第35話

34話:遊園地デート


「千里、飲み物買ってきたよ」

テラスで休んでいた千里に、千冬が渡す。

「…ありがと、千冬」

千里は受け取り、一口飲んだ。

(ど、どうしてこんなことに…!?)

千里は現状を整理するために、回想を始めた。


        ***


「…千里、俺とデートしない?」

千里はその言葉にぽかーんとし、口を開ける。

「…え、えぇ…!!?千冬、急にどしたの?!なんでいきなり…」

千冬が私とデート?幼馴染なのに?いきなりどうして!?

頭がぐるぐるして、追いつけない。

(…私が知らないだけで結構”デート”ってよく使われる言葉とか!?確かにクラスの女子同士でも冗談で言ってたし…でもそれとこれとは違うような…?うーーん…)

必死に現状を理解しようとしている千里を、千冬は見つめる。

(…やっぱり千里はこういうところ鈍感だよね…言葉そのものは知ってるけど、自分のことに疎いと言うか。松村さん達のことだってよく分かってないみたいだし…)

でも…

     ”私が彼女だから!!”

あの時のセリフは、いくら動揺していたからといって、なんの感情もなしに言えるセリフではないと千冬は思う。

千里自身も気づかないうちに…何か感情が動き出しているのかもしれない。

(…それが俺への好意だったらいいのに)

そう願う千冬だが、恋とは限らない。

それでも、チャンスだ。

少しでも千里が振り向いてくれるように、行動を。

それで放った言葉が、デートだったのだ。


『霞草をよろしくね、千冬』


(………っ!!)

ふいに思い出した、幼い”あの日”の記憶。

そうだ。…俺は、千春の代わりに…彼女を助けないといけなかった。

俺は千里と付き合ってはいけない。

彼女の白昼夢(ゆめ)を終わらせない限り。

(ごめん、霞草。俺はやっぱり千里を諦められないよ。…これまで通り、変わらない。変わらせない。だから……)

少しだけ俺の好きなようにさせて。

そう決意し、大きく息を吸うと、混乱中の千里の肩を叩いた。

「…この前千里、私が彼女って宣言したでしょ?せっかくだから乗っかってデートでもしてみようって思ったんだけど…」

ちらりと千里を見る。

まだ、ぽかーんとしている。が、

「……あ!そういうこと!?あははっ千冬もそーゆーノリやるんだ…確かにいいかも!…でも…」

千冬の言葉で、なんとか理解したらしいが、何か引っかかることがあるらしい。

言葉を止めた。

「でも?」

「…でも、いつもの千冬とのおでかけと何が違うの?名前?」

純粋なまなざしを向けてきた。

本気で分かってないらしい。

(……いつものも、デートなんだよ。…一応…)

突っ込みたいのを抑えた。

千冬はなんだか自分だけが羞恥プレイしている気分になってきた。

「…それは当日のお楽しみ」

「…んえ!?ずるい!でも楽しみ~」

ただ楽しめるだけじゃないのを、この時の千里は知らなかったのである。


       ***


(それで遊園地来たのはいいけど、千冬がいつもより完璧すぎる…!)

遊園地に来てから約一時間。千里は驚きっぱなしだった。

チケットは予約済でスムーズだったし、道案内も完璧。

今は、ジェットコースターの乗りすぎで疲れた千里に、飲み物を買ってきてくれた。

(あとなんか服がいつもよりおしゃれ?な気がする!)

シャツと夏秋用のカーディガンをうまく組み合わせたコーデだ。

ちなみに千里は、白いシャツにデニム生地のオーバーオール(スカートタイプ)。

服は千里のだが、話で事情を察した優がコーデを考えてくれた。

『千里姉さんらしさを残しつつ、かと言ってデートらしさも失わせないコーデにしました』by優(師匠)

あと、一番驚いたのは手をつなぐことである。

「…デートの時は手をつなぐんだよ」

そう言って千冬は自然と千里の手を取った。

「そうなの!?…なんか幼稚園以来…」

千里も握り返す。

(なんか急に熱くなってきた…?ざわざわするし…)

嬉しいし楽しいのだが、どこか…胸のあたりがざわざわする。

(ざわざわ?ドキドキ?デート?する人みんなこんな気持ちになるの?すご!)

千里が少し前のことを思い出し、関心した。

その時。

『付き合うのは良いけど、千冬は私の婚約者だから』

ふっと霞草に言われたことを思い出した。

(そういえば千冬、婚約者いるんだっけ…デートしていいのかな?)

