第34話
34話:遊園地デート
「千里、飲み物買ってきたよ」
テラスで休んでいた千里に、千冬が渡す。
「…ありがと、千冬」
千里は受け取り、一口飲んだ。
(ど、どうしてこんなことに…!?)
千里は現状を整理するために、回想を始めた。
***
「…千里、俺とデートしない?」
千里はその言葉にぽかーんとし、口を開ける。
「…え、えぇ…!!?千冬、急にどしたの?!なんでいきなり…」
千冬が私とデート?幼馴染なのに?いきなりどうして!?
頭がぐるぐるして、追いつけない。
(…私が知らないだけで結構”デート”ってよく使われる言葉とか!?確かにクラスの女子同士でも冗談で言ってたし…でもそれとこれとは違うような…?うーーん…)
必死に現状を理解しようとしている千里を、千冬は見つめる。
(…やっぱり千里はこういうところ鈍感だよね…言葉そのものは知ってるけど、自分のことに疎いと言うか。松村さん達のことだってよく分かってないみたいだし…)
でも…
”私が彼女だから!!”
あの時のセリフは、いくら動揺していたからといって、なんの感情もなしに言えるセリフではないと千冬は思う。
千里自身も気づかないうちに…何か感情が動き出しているのかもしれない。
(…それが俺への好意だったらいいのに)
そう願う千冬だが、恋とは限らない。
それでも、チャンスだ。
少しでも千里が振り向いてくれるように、行動を。
それで放った言葉が、デートだったのだ。
『霞草をよろしくね、千冬』
(………っ!!)
ふいに思い出した、幼い”あの日”の記憶。
そうだ。…俺は、千春の代わりに…彼女を助けないといけなかった。
俺は千里と付き合ってはいけない。
彼女の白昼夢(ゆめ)を終わらせない限り。
(ごめん、霞草。俺はやっぱり千里を諦められないよ。…これまで通り、変わらない。変わらせない。だから……)
少しだけ俺の好きなようにさせて。
そう決意し、大きく息を吸うと、混乱中の千里の肩を叩いた。
「…この前千里、私が彼女って宣言したでしょ?せっかくだから乗っかってデートでもしてみようって思ったんだけど…」
ちらりと千里を見る。
まだ、ぽかーんとしている。が、
「……あ!そういうこと!?あははっ千冬もそーゆーノリやるんだ…確かにいいかも!…でも…」
千冬の言葉で、なんとか理解したらしいが、何か引っかかることがあるらしい。
言葉を止めた。
「でも?」
「…でも、いつもの千冬とのおでかけと何が違うの?名前?」
純粋なまなざしを向けてきた。
本気で分かってないらしい。
(……いつものも、デートなんだよ。…一応…)
突っ込みたいのを抑えた。
千冬はなんだか自分だけが羞恥プレイしている気分になってきた。
「…それは当日のお楽しみ」
「…んえ!?ずるい!でも楽しみ~」
ただ楽しめるだけじゃないのを、この時の千里は知らなかったのである。
***
(それで遊園地来たのはいいけど、千冬がいつもより完璧すぎる…!)
遊園地に来てから約一時間。千里は驚きっぱなしだった。
チケットは予約済でスムーズだったし、道案内も完璧。
今は、ジェットコースターの乗りすぎで疲れた千里に、飲み物を買ってきてくれた。
(あとなんか服がいつもよりおしゃれ?な気がする!)
シャツと夏秋用のカーディガンをうまく組み合わせたコーデだ。
ちなみに千里は、白いシャツにデニム生地のオーバーオール(スカートタイプ)。
服は千里のだが、話で事情を察した優がコーデを考えてくれた。
『千里姉さんらしさを残しつつ、かと言ってデートらしさも失わせないコーデにしました』by優(師匠)
あと、一番驚いたのは手をつなぐことである。
「…デートの時は手をつなぐんだよ」
そう言って千冬は自然と千里の手を取った。
「そうなの!?…なんか幼稚園以来…」
千里も握り返す。
(なんか急に熱くなってきた…?ざわざわするし…)
嬉しいし楽しいのだが、どこか…胸のあたりがざわざわする。
(ざわざわ?ドキドキ?デート?する人みんなこんな気持ちになるの?すご!)
千里が少し前のことを思い出し、関心した。
その時。
『付き合うのは良いけど、千冬は私の婚約者だから』
ふっと霞草に言われたことを思い出した。
(そういえば千冬、婚約者いるんだっけ…デートしていいのかな?)
