第8話 学校

 ちょっとしたハプニングはあったけれど、僕は無事に家に帰ってくることができた。

 それにしても……スズは本当に僕の高校に通うのだろうか。僕が通っているのは白天高校という進学校であり、基本的には大学進学を目的にした生徒が県外からも含めて集まる……自分で言うのもなんだが、それなりに頭がいい高校である。神様であるスズにとって勉強とかどうなるんだろうかと思うけれど、それ以上にちょちょいのちょいで何とかなると言っていた入学とかの問題はどうなるのだろうか……ちょっと想像するだけで怖いな。

 いや、ただの人間である僕がなにかを想像したところで、きっとそれ以上に変なことをやって入学してくるだけだろうから考えるのはやめよう。それに、まだ夏休みは残っているから……今から夏休みが終わった後の学校のことを考えていても仕方がない。


「ん……学校、か」


 学校と言えば、僕が電車に乗っている時に出会った少女……藤原朱祢と名乗っていたあの人は、何者なんだろうか。僕の同い年であると言っていたけど、どうして僕の名前を調べただけで知ることができたのかがわからない……もしかして、秘密裏に動いている魔法を扱える組織があって、そこに僕が目をつけられているとか!?


「……無いな、ないない」


 ちょっとラノベの読みすぎかな。

 でも、実際に藤原さんは僕と同じように人ではない者がくっきりと目に映っていることは間違いないだろう。また会ったら僕に聞きたいことが沢山あるって言われたけど……学校で会う予定なんだろうか。凄い学校に行きたくない理由が、この夏休みだけで積みあがっていくんだけど……どうしよう。いや、親には我儘を言って通っているのだから、不登校になるなんてことはしないけど、それでも嫌なものは嫌なんだ。

 机の上に丁重に置いたスズの鱗をちらりと見てから、僕は溜息を吐いた。





 夏休みが終わると当然だが2学期が始まる。

 高校2年生の夏……進学校ならば既に進学する大学を目指して既に塾や予備校に通ったりしている人も多かっただろう。そんな夏が終わり、秋に入ろうかと言う時期に……高校生たちは様々な行事をこなしながら受験勉強を両立させていく。

 あれから一度もスズに出会わず、夏休みを終えた僕は制服に腕を通して学校に向かう。夏休みが終わっても、別に夏の暑さが一気に消える訳ではないので……太陽をちょっと睨み付けてから、僕は玄関の鍵を閉めて家を出る。


 白天高校は私立の進学校なだけあって設備はかなり綺麗な学校だ。部活も力を入れているので、一部は全国大会を目指して活動をしていたりもする。そんな学校に通っている僕は……取り敢えず実家に近い私立の大学を進学先に定めて、勉強をしているのだが……どうにも、夏場からちょっと周囲に悪霊が増えているので、ちょっと勉強に集中しきれない日々が続いている。テストの点数に悪影響が出るほどではないと思うけれど……それでも、辟易としてしまうのは人間として当たり前だと思う。


「久しぶり!」

「おー! 焼けたね!」

「ちょっと海に遊びに行ってたんだよ」

「ねー、宿題全部終わった?」

「当たり前でしょ?」

「文理選択とかもう決めてる?」

「気が早いでしょ」


 昇降口までくると、沢山の人の声が聞こえてくる。夏休みが終わり、久しぶりに顔を合わせた友人と喋る人が沢山いるのだが……悲しいかな、僕には親しい人間などいないのでこのまま1人で虚しく教室までいくだけだ。まぁ……別に悲しいとも虚しいとも思っていないけれど。


「おはよう」

「……」


 しかし、夏休みが終わった直後には実力テストなんかがあるのでちょっと憂鬱だ。別に勉強ができない訳ではないけれど、それはそれとしてテストみたいな点数がしっかりと目に見えて出てくる物はちょっと苦手だ。なにせ、点数が落ちたら全てが自分の責任になるから。


「挨拶してんだから、ちゃんと返事しろ」

「へぶっ!?」


 考え事をしながら歩いていたら、いきなり背中を叩かれて階段の踊り場で窓にぶつかりそうになった。ちょっと抗議してやろうと背後に顔を向けたら……そこには濡羽色の髪を揺らしながら堂々と立っている藤原朱祢さんの姿があった

 こちらと睨み付けるような鋭い視線を彼女に向けられて、僕は思わず視線をそらしてしまった。その行動が、逃げようとしている風に見えたのか、藤原さんはいきなりこちらに踏み込んできて腕を掴まれた。


「時間あるでしょ?」

「い、いや……でも、2学期最初のホームルームはしっかりと早めに、準備しておきたいって言うか」

「は? 全校集会が先でしょ?」


 そ、そうなんだけども……普通に目立っているからなんとか抜け出したい。けど、力で逃げることはできなさそうだし、なんとか彼女を説得するのも不可能みたいなので諦めてしまった方が早いだろう。


「その、せめて人がいないところで」

「最初からそのつもり」


 腕を放してもらえたけど、顎でついてこいって言われたので僕は逆らうこともできずに彼女の背中を追いかけることにした。



 ばき、という音と共に施錠されていた屋上の鍵を破壊した藤原さんを呆然と眺めていた。なんで平然と鍵を破壊しているのかちょっと気になるんだけど……多分、突っ込んだら駄目なことだと思うから、言わないことにした。

 当然ながら、屋上なんて初めて来たのでちょっと困惑している。


「柳蓮太郎、年齢は17歳、血液型はA型、誕生日は6月16日、出身はこの近くじゃない。2年生1学期末テストでは学年11位の非常に優秀な頭脳を持っている……で、霊能力を手に入れたのはいつ?」

「えぇ……」


 個人情報をペラペラと喋られてから、そんなこと言われてもどうやって答えればいいのかわからないんだけども。そもそも、霊能力なんて言われたって僕は幽霊が見えたりするだけで、別に特別な術が使えたりする訳じゃない。そんなファンタジー小説みたいな能力が使えるなら、とっくの昔に主人公みたいに活躍している……って妄想をしてみる。

 僕が隠し事をしていると思ったのか、藤原さんは明らかにイラついている感じで僕の胸倉を掴んできた。


「あのねぇ……貴方みたいな力を持った存在に今までなんで気が付かなかったのかわからないけど、貴方のその力は周囲に悪影響を与えるの。さっさと喋りなさいよ」

「そ、そもそもなんでこんなことされているのかわからないのに、そんなこと言われても知らないよ!」


 僕の本心だ。

 この力で何度も嫌な目にあってきたのに、今更その力をどうやって手に入れたとか言われても……そんなのわかる訳ない。捨てられるなら、とっくの昔に捨てている。

 胸倉を掴んでいた腕を弾いてから、息を整え……僕はを握りしめた。


「はぁ……こっちの事情を先に説明した方がいいか。私は──」

「──邪魔者、ですよね?」


 僕も、そして藤原さんも想定していなかった第三者の介入。しかし、声を聞いただけで僕は誰がやってきたのかを理解していた。


「スズ!」

「はい、蓮太郎さん」


 僕に向かって安心させるような朗らかな笑みを浮かべていたが……その目は笑っていなかった。

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