第36話

35話:このモヤモヤは…


『俺が好きなのは千里。ずっと前から好き。…分かってくれた?』

「……くぁっ…!!」

思い出し、小さく千里は悶えた。

「…ちっ千里さん!?どうかしましたか…?」

事情を知らない日菜子は、机に突っ伏し、悩み続けている千里に話しかける。

ちなみに、千冬は柳瀬と一緒に隣のクラスの友人に会いに行っているので、この場にはいない。

「…ひっ日菜子〜!!助けてぇぇ」

千里はガバッと日菜子に抱きつく。

「よ、よく分かりませんが、私に出来ることであれば!!」

グッと両手に力を込める日菜子。

「うぅ~!日菜子大好き!」

千里は、日菜子を抱きしめる手を強めた。

「今は時間が足りないので、昼休みに話しましょう!今は授業に集中です」

日菜子がそういった時、ちょうど予鈴が鳴った。

「…はーい」

千里は、自分の席に戻る日菜子を視線で見送った。


(…そんなことできないよー!)

授業開始早々、机に突っ伏し、教科書で顔を隠す千里。

頭の中は、千冬(の言葉)でいっぱいだ。

始めて言われた言葉だったので、戸惑いがすごい。

「ここ、わかるやついるかー?」

先生が周りに尋ねているが、今の千里には関係ないことだった。

※良い子のみんなはちゃんと授業に集中しましょう

(…言葉だけだったらまだしも…キ…ㇲしてきたし…。わーん!千冬が何考えてるのかわかんない~!!)

さすがの千里でも、あそこまでやられれば気づくし、こうして人並みに悩む。

言葉だけだったら、「私も(友達として)好きだよー!」と呑気に返していただろう。

今は、変な感覚だ。

ぽかぽかして温かいのに、変に胸がざわざわしてせわしない。

妙に落ち着かず、熱でもあるのかと額に手を当てるも、自分では良く分からなかった。

感覚もそうだが、この感情が何なのか分からず、もやもやが止まらない。

後少しで分かりそうなのに、その手前で靄がかかって、見えない。

戸惑いと、不安と、せわしなく蠢く変な感覚。

千里はチラリ、と横目で千冬を見た。

授業を集中して受けている千冬の横顔が見えた。

「…うっなんかいつもより神々しい…」

あふれ出るイケメンオーラに思わず目をつぶる。

漫画的に表現するなら、背景に綺麗な花が散りばめられているだろう。

「……?」

ついこぼれた一言に気づいた千冬が、こちらを見て首を傾げる。

同時に、千里は思いっきり首を回し、視線をそらした。

(…?なんでだろ、千冬の顔が上手く見れない…!)

今日の私、変だな~と思いながら、気を紛らわせるためにシャーペンを手に取った。

板書していたはずなのに、いつの間にか絵を描き始めていた。

日菜子、自分、先輩…

千冬も描こうとして、ふいに手が止まってしまう。

”あの感覚”が押し寄せてきたのだ。

(…ただの絵だし!?なんも関係ないのに…)

どうして、絵の一つでここまで悩んでしまうんだろ。

そう考えていた時、千冬が声をかけてきた。

「…ちさーー」

「は、はいっ!先生!!」

被るようにして、千里は手を挙げた。

反射的に、千冬の声を無視してしまった。

千冬以外のクラスメイト達も、驚いている。

「お、鈴鳴か。珍しいな。んじゃ、答えてみろ」

先生が千里を指名する。が。

先ほどまで物思いにふけっていた人が、答えられるはずもなくーー。

「…え、えーと、みんな仲良く~?ですかね…」

「……鈴鳴、後で先生とゆっくり話しような?」

この後、普通に怒られた千里であった。


             ***


「…っ疲れた~!!」

「お、お疲れ様です。千里さん…」

今は、昼休み。

完全二人になるために、千里達は屋上に来ている。

ちなみに千冬は柳瀬達と隣のクラスで食べている。てっきり霞草と食べると思いきや、そうでもないらしい。

二人とも、特に接点なく過ごしている。

千里達とも話すわけでもなく、一人で過ごすことが多いようだ。

話しかけられたら話す。そういうスタンスらしい。

話を現在に戻そう。

あの後、行間休みギリギリまで怒られた千里は、ようやく安寧の昼休みを迎えることができた。

「それで、早速ですが千里さん!その、相談と言うのは…?」

「…そーだった!あの、実はね…」

千里はお弁当を食べる手を止め、ゆっくり話し始めた。

告白の後、千冬にデートに誘われたこと。

楽しかったけど、ずっと変な感覚だったこと。

観覧車で好きと言われ、キスされたことーー

「…そんなことが!?」

何となく察していた日菜子でも、あまりの予想外の展開に、驚きを隠せなかった。

そして、頭の中は大渋滞である。

(…千冬くんがデートに誘ったことも驚きだけど、告白!?キ、キス!?進展ありすぎじゃないですか…!それに…)

