に図書館が存在しているのだ……しかも3階建て。スズが家に住むようになってからはあんまり利用していなかったけど、スズに出会う以前はかなりの頻度で活用していた。本が好きなのもあるけど、なによりこの静寂の雰囲気と紙の匂いがする場所が好きなのだ。

 スズも連れられてやってきたが……この静寂さを心地いいと思っているのか僕の隣で分厚い本を開いている。

 サラサラと僕のペンが紙に文字を書く音と、ペラっというスズが本をめくる音だけが響いている。設備がしっかりとしているから図書館には人が大量にいるかと思えば、実際にはそんなに利用する人が多くなかったりする。まぁ……家で勉強するほうが集中できる人もいるし、塾や予備校で勉強している人だって沢山いるだろうから仕方ないのかもしれない。それにしたって、これだけ本のラインナップもしっかりとしている図書館を利用しないのは勿体無いと思うのだが、利用者はあんまり増えたりしない。


「……こんな所で勉強してるのね」

「ん……藤原さん?」


 しばらく2人で静寂の時間を過ごしていたが、いつの間にか藤原さんが近くにいた。藤原さんの手にはこれまた分厚いファイルがあったので……彼女はその資料でなにかをしようとしていたのだろう。スズはちらりと読んでいる本から視線を向けてから、無言で本に視線を戻していた。


「お邪魔した?」

「いや……別に僕は問題ないよ」


 目の前に座った藤原さんもちらりとスズに視線を向けるが、スズが反応していないのを見ると溜息を吐いてから椅子に座り、分厚いファイルを開いて中の文書を読み始めた。ちらっと見えた文書には「陰陽庁」という文字があったので僕は見なかったことにして参考書へと視線を戻す。


 再び静寂の中でサラサラと流れる僕のペンの音と、2人の紙をめくる音だけが響いていた空間に僕の意識が少しずつ集中し始めた中で、僕たちが勉強していた1階のスペースにやかましい連中がやってきて僕、スズ、藤原さんの視線がちらりとそちらに向けられる。


「マジ中間テストだりぃな」

「それな、マジ終わってるわ」

「私、ほぼノー勉だわ」

「それは終わってるだろ」

「ウケる」


 どうやらやってきたのは複数人の男女の様で、ギャーギャーと騒ぎながら椅子に座っておもむろにお菓子を広げ始めた。

 まぁ……このスペースは確かに飲食が禁じられていないし、別に静かにするようにも言われていない場所ではあるけど……それにしたってよくもまぁあんな品性の無い大声で喋るものだ。


「うるさいわね」

「ん……いや、別に注意するほどじゃないし」

「集中して本も読めないような状況じゃ注意されて当たり前じゃない」

「そもそもこんな休憩スペースみたいな所でそんな省庁の資料読んでる方が場違いだと思うよ?」


 確かに彼らはうるさいけど、なにかルールを違反している訳ではない。ぎゃはぎゃは大声で笑っている姿はマナー違反にも感じるけど、それだって別にそこまで酷く制限されている訳ではないのだから、注意するほどではないと僕は思っている。なんなら、こんなところで機密資料っぽいものを読んでいる藤原さんの方がよっぽど不審者だ。


「……白沢さんはなにか思いませんか?」

「蓮太郎さんが何も思わないなら私からはなにも」

「全肯定ね」

「全肯定している訳じゃないけどな、スズは僕に意見することも多いし」


 単純にスズにとっては雑音にもなっていないって認識なだけだと思う。


「なら私が不快だから、私が1人で注意してくるわ」


 んー……それなら確かに僕が止める理由はないかな。ただ……彼らみたいなタイプが指摘されてうるさい声を抑えるとは思っていない。僕は割と、人間の善性を信じていないから……彼らみたいな人はきっと何処まで行ってもうるさいままだと勝手に思っている。

 つかつかと彼らに近づいていった藤原さんは、毅然とした態度のまま口を開いた。


「喋るにしても声量を抑えなさい。喋ってもいいスペースだからって図書館で下品な大声を出すのは辞めて欲しいの」

「は?」

「うざ……優等生気取りかよ」


 まぁ、あんな反応が関の山だろう。彼らみたいな人種は何処に行ってもいるものだから、そこまで目くじらを立てずに穏便に済ませればいいのに。


でも、仮にも白天高校に入学しているのだからしっかりとして欲しいわ。制服を着ているだけで品位を疑われる」

「はぁ!?」

「調子に乗ってんじゃねぇよ!」


 そこで更に煽るの!?

 男子が立ち上がって藤原さんに迫ると、彼女は反撃しようと詰め寄り……男子がいきなり前のめりに転んで頭を椅子の角にぶつけていた。痛みで男子が転がっているのを見て、藤原さんも周囲の連中も微妙な顔でそれを見つめていたのだが……僕はその直前にスズが指で机を叩いたことに気が付いていた。


「なにか、した?」

「えぇ……うるさかったので」


 どうやら、小さな祟りを起こしたらしい。

 藤原さんが殴ってこんなことになっていたら多分、もっと大事になっていたのだろうけど……自分から転んで頭をぶつけて痛がっている人間を見ると、誰もが情けないと思ってしまうだろう。

 スズの小さな祟りによって互いに冷静になったのか、藤原さんはゆっくりとこちらに帰ってきて椅子に座り、なんとなく憂鬱そうな顔をしていた。


「自己嫌悪?」

「ちょっとイライラしていたからって、人に当たるなんて最低の行為だわ」


 あ、やっぱり過敏になってたのは本当なんだ。

 藤原さんは息を1つ吐いてから顔を上げた所で、スズを目にして動きを止めた。


「…………もしかして、なにかやった?」

「わかるもんなの?」

「えぇ……ちょっと、嫌な空気が漂ってるから」

「おぉ、すごい。霊媒師みたいな」

「巫女よ」


 具体的にスズが何をしたのかなんて俺にはわからないけど、藤原さんはスズがなにかを仕掛けたことを後から見て理解できるらしい。幽霊が見えるだけの俺には何の変化も無いように見えるが、霊能力が扱える人にはきっと力の残滓みたいなものが見えているのだろう。バトル漫画みたいでかっこいいなと思う反面、変なことに巻き込まれたくないから見えなくてよかったのかなと思ってしまう自分がいた。

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