第43話

43話:文化祭 一日目


「お~!」

千里は、手を頭の上にかざしながら、自身の背の何倍も高いアーチを見上げた。

『早川学園祭へようこそ!』

と書かれたアーチ。

そう、今日は待ちに待った文化祭、当日だ。

学園祭っぽさを出しているのはアーチだけではない。

その奥で和気あいあいと、たくさんの屋台がずらりと並んでいる。

たこ焼きに焼きそば、フランクフルト…

まるでお祭りの出店のようなラインナップに、千里は目を輝かせる。

今にもよだれが垂れそうな勢いだ。

「わぁぁぁ…!!どれも美味しそう…!私も食べたーい!」

「俺達はまだだめ。昼休憩あるし…他のお客さんの迷惑になるから…」

千冬が上手く窘める。

「ちぇー!」

千里は少し残念そうに唇を尖らせながら、プラカードを掲げ直す。

…そもそも、なんでお化け屋敷が出し物の千里達が外にいるのかと言うと、それは宣伝係だからだ。

午前は宣伝、午後は脅かし役だ。

ちなみに、千冬も完璧千里と一緒。

なぜそんな偶然が生まれたか…否、簡単なことである。

ラブコメとかで良くある”クラスのやつの余計なお世話”…!

これに尽きる。

千冬はすべて知った上で利用した。

(…まぁ、別に悪いことじゃないし…少しでも千里の隣にいられるなら、何でもいいや)

