第37話 決別
「本当に、このままでいいと思っているの?」
突然、藤原さんに話しかけられた。
僕とスズが文化祭の準備を抜け出してから数日が経ち、僕たちは見事にクラスの人たちから攻撃対象として敵視されているのだが、そのおかげでどうやら文化祭までには準備が間に合いそうらしい。僕たちにとってはもう関係ないことになったのでどうでもいいのだが、藤原さんは僕たちに何かして欲しいらしい。
「うん。文化祭は別に参加しなくてもいいかなって……だって僕みたいな友達がまともにいない、コミュニケーション能力に欠陥がある人間が楽しめるようなイベントじゃないし」
修学旅行は観光地を巡るだけなのでコミュニケーション能力が無くても楽しむことができるのだけど、文化祭みたいな内輪ノリが必要なイベントは基本的に楽しめるものではない。僕ほどではないが少し乗り切れない人たちがいるのは事実だろう……たとえば、普段からキモイと言われて馬鹿にされているクラスカースト底辺の陰キャオタクたちとか。彼らにとって文化祭とは、準備を仲間と楽しめるが、本番は陽キャたちのノリで進行してクラスの端っこで見ているだけの時間なのだから。
「そういうことを言ってるんじゃないの」
「じゃあどういうこと?」
それ以外に僕が藤原さんにそのままでいいのかと言われるようなことは無いと思うんだけど。
「わからないの!? 貴方、このままじゃ本当に……人間でいられなくなる」
「それの何処が悪いの?」
「は?」
おかしなことを言うな……僕はスズと添い遂げると決めたのだ。その為に人間を捨てる必要があると言うのならば僕は人間を捨てよう。喜んで、とまではいかないが……スズと添い遂げるためにそれしか方法が無いのならば僕は迷いなく人間であることを捨てるだろう。心残りは家族だけなのだから。
「貴方……もう、狂ってるわ。人間としての自分を見失いかけている」
「心配してくれているのはわかってる。けどごめん。僕は17年という短い人生の中で、人間社会から排斥されている時間の方が圧倒的に長かった……普通の人間として今更まともに生きて行こうなんて無理な話なんだよ」
普通の人には見えないものがしっかりと見ることができる。そんなことだけで容易く人間は他人を排斥することができるのだ。その力を利用して商売にできるようなメンタルと頭が僕にもあればよかったんだけど、世間はそんなに甘くなかった。
人間という集団社会において、異端とされる人間は排斥されなければならない。僕は今までの人生で沢山学んできた……それが答えだ。
「勿論、僕が生きてきた短い人生で人間社会がどうとか語るつもりはないけど、とにかく僕はまともに人間と関わって生きていけるような存在じゃない。だからと言って、君たちみたいな異端者として活躍できるほどの気概も無い。今までの人生で、悪霊に呪い殺されていなかったのが奇跡だったんだよ……だから、もういいんだ」
藤原さんは唖然とした表情で僕を見つめている。きっと、彼女の生きてきた環境から考えられないような答えなんだと思う。人間が人間のままに死んでいけることは尊いことであると僕も思っているが、尊いからこそ、その通りに死ぬことができる人間が多くないってことだとも思う。
「蓮太郎さんがいいと言っているのに、貴方の考えを一方的に押し付けるのですか?」
「っ!」
音も無く僕の隣に立ったスズを見て、藤原さんは唇を噛んだ。
彼女が今、スズを見て何を考えているのか……そのおおよそは理解できているつもりだ。きっと彼女は、自分があの悪神を払うことさえできれば僕は普通の人間として生きていくことができるのに、ぐらいに考えている。確かに、僕の目の前からスズがいなくなったら……きっと僕は普通の人間として生きていくことができるかもしれない。自分を隠し、愛想笑いを浮かべ、傷ついた心から目を背け、きっと僕は上手く生きていけることだろう。
「人間にはそれぞれの生き方があるものです。貴方にとっては幸せな形だとしても、それがそのまま蓮太郎さんの幸せに繋がらないことも理解するべきですね」
「それでも、人間は人間として生きるべきだと私は思う。人間が神に近づきすぎるのも、神が人間に近づき過ぎるのもよくないことなの」
普段はスズの神格に畏れて距離を取ろうとしている藤原さんが、断固として退かない姿を見てスズの方が驚いているようだ。多分、彼女にとってはここが分岐点に見えているのだろう。ここで僕を引き留めることが出来なければ、僕は本当に人間ではなくなってしまう。もし、僕が人間ではなくなって……無辜のの人間を傷つけるような存在に成り下がったら、きっとその処理をしなくてはいけないのだ。
僕も分岐点に立たされている。このまま藤原さんの言葉を突っぱねて、人間社会に絶望した感じでスズと添い遂げるのは簡単だろうけど……それでは僕の親しい人々を傷つけることになってしまうかもしれない。
「……スズ、僕が人間じゃなくなったら僕の意思はどうなるの?」
「っ!? 安心してください、何があっても私が蓮太郎さんを守りますから……だからどうか、そんな悲しいことを想像しないでください。私は貴方がいないと……いてくれないと……」
スズは悲しいことを想像しないで欲しいと言ったが、僕の心が揺れていることに気が付いたのだろう。このままでは……僕が最終的にスズを否定して人間として生きてしまうかもしれないことに、気が付いてしまった。
「藤原さん、僕が今から人間として生きて……本当に幸せになれるかな?」
「……わからないわ。だって、人間は誰だって幸せになりたいと思っているはずだから。誰もが幸せになりたくて努力してる……だから貴方がこれから人間として生きることを選択して、その先に幸せがあるのかどうかは貴方の努力次第だと思う」
そうだな……僕の考えは甘えだ。人間は幸せになるには努力するしかないってわかっているのに……僕が普通の人とは違うから、排斥されて生きてきたから幸せになることなんてできないんだって思っていた。けど、藤原さんみたいに異端の力を持っていたとしても気持ちの在り方一つで自分の生き方を選択している人がいる。
僕は──
「それでも僕は、やっぱりスズを見捨てたりなんてできないよ」
「……そう」
藤原さんは僕の選択を聞いて、目を伏せた。
今の言葉は、僕と彼女の決別を示すものだと言っていい。人間として怪異と戦う巫女である彼女にとって、率先して人間から外れようとする僕は既に、敵対者に近しい立ち位置だ。
自分を投げ捨てて人間を辞めようとは思わない。けど……僕はやっぱりスズの傍にいてあげたい。強大な力を持ちながらも僕がいなくなるかもしれないという不安だけど、涙を流している彼女を見捨てたりなんて、できやしない。
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