第37話

36話:揉めてます


「…!千里さん、千冬くんと仲直りできたんですね…!良かった…」

スマホの画面に映し出された文字に、日菜子は道端で立ち止まり、安堵のため息をついた。

千里の相談に乗ったその二日後の日曜日。

日菜子は、とある場所に来ていた。

それはーー。

「お!いらっしゃい!日菜子ちゃん♪」

「こんにちは…!」

先輩のお家に、日菜子は訪れたのだった。

時は、昨日の放課後に遡る…

           

            ***


「日菜子ちゃん久しぶり!おつ~」

「先輩!?」

テスト週間も間近に迫り、日菜子は久しぶりに図書室を訪れていた。

ここなら集中できそう…と、席の一つ一つに仕切りがあるタイプの勉強スペースに座り、黙々と勉強していたところ、先輩が話しかけたのだった。

「お、お久しぶりです…先輩も勉強ですか?」

「ん?俺?違うよ~。俺は前日にちょこっと勉強するくらいだし…。これ、返しに来たの!」

ひらひらっと片手で本を揺らす。

タイトルは、『羊たちの沈黙』。

トマス・ハリス作の、海外ミステリだ。

(先輩も本とかよく読むんだ…ちょっと意外かも)

「…ちょっと意外って思った?」

からかうように先輩は尋ねる。

「いっいえ…!……ちょっとだけ」

ここで噓をついてもしょうがないな、と思ったので、訂正する。

「あはっ!ごめんごめん。でもよく言われる~。でも今の時代、知識(中身)も大事だからな!」

まぁ、俺がただ好きなだけなんだけど笑と、笑った。

「ふふ…!そういえば、自分で返すんですか?」

日菜子は少し気になったことを訪ねた。

勉強スペースは奥にあるので、図書委員に返却手続きを行ってからこちらへ来るのが普通だろう。

だとしたら、本はもう手元にないはずだが…。

「…あーこれね。返却してくれたのが同じ学年の顔見知りでさ~自分のは返してこい!て言われちゃった笑…あ、ちなみに俺、元図書委員ね!今は美会員だけど」

と、にひひっといたずらっぽく笑った。

「なるほど、それで…」

日菜子はそっと図書委員のいるカウンターを見た。

席には、明るそうな女の子が席に座って作業をしている様子が見える。

(…あ、女の人…なんだ。先輩、交友関係広いもんな…)

ズキッ

一瞬、胸が苦しくなった。

先輩に仲がいい人が多いことなんて、知り合ったころから知ってるのに…。

(…もしかして…)

確信に触れようとしたとき。

「日菜子ちゃん?ごめん、勉強の邪魔した?」

急に黙った私を心配して、先輩が顔を近づけた。

「…だっだだ大丈夫ですっ!!」

後ずさりしながら、ぶんぶんと首を横に振った。

ドキッとしたおかげ?で、先ほどの感情はどこかへ去ってしまった。

「そ?…あ、分かんないとこあったら教えてあげよーか?俺、結構頭良いし…て、それは日菜子ちゃんもか!」

一人で会話が解決しているところが少し面白く、日菜子の頬は緩む。

「…ちょうど、分からない問題があったんです。教えてください、先輩」

「…お、おー!」

(なんか今のとこ、ちょっとドキドキした…)

日菜子はどうやら、無自覚にドキドキさせるタイプらしい。

龍也は心臓をドキドキさせながら、日菜子の左隣へ座る。

「…えーと、ここはXが成立して、Yがここにあるから…。……ーー。どうだ?」

(ち、近けぇぇぇ!!)

内心、心臓ばっくばくながら、なんとか教え終わった龍也。

「…あ!だから私、間違えちゃったんですね…!ありがとうございます」

にこっと微笑みながら日菜子は礼を言う。

「……日菜子ちゃんは本好き?俺が読んでた感じのやつ」

ドキドキをごまかすため、龍也は話題を変える。

「はい!好きですよ。でも、海外のものはあまり読まないのですが…興味はあります!」

本の話になり、心なしか先ほどよりもテンション高い返事が返ってきた。

(ちょっと嬉しそ…かわいい。あと好きって…。ちがーう!!あれは本のことで…!)