「…千里、校内回ろっか」

「りょーかい!」

千里は軽く敬礼のポーズをして、頷いた。


        ***


昇降口まで行き、上履きを履いたところで…

「あれっ?お前ら、何やってんの?」

先輩…龍也が買い物袋を肩に下げながら廊下を歩いていた。

「先輩!私達はお化け屋敷の宣伝です!」

ずいっと先輩の前にプラカードを持ってきて、主張する。

「…宣伝ねぇ…ふーん…」

千里の持つプラカードをジーっと見た後、今度は千冬を見てからかうように笑う。

「良かったじゃねーか、千冬。彼女とデーt…」

「”まだ”違います…!黙っててくださいよ…」

千冬はすぐさま”何かよからぬ”危険を察知し、デコピンで止める。

「いってぇぇぇ…」

先輩は額を抑えながら、しゃがんで悶絶する。

「かの?デー??」

千里は千冬に遮られて良く聞こえなかったのか、不思議そうに二人を見ている。

「…何でもないよ、千里」

「そう?…ってそれより!先輩その恰好、どうしたんですか笑!?」

少し笑いつつ、ずっと気になっていたことを言う。

「ん?おーこれか?結構イケてるだろ」

先輩はそう言いながら、着ている”それ”をひらりと軽くめくる。

先輩が今着ているのは…メイド服。

黒のロングワンピースに、フリルの付いた白のエプロン。

典型的な、”いかにも”なメイド服だ。

それと、これまた典型的なフリルのカチューシャ。

それを先輩は身にまとい、堂々と恥ずかしがることなく歩いていた。

男子高生のノリ?なのだろうか。

ちなみに千里達は『1ーA お化け屋敷!』と書かれた黄色のTシャツだ。

これまた文化祭特有の服だ。

「確かに!なんか妙に似合いますね…」

嘘ではない。

体格は男子そのもので、一見似合わなそうなのだが、なんだろう。

男子の骨格とかっこよさにフリルなどの可愛さが足され、女子とは別の”色気”が出たような…そんな感じ。

具体的には、千里には分からないが。

「”妙な”はいらねーんだよ笑」

先輩は千里の頭を小突く。

「…俺達、これから宣伝行かなきゃなので…」

先輩の行動になんかもやっとした千冬は、流れるような動作で千里の頭から先輩の手を放し、前に立つ。

「…そーじゃん。俺も自分のクラス戻んなきゃだし、一緒いこーぜ」

ついでに寄ってけよ、と千冬の肩に手を回す。

「…結構です」

ペシッと組まれた手を、ジト目になりつつ千冬は払う。

「連れねーな~」

呆れ顔で笑いつつ、龍也と千里も階段を上る。

早川学園は下から三年、二年、一年の順なのだが、二階…一年クラスに上がるまでも一苦労だった。

中も教室でカフェや展示、ゲームをやっているため、人気が多いのだ。

いつもの倍、疲れを感じながら廊下を歩く。

その時、先ほどまでダルそうだった先輩が、急に背筋を伸ばした。

「…あ!日菜子ちゃん!?」

「あっ皆さん…!いらっしゃいませ…!」

先輩がテンション高く日菜子を見つける。

ちょうど手が空いたようで、日菜子もこちらに声をかけてきた。

「店番やってんの?お疲れ~」

「ありがとうございます。皆さんは…宣伝ですか?」

「そ!先輩はメイド喫茶の買い物だって~」

「メッメイド?!…あ、服…似合ってますね!」

日菜子は千里の言葉で、先輩の服装に気づいたらしい。

千里と同じくー日菜子の方が若干純粋度が高かったがー本心で言った。

「マジ!?よっしゃ~明日からこの格好で行こうかな…」

「そ、それは公共的に止めたほうがいいと思います…」

先輩の冗談(?)に日菜子が律儀に回答したところで「結構怖かった~!!」と、お化け屋敷の女性客が感想を呟きながら、出口である手前のドアから出てきた。

その様子を先輩は羨ましそうに見つめる。

「いーな~俺も遊びてぇよ」

「?昼休憩があるじゃないですか」

千里は首を傾げる。

大体のクラスは、前半宣伝&自分達も楽しむなら、後半は仕事、またはその反対…などと、前半・後半で仕事を大まかに割る。

そうすることで催すだけでなく、生徒も文化祭を楽しめるのだ。

先輩も喫茶店なら同じ感じだろう。

あと2,3時間我慢すればいいだけの話だ。

「ちっちっち…千里は甘いな~。ウチの店が思ったより繁盛してさぁ、昼過ぎてもしばらく残業だよ」

両手を広げ、諦めたかのようにため息をつく。

「いいことじゃないですか~」

「良くねーよ?!これ、終わったら日菜子ちゃんをデートに誘いたかったのに…これじゃ入れ違いで遊べねーじゃん!?」

「「あ~」」

千里と千冬は同時に納得のいった様子で頷いた。

日菜子は声が聞こえたのか、新たな客に接客しつつ、顔を真っ赤にしていた。

「じゃっ!こーします?今から私が日菜子の仕事するんでその間にお化け屋敷、行けばいいじゃないですかっ!」

「は!?お前らの仕事は?良いの?」

呆気にとられた様子で尋ねる。

「全然!よゆーです!正直宣伝しなくても、この調子だとお客さん来そうだし…二人が回る間ですから!それに、帰ってないならちょっと寄り道したってばれません!!」

ドヤ顔で、Vサインを作る千里。

「…千里、お前ほんとーにアホだな笑」

「あ、あほ!?そんなこと言うなら、変わりませんよ!!」

「わりーわりー笑」

そう言いながら、先輩は日菜子に近づき、誘う。

OKしたのか、日菜子は立ち上がり、千里に頭を下げた。

「ありがとうございます、千里さん!」

「いーえ!私も店番気になってたし…楽しんで!」

千里は笑顔で二人を見送った。


         ***


(…んっとに…千里には感謝だな)

ああいうところだけ、妙に気が利くのだから不思議なものだ。

龍也はお化け屋敷を回りながら考える。

お化け屋敷の中は言わずもがな、暗かった。

ただ教室と言う狭い空間でやるからか、段ボールや机、テープで仕切られた壁のある道は狭かった。

感覚を間違えるだけで、触れ合ってしまいそうな距離だった。

嬉しいような、ないような。

「…私、物を作っただけで、配置はしてないんです。だから私も内容は知らなくて…」

龍也が考え事(&緊張)で黙っていて沈黙が続いたからか、気を利かせて日菜子から話を切り出してくれた。


『正式な告白は文化祭でさせてください』


数日前、そんな告白宣言をした。

そして今日はその当日なのだ。

告白する当人ではない日菜子だが、言葉くらい覚えているだろう。

もし覚えていたら…

(緊張しないわけ、ねーよな)

実際、こっちも心臓バクバクなのである。

いつもの調子で振舞うので精一杯だ。

「そーなんだ?じゃ、お互い初めて…楽しめるじゃん!怖いの、好き?」

「は、はい…割と…。でもいきなりーー」

日菜子の言葉が途切れた。

グワーッ

日菜子の目の前に、提灯お化けが出てきたからーー

「…っ~~~~~!!?」

「うおっ」

日菜子は声にならない悲鳴を上げ、龍也は鳴った音にほんの少し、驚く。

姉らに散々脅かされ…お化けよりも怖い姉達がいるため…龍也は、こう言った類の物にそこまで驚かなくなっていた。

それを今、少し感謝する。

(好きな子の前で恥かかずにすんだぜ…。にしても日菜子ちゃん、そこまでビビッてねーな)

先ほどは驚いていたが、今はもうだいぶ落ち着いている気がする。

そのことを感じ取ったのか、日菜子は先ほどの続きを口にする。

「…でも、いきなり出で来るものは苦手なんです。知ってるものは大丈夫…と言いますか」

少し恥ずかしそうに下を向く。

なるほど、予期せぬものが苦手と言うことらしい。

(か、可愛い~~~!!!)

