第39話 人間と神

 中間テストも文化祭も終了して、2学期の大きな行事も残りは修学旅行と期末テストだけになった。しかし、高校2年生のこの時期になると少しずつ学校がピリピリし始めるのだ。理由は日本の大学受験戦争によるものだ。入学するのが難しく卒業するのが簡単と言われる日本の大学だが、こうして高校2年生の時から殺伐とした雰囲気に包まれるのを傍から見ているとちょっと笑えてしまう。

 大学に進学する気もない自分としては、ただ彼ら彼女らの受験へと向けられる熱意を少しだけ羨ましいと思いながら日常を過ごすだけだ。


「スズ、京都の観光名所は何処に行きたい?」

「神社仏閣以外ですね」

「京都に行くのに神社仏閣に行きたくないって言う人は始めて見たなぁ……」


 スズはどうやら、格上の神格を相手にするのが苦手なようだ。まぁ……人間だって目上の人がいる場所に自分から突っ込んでいきたいかと言われるとそうでもないので、そんなもんなのかもしれないんだけど……割と普段から尊大な態度を取ったりするスズが絶対に行きたくないなんて言う場所は、逆にちょっと興味が湧いてくる。そのまま口にすると絶対に怒るので言わないけど、スズの両親とやらも気になるし。


「京都って神社仏閣以外に見に行く所ある?」

「それを今から探すんじゃないですか」

「えぇ……水族館とか?」

「デートスポットとしては人気かもしれませんね」


 スズがどうしても嫌だって言うなら僕も神社仏閣には近寄らないんだけどさ……そこまで嫌なのかな。人間関係を軽視する人間にはなりたくないから、無理にスズを両親に会わせるとかするつもりはないんだけど、ちょっとくらいは挨拶した方がいいかなって思ってるんだよね。

 ちらりとスズ方へと視線を向けてみるけど、彼女の視線は手元にある京都観光名所のマップに向けられていた。


「あ、晴明神社ぐらいならいいですよ」

「格下扱い……」


 安倍晴明はスズの中では格下扱いらしい。まぁ、優れた陰陽師であったとしても人間として生まれた安倍晴明と、神として生まれたスズではきっと格が違うのだろう。僕にはそこら辺の詳しい力関係がわからないので特になにかを言うつもりはないけど、明らかに格下と舐めていると痛いしっぺ返しを食らうのではないだろうかと思ってしまった。


「ちっ」


 僕とスズが仲睦まじく喋っていると、クラスの中から舌打ちが聞こえてきた。

 文化祭を準備から全てバックレた僕たちに対してある程度のヘイトが向いていることは理解していたけど、直接的に手を出してこないのは賢明だと言えるだろう。それでも、きっとスズと僕が修学旅行について喋っているのが気に入らないって所かな?

 受験が近くなってきたことも相まって空気がピリピリしている教室の中で、場違いなスズの鼻歌だけが響いている。


「空気が淀んでる感じするけど、スズ的には心地いいの?」

「偏見ですよ、蓮太郎さん。私は確かに祟り神ですけど、人間の汚い感情なら何でもいい訳じゃないですから。そもそも、私は人間の負の感情から生まれた悪霊なんかとは違って独立した存在ですから、極論で言えば私を信仰してくれる蓮太郎さんだけがいれば別にいいんですよ」


 そうなのか……てっきり、淀んだ空気が好みだからこんな教室の中でも鼻歌を鳴らしているのだと思ったけど、どうやらスズは最初から興味がなかっただけらしい。実に神様らしい、人間を下に見た発言だけども……確かに彼女にとっては興味もないことなのだろう。

 やれやれと思いながらも僕はその態度と言葉を咎めることも無く、そのまま無視していたのだが……スズという存在を無視できない人間もこの世には存在している。


「なにか?」

「非常事態宣言が出された。貴女が少しでも人類に対して危害を加えるようなことをすれば……私たち陰陽庁が命を懸けて貴女を封印する」

「……蓮太郎さん、この人は何を言っているんですか?」


 いや、僕に言われてもわかる訳ないじゃん。

 非常事態宣言と言われても……想像することしかできない。まぁ、察するに最近のスズと僕の在り方に危機感を覚えた藤原さんが報告して、それならばと陰陽庁が決定したスズに対して徹底抗戦の構えを見せますよってって話だと思うんだけど……無茶するなぁ、としか思えない。

 陰陽庁のことなんて詳しく知らないが、神に対してなにか対抗手段があるとは思えない。だって、あるのならばもっと早く動いていると思うから。スズは僕がいるから無害なだけで、僕が存在しなかったら……それこそ人類に対して害しか与えないような存在だ。それを黙って放置しているってことは、陰陽庁もまともに相手をすることができないってだけだと思う。


「冗談でこんなこと言わない。たとえ私たちが敵わずに滅びるとしても、貴女に対して一矢報いるつもり」

「へぇ……冗談ではないんですか。冗談にしてもつまらない話なんですけど、人間ってどこまでも愚かになれるんですね」

「っ!」

「何度も同じことを言わせないで欲しいんですけど……私は蓮太郎さんがいればなんでもいいんです。別に日本が焦土になろうが、人間が未来永劫住めないような呪いに満ちた地になろうが、それこそ人類が突然この世から消えてしまっても……別に私はいいんです。蓮太郎さんがいてくれるなら、そこが私にとっての楽園なんですから」


 スズの言葉は脅しだ。


「私にとって人間がそれほど価値がある存在じゃないんです。殺すことすらもどうでもいい……だから、私たちの邪魔をしないでください。そうすれば、死なずに済むんですから」

「私たちが死なないで済む未来は、貴女が人間に対して何もしなかった時だけ」

「……わからない人ですね。死にたくないなら手を出すな、と言っているんです」

「手を出されたくないなら、人間に危害を加えないで」

「はい、ストップ……平行線になってるよ」


 話が堂々巡りしている。

 藤原さんはスズが人間に対して少しでも危害を加えることを見逃せない。スズは他の人間が僕とスズに干渉してくることが許せない。


「どっちが先に手を出すかって話でしょ? 仮定の話でそこまで熱くなられても困るよ……スズも、ちょっと落ち着いて、ね?」


 僕はスズの味方ではあるけど、スズの思想を全て肯定する訳ではない。スズと違って日本が焦土になったら普通に悲しいし、人間が死んだら憐れだと思う程度の心は持っている。

 藤原さんを睨み付けて今にも手が出そうだったスズは、僕が間に入ったことですぐに落ち着いて笑顔を浮かべていた。スズの中では話が終わったらしい。

 はぁ……修学旅行を最後に、学校行くのやめようかな。


 

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