「先輩?」

葛藤する先輩に、日菜子は首を傾げる。

「っごめん。…そーだ!これ、日菜子ちゃんと同い年の従妹用に作ったテスト対策のノート!これあげる」

「えっそんなもの、良いんですか!?」

せっかく従妹さんの作ったのに…と、呟く。

「アイツはまだ時間あるし…ていうか、勉強もするかわかんねーし、大丈夫!直接俺も教えれるしな」

「そ、そこまで言うならいただきます…!ありがとうございます!」

「いーっていーって!俺も日菜子ちゃんの役に立てるなら超嬉しいし?早くからテスト勉強お疲れ様。無理せずにな~!」

そう言って、先輩はぽんと頭にやさしく手を置いた。

「はい!」

日菜子は元気よく返事をした。


              ***


(先輩はあぁ言ってくれたけど申し訳なくて、コピーしたからノートは返すって話したけど…。まさかお家にまでお邪魔することになるとは…!)

土曜に、そのようにRINEしたところ…

『明日、姉貴が帰ってきて色々手伝わされんのよ。だから悪いけど、家まで来てくれない??ついでにお気に入りの本、貸したげる!』

と、家の地図とともに送られてきたのだ。

そして、今があるというわけだ。

「ほんっっっとごめん!日菜子ちゃん。学校でも良かったけど、それ以外でも久々に会いたいな~と思って言っちまった」

少し照れた口調で言う先輩の頬は赤い。

「い、いえ…!」

照れが移り、日菜子は一言しか言えなかった。

「ノートありがと。うるせー姉貴がちょうど友人に会いに出かけてるから、今のうちに二階(俺の部屋)へどーぞ!」

「はい…!」

階段を上り、部屋に入ると…。

「わあ…!すごい数の本ですね!」

日菜子は感嘆の声をあげた。

壁一面に大きな本棚が一つあり、たくさんの小説が並んでいた。

ミステリから青春、恋愛小説まで、100冊以上はあるだろう。

「結構色んなジャンル、読むんですね」

日菜子は、時々手に取ってみながら、呟く。

「でしょ~。色んなやつ見たくて、海外のも結構ある。好きなの貸すから、ゆっくり見てな~」

俺は課題でもやってるから、とこちらに向けていた椅子を机の前に向きを直した。

「分かりました!」

日菜子は何を借りようかと、わくわくしながら、本を眺めた。


             ***


「本、ありがとうございました」

「全然!読んだら感想教えてね~」

「もちろんです!」

あれから数時間。

読んだり、話をしたりして時間を過ごし、最終的に日菜子は『あたしの一生』という、ディー・レディーの本を借りることにした。

猫の表紙の、可愛らしい本だ。

帰って早速読もう、と思った日菜子だ。

「龍也ー!やっほ~い!!」

帰ろうとしたとき、ガチャリ、と玄関のドアが開いた。

人物は、入ってくるなり、龍也に抱き着いた。

「ゲッ…!京果…」

ハグも数秒、龍也はすぐに引きはがした。

そして、剝がされたタイミングで、日菜子に気づく。

「ゲッて何、生意気だな~。…て、誰?その子」

「……!!??」

日菜子は現状をつかめず、混乱しながらも、入ってきた人物を見た。

大学生くらいの見た目。

金色の長いストレートな髪。前髪は真ん中で分けている。

ぱっちりした青い目に、赤く艶やかな唇。

服装は白のTシャツに短パンとラフだが、それを感じさせない顔立ちと、スタイルの良さだった。

同じ女性の日菜子が見とれてしまうくらい。

「べっ別に誰でもいーだろ!お前に関係ないし」

「態度ムカつく!せっかく久々に会ったってのに」

ギャアギャアとそのまま喧嘩を始めそうな雰囲気だ。

(誰だろう…この人…。幼馴染かな?)