龍也はときめいた。

日菜子には悪いが、可愛いんだから、しょうがない。

「…じゃ、千里達待たせんのも悪いしさっさと行くか~」

十分ときめいたところで、再び歩き出す。

しかし、日菜子が歩く気配がない。

不思議に思って振り向こうとして…

指先に…何か触れた感触がした。

それはとても熱く…柔らかいが、離さないようにしっかりと握られている。

龍也の指先に触れたのは、日菜子の手だった。

「…ひ、日菜子ちゃん?」

唐突のことに、声が裏返った気がした。

ドッと心臓が脈打つ。

冷たかった指先が、一気に熱を帯びていく。

「……あ、あの!…これが終わるまで…このままで、良いですか?」

上目遣いで、日菜子が遠慮がちに問う。

「も、もちろん…!」

ドッと再び大きく心臓が脈打って…

そこから、出口までの記憶が一切なくなった、龍也だった。


        ***


「じゃ、交代だね!」

千里はクラスの子とバトンタッチして、入れ替わる。

時刻は昼の一時。

日菜子と変わり、再び宣伝に戻った千里達は、遊びつつのんびりとした午前中を過ごした。

出店で腹ごしらえをした後、再び教室へ戻り、次はお化け役として出るための準備を始めた。

今は、午前・午後の役割を交代するための時間。

お客は一旦入らないため、ゆっくりと準備することができる。

「わ!誰もいない!貸し切りだ~」

「走るとこけるよ」

千里達はそれぞれ着替えてからここへ集まったのだが、どうやら一番乗りだったらしい。

暗がりの教室は、千里達の二人以外、誰もいなかった。

暗いからか、貸し切り感があるからか、はしゃぐ千里。

辺りをきょろきょろと見渡し、何かを探しているような素振りを見せる。

「…あった!ね、千冬。今誰もいないし、リハしよ!」

千里が指さしたのは、井戸。

もちろん本物ではない。

底が浅く、ちょうど人が体育座り出来るくらいの…

作ったら意外とあっさりしている。

千里はこれから井戸に入って、お客が来た時に飛び出して驚かすのだ。

「良いけど…暗いから気を付けて」

「わかった!」

元気に答えすぎて、逆に不安になる受け答えで千里は言った。

「一分後に教室入るから」

千冬はそう言って、一旦教室を出る。

待つこと一分。

再び教室へ入り、淡々と道を歩く。

そして…

「…ばあっ!!」

千冬が井戸の横を通った時、勢い良く千里は飛び出した。

「………。」「………。」

千冬は声がして、こちらを見たものの、驚いた様子はない。

無理はない。

リハーサルだと言われたし、そこに出ると知っていたのだから。

何より、千里の驚かし方があまり怖くなかったのだ。

「………わっ」

そして、後から付け加えたように声を発した。

何かリアクションした方が良いと思ったらしい。

「気ぃ使わないでよ~!でも、もっと静かに言ったほうがいいかな!?明るすぎ?」

「そうかもね。ゆっくり”う~ら~め~し~や~”て言ったら幽霊感でるかも」

「なるほど!」

千里はふむふむとメモと取るように頷く。

「最後に確認で準備しておいて良かった~ありがと、千冬!」

千里は井戸から出ようと片足を出す。

「どういたしましてーー」

その時だった。

千里は油断していたからか、井戸の側面に足がぶつかって…

「…わっ!!?」

千里の体が前のめりに傾く。

「千里!」

千冬はこけかける千里に手を伸ばす。

しかし慌てて千冬は守ろうとするも、暗くて良く見えず、一緒に転倒。

ドンッ!ドサドサッ

「…うっ…!」

「………っ」

こけた衝撃で、近くの小物が落ちる音がする。

ーーが、千里達は今、それどころではなかった。

なぜなら…

「「……!!!???」」

守ろうとした千冬は、自身が床に倒れ、壁が背にあったためぶつかる。

千里はその上…千冬の膝上に四つん這いで倒れた。

片方の手は、受身を取ろうとして壁に当てていたが。

その恥ずかしい態勢もそうだが、何より動揺していたのは、お互い唇に感じる柔らかい感触。

冷たいような、温かいような。

ぬるま湯のような温度が、時間は数秒のはずなのに、やけに長く感じている。

これまでにないほど、体が密着している。

相手と自分の、少し荒い呼吸音。

恥ずかしさと緊張で、首筋に垂れる汗。

やがて、二人は自然にゆっくりと唇を離した。

目が合う。

暗がりで見えないはずなのに、お互い顔が真っ赤になっているのが分かった。

ドッドッドッと、心臓がやけに大きく胸を打つ。

体温が一気に上昇している。

((…えっ…ええええええええええええ!?!?!?!?))

二人は声にならない悲鳴を上げた。

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