第4話 神様って恐ろしい

「神の常識から言わせてもらえば、結婚することに年齢とか全く関係ないのですが」

「ないんだ」

「やはり人間として、蓮太郎さんが生きていることが大事かなと思って……精一杯こちらも譲歩しようと思っているんです。そうですねぇ……30ぐらいまで生きたら私と一緒に神の世界で生きましょうね?」

「すげぇ……それで精一杯の譲歩をしてるつもりなんだ」


 神様ってやっぱ怖いな。

 こうして少し喋っていると、段々と彼女と向かい合うのも慣れてきた。最初はぞっとするほど冷たい美人ってイメージと、人間ではない存在が放つ威圧感でまともに喋られるのかと思っていたが……会話をしようと思えばしっかりと会話できるかもしれないと希望が湧いてきた。

 まず、前提として……僕が目の前のスズと結婚の約束を子供の頃にしたのは……本当のことだ。同級生誰よりも美人で仲が良くなった少女のことを好きにならない小学生なんていないと思うから……子供心のまま仲良くなった少女に思い切り告白してしまったのは仕方がない。


「……ごめん。僕はしっかりと人間として生きていたいから」


 プロポーズを断る理由が人間として生きたいってどんなんだよって自分でも思う。けど、彼女の言葉に頷いてはいけないと思った……それは、人間ではないものと生まれてからずっと関わってきたからこそ僕の中にある考えだった。

 変なことをしなければ取って食うことはしないと言っていたが……もしフったらどうなるのだろうか、なんて考えてしまった。僕の答えを聞いて、思案しているような彼女の姿を見つめながらびくびくしていたら、彼女はくすりと笑った。


「そういうお方ですね、貴方は」

「え?」

「蓮太郎さん言いたいことはわかりました。本当は今すぐにでも攫って結婚したいのですが……これから先、未来永劫共にいる相手と不仲で始まりたくないですから……ここは私が引き下がりますね」

「うん……未来永劫?」


 一生を共にするじゃなくて?


「ですが、私にも考えがあります」

「はい」

「蓮太郎さんが通っている学校、そこに私も行きます」

「はい? え、無理でしょ」

「神にはそんなことちょちょいのちょい、です」


 ちょっと可愛かったな、今の言い方。


「蓮太郎さんが私と結婚することを断るのは、やはり互いのことを詳しく知らないからだと思うのです。だから、じっくりと……これから時間をかけて私のことを貴方に教えてあげますね」


 ドロっとした感情が噴き出すような昏い瞳を向けられて、僕は動けなかった。蛇に睨まれた蛙とはこのことか……彼女は蛇神なのだから、洒落になっていない。


「ふぅ……では、私はそろそろ……色々な準備もありますから」

「え、あ、うん……え?」


 もはや、後半は僕が意見を挟むこともできない感じの喋り方だったんだけど、彼女は本当に僕のことが好きなんだろうか。いや、別に向けられる行為を疑う訳ではないけれど……どうしても彼女のことを恐ろしい神として認識してしまうから。


「ふふ……そういう慎重で疑り深い所も好きですよ。この場で食べてしまいたいくらいに、ね?」

「それって──」


 やっぱり食べられるんじゃないかと言おうと思ったら、すぐに彼女の顔が近づいてきて……頬に唇が触れた。


「これでも乙女なんです。貴方に捧げるために処女だって──」

「うわっー!? な、なんでいきなりそんなこと言い出してるの!?」

「はい? ですが、男性は生娘の方が好きでしょう? だから私はしっかりと処女であることを伝えようと思ったのですが……何故、殿方の方が恥ずかしがっているのですか?」


 や、やばい……本当に神様の力でこんな女性が高校として僕の同級生にやってきたら、学校は大騒ぎだ。見るだけで背筋が伸びるような美人で、どう生活しても目立ってしまうであろう白髪赤目に加えて、俺に対するこの態度だ。まず、彼女は学校でもきっとこうして俺の婚約者みたいな態度は崩さないだろうし……学校で目立たない俺がいきなりこんな美人な彼女を作ったと知られただけで大騒ぎになることは間違いない。しかも、さっきみたいなちょっと常識から外れたようなことを言いだしたら……更にその噂は広まっていくだろう。

 なんとかしなければ、僕の平穏な高校生活は崩れ去ってしまうかもしれない。


「そ、そう言えば!」

「はい?」

「結婚の約束は覚えてるけど、恩人ってのはよくわからないんだけど……そこら辺はどうなってるの?」


 先ほどまで話していた中でもっともわからなかったことは……僕が彼女の恩人であると言う部分だ。神様に恩返しされるような記憶なんて全くない……しかも、彼女は恩を返す為に僕に会いに来たと言っていたのだから、その恩とやらは僕が小学2年生になる前のものってことになるのだが、そんな時期に立派なことなんてした記憶はないのだが。

 大事なことを覚えていないって言っているようなものなので、どんな反応をされるのかわからない状態だ。なんなら速攻で殺されるかもしれないと思いながら口にしたのだが……彼女は慈愛を感じさせる柔らかい微笑みを浮かべていた。


「覚えていませんか? 貴方は……あの神社の境内で、やんちゃな子供たちに甚振られていた白蛇を助けたでしょう?」


 記憶に、ある。

 僕がまだ小学生になる前……あの神社の奥にある森に、虫取りに行こうとして……境内で白蛇を虐めている悪ガキどもから白蛇を助けたことがある。今にも殺されそうになっていた白蛇を助け出して、家に連れ帰った時のことだ。


「あの時の蓮太郎さんの温もりを、私は忘れたことがありません。なにより……悪神として人々に畏れられていた私が、初めて人に優しくされた時でした」

「う」


 大切な思い出を噛み締めるようにゆっくりと過去のことを語るスズさんの姿を見て、僕はなんとなく言葉が詰まってしまった。だって、普通に恩って言われるだけのことをしていたから。


「結局、蛇を自分の部屋で飼っていることがバレてしまった貴方は、泣きながら私のことを神社の境内に放してくださいました。私としては、蛇として貴方と永遠に共にいるのもありかと思ったのですが……離れてしまったのならばもう一度会わなければと思いまして」

「う……」


 今度は、彼女が再び見せたドロリとした重い感情を前にして、言葉が詰まってしまった。なんというか……先ほどから蛇らしい執念深い一面と、女性らしい一面を交互に見せられて僕の情緒が掻きまわされている気がする。意図しているかどうかは知らないけれど……神様って恐ろしい。

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