その時、金曜日に感じた感覚が、脳をよぎった。

あの、もやっとした感覚。

(…もしかして、彼女…?……!!)

そう思うと、急激に感覚が強くなる。

胸が痛くて、苦しい。

「…彼女さん、ですか…?」

なんとか、精一杯振り絞って尋ねた。

(私、平然を保ててるかな…怖い…)

心臓がバクバクと音を立てて鳴りやまない。

その言葉に、京果はㇵッと面白そうに笑った。

「まぁ、深い仲ではあるな(笑)」

京果と呼ばれた女性は、茶化すように言い、腰に置いた手と反対の手を広げた。

「………!!」

「おい、”姉貴”。誤解生むような言葉言うの止めてくれる!?……て、日菜子ちゃん!?」

日菜子は、京果の言葉を聞いてすぐ玄関を飛び出した。

もちろん、龍也の言葉など、耳にせず。

「…なんか、ごめんな?」

「あーもう!絶対今度何か奢れよ!馬鹿姉貴!!」

そう叫びながら、龍也は日菜子の後を追いかけた。

「……久しぶりに帰ったのに、大変なことになりそ…」

京果は苦笑気味に呟いた。


             ***


(…つい逃げてきちゃった…悪いことしちゃったな…)

走りながら、日菜子は反省していた。

状況から逃げたことで、少し冷静になれた。

あんな単純なことで、ここまで悩むなんて。やっぱり、私はーー。

「日菜子ちゃん!!」

「……!先輩?!」

驚く日菜子の手を、先輩はしっかりと掴んだ。

「離してください!」

「日菜子ちゃん、さっきのことで話があって。一旦落ち着いて!」

日菜子は、先輩の手を振り解こうにも、強くて振り解けない。

「嫌です!どうせあの人が彼女っていうんですよね!?」

「全然違う!あの人は…姉貴だよ。京姉」

「えっ…」

驚きで、日菜子の抵抗する動きが止まる。

「勘違いさせたことは、ごめん。俺に彼女はいないし、俺が好きなのは日菜子ちゃん」

「………!!」

その言葉を聞いて、安心なのか、何なのか。

涙が目にたまった。

「私の方こそ、すみません。……先輩が私のことを好きって言ってくれてたから…。心のどこかで、安心してたんです。それでさっき、京果さんが現れた時、動揺してしまって。ふふ…ずるいですよね。私は先輩を”待たせている”側なのに、いざ別の女の人がいたら焦っちゃって……」

多分、私は徐々に…いや、はっきり言うなら、好き…なんだと思う。

でもまだ自信がなくて、待ってくれる先輩の優しさに漬け込んで、持続維持をしてる。

(…千里さんに、偉そうなこと言えないな…)

千里さんはすごい。

自分の気持ちに気づいて、真っすぐ千冬くんと向き合って…。

私には到底、できる気がしない。

「ずるくない」

声がして、バッと前を向く。

先輩が、話していた。

「ずるくないよ、日菜子ちゃん。夏祭りで言ったこと、覚えてる?俺はさ、向き合ってくれただけですげー嬉しいんだよ。振って終わり!…それで良いのに、日菜子ちゃんはそうしなかった。それは、日菜子ちゃんの優しさがあったからでしょ?俺はそこが好き。礼儀正しいとこ、料理できるとこ。…焦ってくれるとこだって、全部好き。だから、ずるいなんて言ってほしくないかな、俺は」

聞き終えて、胸が熱い。

まだ胸は苦しい。

だけど、先ほどの辛いものではない。

温かくて、優しくて。

別の痛みだ。

「…なんで先輩は……」

いつもほしい言葉をかけてくれるんですかーー。

声にならなくて、涙だけ流れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る