チラリ、と日菜子は千里に視線を向けた。

千里は、「この”変な感覚”の気持ちが分からなくて…」と、恥ずかしそうに呟いている。

(それはもう”恋”ですよ!千里さん!!)

日菜子は心の中で叫んだ。

「日菜子?聞いてる??」

千里の自分を呼ぶ声で我に返る。

「…はっはい!千里さんは今、千冬くんにこくはーー好き、と言われて戸惑っているのと、”変な感覚”に悩んでるんですよね?」

勝手に告白と断定したら悪いかな、と言い直しつつ、要点をまとめる。

「そう!普通に好き!だけだったらなんも問題はなかったんだけど…。その、キスまでされちゃったら…その、そういう?意味なのかなぁって。さすがに。千冬が冗談であんなことするわけないし…」

千里はいつになく真面目な口調で言った。

日菜子もそれに頷く。

「…合ってますよ、千里さん。昼休みのもうすぐ終わっちゃうので、アドバイスと言ってはなんですが…」

うんうん、と頷く千里を確認して、日菜子は話を続ける。

「今日、千冬くんと会ったら考えてみてください。無意識のうちに考えてたり、千冬くんのことでもやもやしたり…助けてほしいときに真っ先に思いついたら」

もちろん、これだけじゃないですけど、と日菜子は顔を千里の耳に寄せ、小声で話す。

「それはもう”恋”です…!」

キーンコーンカーンコーン…

日菜子が話し終えると同時、昼休み終了のチャイムが鳴った。

「…そ、そうなの…?」

「はい!そうです。…さて、掃除に行きますよ」

日菜子は、お弁当箱の入ったカバンを手に取り、立ち上がる。

(恋って単純で複雑なんだな~…)

少し感慨にふけりながら、千里も立ち上がった。


            ***


(…結局、緊張しすぎで避けちゃったし、部活とかなんやかんやあって離せなかったや…)

…機会は、たくさんあった。

けれど、それを避けてきたのが私だ。

「千冬とこんだけ話さなかったのって、何年ぶりだろ…。色々通り越してなんか寂しいな~」

”寂しい”。

口に出してみたら、急に現実味を帯びて来て、感情がぶわっと押し寄せてきた。

涙、とまではいかないけど。

昇降口の後ろの廊下は、今は誰もいない。

蜜柑色から段々と群青色になっていく空が、今の自分の感情を表しているようで、思わず目を逸らす。

グラッーー

その時、視界が急に歪んだ。

同時に体温が熱く感じる。

(…あ…これやば…倒れーー…)

「…千里…!」

ガシッと、誰かが私の体を支えた。

誰かは、必死に声をかけている。

(誰…良く見えない…)

頭も、視界もぼんやりして何も考えれない。

何も分からない中、千里はそっと目を閉じた。

分かっているのは、この声の安堵と優しさと…そして、助けてほしいと思った中で、真っ先に思いついたのは千冬だということだ。


                     