疑問がわく。
そして、もし今の千冬の隣が自分じゃなく霞草だったらと考えてみた。
もやっ
胸がざわついた。
今度は、なぜか嬉しくなかった。
気持ち悪くて、痛い。
(なんかそれは嫌、だな…)
感情に戸惑っていると、千冬が話しかけてきた。
「乗り物系は一旦置いて、どこか行こう。お化け屋敷はどう?」
「いこいこ!ジェットコースターにつぐ醍醐味だよね~」
千里は気持ちを切り替えるように明るく返し、立ち上がる。
「…はい」
目の前に手が置かれた。千冬の手だ。
(…?なんか渡してないものあったっけ…はっっさっきのあれか!)
「ん!」
千里は、”デート中は手をつなぐ”ことを思い出して、手を握る。
(さっきは気づかなかったけど、千冬の手大きくなったな…ごつごつしてて、男の子!て感じする…)
そう考えると、急にさきほどまでの”ざわざわ”が戻ってきた。
(頭の中でざわざわくんが「やあ!」て言ってる…どういう気持ちなの、これはーー!)
頭の中で叫びながら、千冬と手をつなぎながらお化け屋敷を目指して歩いた。
「ふはー!怖かった!」
お化け屋敷を出て、千里は大きく伸びをした。
「そうだね。でも小さい頃よりは驚かなかったかな」
「千冬は表情変えないからわかりづらいけど、顔色変わったりするもんね~」
千里と千冬はどちらもあまり怖がりではない。
千里は叫ぶものの、楽しめるタイプ。
千冬は心で「びっくりした」と思うけど、怖くはないタイプ。
ここで二人のラブハプニングは起こらなかった。
大変残念である。
「よーし、お化け屋敷で涼んだし、もう一回ジェットコースターだ~!」
「…付き合うよ」
千冬は呆れつつも、どこか楽しいのだった。
「わ!きれい~」
千里は窓を覗き込みながら、歓声をあげる。
時刻は午後五時。
最後はやっぱり観覧車!ということで乗ったのだ。
千里の横には買い物袋がある。
家に留守番中の弟妹達のお土産だ。
お菓子や、ぬいぐるみが中には入っている。
「本当。町一面見渡せる」
「私ん家どこかな~!」
「わかるかな…」
しばらく雑談をする。
「…千里、デートとお出かけの違い、分かった?」
ふいに千冬が訪ねてきた。
「うん!なんとなく…?ざわざわしたり、ふわふわしたり…大変なんだね、デートって。でも楽しかった!」
「ざわざわ…?…うん、千里が楽しかったならいいや」
少し伝わらなかったが、千冬は返答に満足したらしい。
それでも…少しだけ残念そうなのは、気のせいだろうか。
(あの時は聞けなかったけど、今なら…)
千里は、気になっていた”ある事”をたずねた。
「…ね、千冬。霞草さんが婚約者ってほんと?」
ただ単に、気になっただけの質問。
「………!!?」
がしかし、千冬は目を見開いて驚いた。
「違っ…!…いや……」
訂正しようとして、口ごもる。
「ほんとだったら今日仮でもデートしちゃだめかなって思ったんだけど、違うの?」
「…違わなくはないんだけど…」
千冬にしては曖昧な言い方だ。
(…なんで千里がそのことを…霞草か。釈明しないと。でも、馬鹿正直に話すわけにもいかない。…まだ)
千里にこれ以上、嘘はつきたくない。
でも…真実を話したところで、どちらにせよ、辛くなるだけだ。
ごめん、と千冬は心の中で呟いた。
しばらく千冬は悩んだ末、口を開いた。
「正直に話すよ。確かに、霞草は婚約者」
(……!!話、ほんとだったんだ…なんかスケールの大きい話になってきたな…)
千里は驚くとともに、再び気持ち悪い感覚に陥っていた。
もやもやして、苦しい。
「…けど、もうなしに等しい」
「……!なんで?」
予想してない言葉に、千里は驚く。
「…お互い、好きな人がいるから」
その言葉に千里は固まる。
同時に、もやもやも強くなる。
「ち、千冬好きな人いたの!?それってだ、」「れ」
千冬の手が伸びてきて、頬に柔らかい感触が伝わる。
続きは出なかった。
千冬に、中断されてしまったからだ。
あまりのことに、頭が真っ白だ。
脳に何も入ってこない。
なにも考えることができない。
今、キス…
呆けている千里から千冬はゆっくりと唇を離す。
「…俺が好きな人は千里。ずっと前から好き。…わかってくれた?」
千冬は千里の前で、安堵のような、だけど少しいじわるく微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます