第40話 京の都
京都はまともに学校に通っていれば、小学生の時には修学旅行で行っている人が多いであろ場所だ。様々な神社仏閣が存在し、古都であることを確かに感じさせる年季の入った街並みは、歩いているだけでも楽しい……まさに観光地って言葉が似合う。
高校生の修学旅行先として行くことになると小学生の時に行ったから嫌だと言う学生も多いけれど、京都という街は学生の2泊3日の旅程度では楽しめるものではないし、なんなら観光だって小学生時より遥かに楽しく過ごせるようになっているはずだ。まぁ……そんな事情なんて関係なく、京都に行くのが嫌だって言っている僕の彼女みたいな存在もいるんだけども。
「うぅ……既にちょっとお腹痛くなってきた」
「早くない?」
「帰りたい……」
まだ京都に辿り着いたばかりなのに、いきなり帰りたいと言っているのは京都に住まう神々の神格を浴びて顔色を青くしているスズ。少し遠くから藤原さんがこちらを監視しているが、顔を青くして僕に介抱されているスズを見て困惑しているようだ。前々から行きたくないと言ってはいたけど、まさかここまで深刻だとは僕も思っていなかったのでちょっと驚いている。
「ふぅ、ふぅ……だ、大丈夫です……歩け、ます」
「大丈夫そうじゃないけど……あとちょっとだけ頑張って」
小学生の決められた団体行動をするだけの旅行とは名ばかりのつまらない旅ではなく、高校生にもなるとある程度の自由行動が認められる。つまり……スズを少しでも休ませてやることができるのだ。
スズに寄り添いながら先生方のありがたい話を聞き、それぞれが事前に決められた班で自由行動をし始めるのだが……僕とスズはまだそのまま動かずに留まっていた。
「うぅ……なんとか、持ち直してきました」
「よかった」
スズの体調が悪かったから僕たちの班が動いていなかったのではなく、僕たちはクラスから完全に浮いているから……班に属していないのだ。本来ならばそんなことが許される訳ないんだけども、スズが力を使えばそんな認識を歪めることなど容易い。結果、僕とスズはこの旅行中にどんなことをしていても、問題として認識されることはない。
「どうする? 京都水族館でも行く? それとも京都市動物園?」
「なんで生物を観察しに行くこと前提なんですか……」
「え? だって神様に会いたくないでしょ?」
「そ、そうですけど」
京都市動物園なら同じ高校の生徒もいないだろう……だって京都駅からかなり離れた場所だし。単純に僕が京都市動物園に行ってみたかったってのも否定はしないけどね。
京都に修学旅行に来ておきながら最初に行った場所が京都市動物園ってどうなんだろうと自分でも思ったんだけども、案外楽しめてしまった。ゴリラとか普通に見ていても面白いし、鳥類とかも何故か見ているだけで楽しいんだよな……長期の休みができたら、スズと花鳥園でも行こうかな。
「思っていたよりも楽しかったですね。動物を人間の都合で檻の中に入れ、それを見世物にしている悪趣味な場所という認識でしたけど、案外動物たちもストレスなく過ごしているようですし」
「まぁ……あの環境で育った動物はあの環境しか知らないから、ある意味ではストレスなんて感じてないのかもしれないね」
人間のエゴで作られた見世物小屋であることは否定しない。最近の動物園は、保護と人工繁殖もしている場所だから単純に見世物にしている訳じゃないけど。
さて、デートの定番スポットぐらいの認識だったんだけど以外に2人で楽しめてしまったな……やはりネットの力は偉大、と言ったところだろうか。僕みたいな女性経験がない人間でもある程度以上の成果を残せるのだから。相手がスズだからとかは気にしない。
「それで、次は何処に──」
スズの言葉がそこで途切れた。しかし……僕もスズを心配することもせずにぼーっとその光景を眺めていた。
いつか見た、空を駆ける細長い龍のような存在がすぐ近くの上空を通っていたのだ。通行人の人たちには当然見えていない……なんなら、空を見つめている僕とスズのことを訝し気に見つめているくらいだ。
「あれって」
「だから、この都は嫌いなんですよ。こんな格上の神がゴロゴロといるんですから」
複雑そうな表情で空を見つめていたスズは、僕の手を握りしめた。
「あれは鋼の属性を持つ偉大な神です。偉大なる太陽の母を血縁に持ち雷や水をも司る神格……蛇と大地を司る私とは極端に相性が悪い」
「戦ったらってこと?」
「性格的な意味でも、です。ああいう手合いには見つからないのがもっとも有効な方法なんですけど……こうして神の本拠である京都に足を踏み入れている時点で、そんなことは通用しませんから」
性格的にも相性が悪い、か……あんまり言いたくないけど、スズに対して相性が悪い性格って多分、正義心の強いかなり善良な神様なんじゃないかな。いや、だってスズは人を食って封印されるような悪神なんだし、それと相性悪いって言ったら……ねぇ?
「さ、早く電車に乗って逃げましょう」
「あぁ、うん……僕はあの神様と多少の縁がありそうなんだよなぁ」
以前に存在を認識されていたからなのか、僕はあの神様と不思議な縁を感じる。スズが嫌がっているので行ったりはしないけど、本当は祀られている神社に顔を出しに行きたいぐらいには不思議な縁を感じているのだ。
スズに連れられるままに電車に乗り、あの神からどんどんと離れていき……再び中心とも言える京都駅に戻ってきた僕は、駅の構内に貼られている水族館のポスターを見て、ちょっといいなと思った。
「行きたいんですか?」
「んー、いいや。取り敢えずお腹減ったし、なにか食べない?」
京都市動物園に行ってそのまま帰ってきたらもう結構いい時間だった。駅の周辺だったら食べられるものだってなにかありそうだし、そのまま腹ごしらえをしてから次の行動は考えよう。
スズも僕の意見に賛成だったのか、頷いてから僕に手を差し出してきた。その手を握ってやると、なんとなく安心したような表情を浮かべていた。スズにとって僕は唯一の信者だから触れることでなにか安らぎとは別のエネルギーを摂取したりしているのだろうか。神の気配が強いこの街では、こうして手を繋いでいないといけないのかな……普段からずっと繋いでいるような気はするけど。
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