            ***


数十分後。

「………ん、……」

千里は目を覚ました。

ぼやぼやとした視界が、段々と晴れてくる。

最初に視界をとらえたのは、すっかり暗くなりかけた空と、見知った顔ーー

「…千冬!?」

千里は反射で、飛び起きた。

「…千里!やっと起きた、良かった」

安堵の微笑みを浮かべるのは、今日丸一日避けていた、早川千冬、本人だった。

「な、なんで…。あと、いつの間にベンチに!?」

千里は、昇降口のすぐ近くにあるベンチに、座っていた。

詳しい描写で言うと、先ほどまで千里は千冬の膝に頭を乗せていた。

すなわち、膝枕…。

「千里、微妙に熱あったよ。気づかなかったの?だから、少し風に当てて、額を冷やしてたんだけど…」

そういわれ、額に手を当ててみる。

先ほどまで冷やされていたのか、ほんのり冷たい。

その冷やしたタオルは、千里が先ほど飛び起きた衝撃で外れたらしく、千冬が持っていた。

「…え、全然気づかなかった…。ごめん、千冬。迷惑かけて」

「そう言う時はありがとう、でしょ?千里が良く言ってるじゃん」

そういい、千冬はペタリとタオルを額に当てた。

ずっと当ててもらうのは悪いので、千里は自分でタオルを持つ。

「ありがと…」

久々の千冬とのいつも通りの会話に、じーんと胸が暖かくなる。

「…それで千里。病み上がりのとこ悪いけど、質問一個いい?」

「うん。良いけど…」

何となく予想がつき、千里はぎゅっと身構える。

「今日ずっと俺の事、無視してたでしょ?」

その問いに、ビクッと肩を震わせる。

「…ちょっと怒ってます??」

「うん。…怒るというより、悲しい方が大きいかな」

「…それは、ほんとにごめん。ちょっと、その、動揺しちゃって」

「えっっっ」

千冬が珍しく声を上げる。

「え?」

「いや…千里にちょっと響いてたんだなって…。でもそうだよね、あれだけやれば。…でも千里、意味分かってる?」

不安げな視線を向ける千冬。

「さっさすがにそこまで鈍感じゃないよ!?千冬が、その…考えてる気持ちは分かった…」

最後は、照れでカタコトとなってしまった。

「そっか」

千冬は、安堵と嬉しそうな微笑みを浮かべていた。マスク越しだが。

「…私、つい最近までずっと”変な感覚”で、ずっともやもやしてた。でも…」


『…良いですか、千里さん。もやもやしたり、助けてほしい時に真っ先に思いついたら…』


「…ようやく分かった気がする。だってあの時、千冬って思ったんだもん」

言われて、体感して、言葉がすとん、と腑に落ちた。


          『それは”恋”です。』


「私、千冬に恋してたんだ…!」


「……!!?」

千冬は信じれない、と言うように、大きく目を開いている。

「…霞草さんが来てからのもやもやとか、デートした時の緊張とか、ドキドキとか…。全部、”恋”にしちゃえば納得できる!千冬が好きっ!私は千冬のことが好きなんだよ!だからっ」

そこまで言いかけて、びたっと千里は止まった。

「…わ、分かったから…。一旦止めて、千里」

ぶしゅうっと頭から湯気でもでそうなくらい、顔を真っ赤にさせた千冬が、口元を隠すように手を当てて、呟く。

パーカーを着ていたら、そのまま顔を隠してしまいそうな勢いだ。

「………あっ…」

自身も、ようやくだいぶ照れるようなことを三回も言ったことに気づき、釣られて顔を赤くする。

「…いっいや、そのね?つい勢いで…!急にそんなこと言われても困るね!?」

「千里」

てんぱる千里に、千冬は名前を呼ぶ。

「まずは、色々戸惑わせて、ごめん。それでも好きって言ってくれたのはすごく嬉しい。でも、付き合うのは待ってほしいんだ」

「なんで…?」

「……俺は、まだ千里に話してないこと、沢山ある。簡潔に言えば、まだ話せない。身勝手で、自分勝手で。自分のことしか考えられてないってのは、分かってる。それでも…。……っ」

胸が詰まったのか、言葉が途切れる。


「…いつか話せたとき、もう一度、俺から告白してもいいですか?」


そうだ。

いつも、頼りになって優しいのに、こういう秘密ごとは自分勝手で…。

完璧なようで、完璧じゃない千冬が、知らないうちに…知らない頃からずっと、好きだったんだ。

まったく、女の子を待たせる悪い男め!

「もちろん!…きっと、私がこの感情に気づくずっと前から、千冬は待っててくれた。だから、私も待つよ!千冬が話してくれるその時まで…ずっと!」

「…千里のそういうところ、かなわないなぁ。……ありがとう」

千冬は呆れつつも、嬉しそうにほほ笑んだ。

「よし!そうと決まれば手、繋ぎながら帰る?」

立ち上がり、若干冗談交じりに言う千里。

「ん」

千冬は、そんな千里の手を自然な仕草でとった。

「…あ、オリオン座!」

千里は夜空を見上げながら、呟く。

真っ暗だと思っていた夜空には、一等星が優しく輝いていた。

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