疑問がわく。

そして、もし今の千冬の隣が自分じゃなく霞草だったらと考えてみた。

もやっ

胸がざわついた。

今度は、なぜか嬉しくなかった。

気持ち悪くて、痛い。

(なんかそれは嫌、だな…)

感情に戸惑っていると、千冬が話しかけてきた。

「乗り物系は一旦置いて、どこか行こう。お化け屋敷はどう?」

「いこいこ!ジェットコースターにつぐ醍醐味だよね~」

千里は気持ちを切り替えるように明るく返し、立ち上がる。

「…はい」

目の前に手が置かれた。千冬の手だ。

(…?なんか渡してないものあったっけ…はっっさっきのあれか!)

「ん!」

千里は、”デート中は手をつなぐ”ことを思い出して、手を握る。

(さっきは気づかなかったけど、千冬の手大きくなったな…ごつごつしてて、男の子!て感じする…)

そう考えると、急にさきほどまでの”ざわざわ”が戻ってきた。

(頭の中でざわざわくんが「やあ!」て言ってる…どういう気持ちなの、これはーー!)

頭の中で叫びながら、千冬と手をつなぎながらお化け屋敷を目指して歩いた。


「ふはー!怖かった!」

お化け屋敷を出て、千里は大きく伸びをした。

「そうだね。でも小さい頃よりは驚かなかったかな」

「千冬は表情変えないからわかりづらいけど、顔色変わったりするもんね~」

千里と千冬はどちらもあまり怖がりではない。

千里は叫ぶものの、楽しめるタイプ。

千冬は心で「びっくりした」と思うけど、怖くはないタイプ。

ここで二人のラブハプニングは起こらなかった。

大変残念である。

「よーし、お化け屋敷で涼んだし、もう一回ジェットコースターだ~!」

「…付き合うよ」

千冬は呆れつつも、どこか楽しいのだった。



「わ!きれい~」

千里は窓を覗き込みながら、歓声をあげる。

時刻は午後五時。

最後はやっぱり観覧車!ということで乗ったのだ。

千里の横には買い物袋がある。

家に留守番中の弟妹達のお土産だ。

お菓子や、ぬいぐるみが中には入っている。

「本当。町一面見渡せる」

「私ん家どこかな~!」

「わかるかな…」

しばらく雑談をする。

「…千里、デートとお出かけの違い、分かった?」

ふいに千冬が訪ねてきた。

「うん!なんとなく…?ざわざわしたり、ふわふわしたり…大変なんだね、デートって。でも楽しかった!」

「ざわざわ…?…うん、千里が楽しかったならいいや」

少し伝わらなかったが、千冬は返答に満足したらしい。

それでも…少しだけ残念そうなのは、気のせいだろうか。

(あの時は聞けなかったけど、今なら…)

千里は、気になっていた”ある事”をたずねた。

「…ね、千冬。霞草さんが婚約者ってほんと?」

ただ単に、気になっただけの質問。

「………!!?」

がしかし、千冬は目を見開いて驚いた。

「違っ…!…いや……」

訂正しようとして、口ごもる。

「ほんとだったら今日仮でもデートしちゃだめかなって思ったんだけど、違うの?」

「…違わなくはないんだけど…」

千冬にしては曖昧な言い方だ。

(…なんで千里がそのことを…霞草か。釈明しないと。でも、馬鹿正直に話すわけにもいかない。…まだ)

千里にこれ以上、嘘はつきたくない。

でも…真実を話したところで、どちらにせよ、辛くなるだけだ。

ごめん、と千冬は心の中で呟いた。

しばらく千冬は悩んだ末、口を開いた。

「正直に話すよ。確かに、霞草は婚約者」

(……!!話、ほんとだったんだ…なんかスケールの大きい話になってきたな…)

千里は驚くとともに、再び気持ち悪い感覚に陥っていた。

もやもやして、苦しい。

「…けど、もうなしに等しい」

「……!なんで?」

予想してない言葉に、千里は驚く。

「…お互い、好きな人がいるから」

その言葉に千里は固まる。

同時に、もやもやも強くなる。

「ち、千冬好きな人いたの!?それってだ、」「れ」

頬に柔らかい感触が伝わる。

続きは出なかった。

千冬に、中断されてしまったからだ。

あまりのことに、頭が真っ白だ。

脳に何も入ってこない。

なにも考えることができない。

今、キス…

「…俺が好きな人は千里。ずっと前から好き。…わかってくれた?」

千冬は千里の前で、安堵のような、だけど少しいじわるく微笑んだ。

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