第38話

37話:モヤモヤの試験週間


「あーそうだ、明日からテストだが、お前らしっかり勉強しとけよ?…HRは以上」

そういって、木藤先生は挨拶もなしに教室を出て行った。

「テストやだー!」

「お前、勉強した?」

「するわけないじゃん笑 勉強は今日からすんの~」

生徒だけになったクラスはすっかり放課後ののんびりムード。

「千冬っ!帰ろ~」

千里は、机に鞄を置いて帰る準備している千冬に話しかける。

「うん。…あ、でも待って。先生に提出しなきゃいけない物があるからちょっと待ってて」

「分かった!いってらっしゃい!」

千冬を見送ると、千里は今度は日菜子に話しかけた。

「日菜子!千冬帰ってきたら帰ろ!」

「………。」

だが、日菜子からは返事はない。

「日菜子?」

「……!すみません、千里さん!少し考え事してました」

日菜子は申し訳なさそうにほほ笑む。

(…日菜子…なんだか元気ない?気のせいかな?)

「いいよ!千冬帰ってきたら帰ろって言った!」

千里は考えを消すようにいつものように言った。

「分かりました」

「千里、お待たせ。帰ろうか」

日菜子が返事をした後、すぐ千冬の声がした。

戻ってきたのだ。

「お、千冬~ちょうどいい!日菜子も早く!」

千里は立ち上がり、千冬のいる扉まで行く。

日菜子もそれに続いた。

「そいや先輩、最近来ないね~」

「2年だし、進路とかあるんじゃないかな」

「なるほど!?」

”先輩”の一言に、日菜子は一瞬立ち止まる。

(…先輩…。私が困らせるようなこと、言ったから…?)

日菜子は、申し訳ない気持ちになりながら、再び足を動かした。


            ***


その日の夜。

(…あれほど鈍感だった千里が…嬉しい。ちゃんと全部話せるように、俺も頑張らないと…)

千冬は自室で勉強していた手を止め、スマホの画面を開く。

そこから電話をかけた。

着信を待ちながら、机に置いてある写真立てをちらり、と見る。

幼い銀髪の少年二人と、同い年くらいの少女。

一人の少年はベッドに、残り二人はその少年を挟むようにして立っている。

少しばかりそれを感慨しく眺めて、コールが4、5回なったところで相手が出た。

マスクを外し、呼吸を落ち着かせたところで、千冬は第一声を発した。

「…久しぶり。…霞草…ーー。」


「んあ~!疲れた!!」

千里は大きく後ろに伸びをした。

一応、勉強と言える時間を過ごし、千里は疲れていた。

千里は、勉強机の前にある窓を開けた。

その先には、千冬の部屋が見える。

と、言っても今は閉め切られていて姿は見えないが。

千里が千冬の名前を呼んで、お互い窓を開け、スマホ越しに話す…と言う、幼馴染らしいことも良くしてたなぁと、ふと思い出す。

(…千冬、勉強頑張ったら褒めてくれるかな~)

想像して少し嬉しくなりながら、千里は机に座り直した。


(勉強、進みません…)

日菜子はホットミルクを飲みながら、ため息をついた。

先輩とは、家にお邪魔したあの日以来、話していない。

ただ単にお互い、テスト前で忙しかったのもあるし、日菜子自身が避けたというのもある。

日菜子はあの日、先輩に言われたことを思い出す。

『…なんで、先輩は……』

「…わ!泣かせるつもりはなかったんだ、俺!!」

涙を流した日菜子に先輩は慌てふためく。

「……えーと、とにかくアイツ…京姉は姉貴で、俺に彼女はいないし、日菜子ちゃんに一途!!だから安心してって言うのもあれだけど。信じて欲しいっつーか…。その、とにかく浮気はないです、絶対!」

真っすぐ見てくる先輩の目には、嘘を感じない。

「分かりました。信じます…!」

そういうと、先輩は目を輝かせた。

「……!!ほんとにありがとう。もう絶対不安に思うこと、させないから…!」

……そう言って、先輩とその日は別れたけど…。

それは私を安心させる言葉で、内心まだ気まずい思いをしているのでは?と考えてしまう。

そんなことは先輩に限ってない!と言いたいのだが。

「テスト終わったら、話に行きましょう…!」

日菜子は両手で軽く頬を叩くと、ペンを握った。


「(…ふ、んふふ…)」

「…何?龍也のやつ。キモいんだけど」

ごろりとソファに仰向けに寝転がりながら、考えていたことはつい言葉にでたらしい。

姉貴ーー最近、日菜子ちゃんを泣かせた原因の一つであるーー京果が、引き気味にもう一人の姉、鳳蝶に話しかけている。

京果(きよか)。

ハーバード大学の学生で、医学部。

つい2、3日前に遅めの夏休みと言うことで帰国し、見た目はすっかりアメリカ人風だ。(まぁ元からそんな感じだけど)

「何か良いことでもあったんじゃな~い?それより私の下着、探して~。見つからないの~」

と、のんびりとした口調で言うのは、鳳蝶(あげは)。

俺の2番目の姉貴で、一つ年上の高校3年。

バイトはメイド喫茶をしている。

二人とも、男子釘付けの美人な顔と、身体をしており、言葉通り町内でNo1姉妹なんて言われたりもしている。

が、姉弟の龍也からすれば、弟にも容赦のない、ふしだらな姉、としか言いようがない。

今も、まだ夏の残暑が続くからか、タンクトップにショートパンツと、実に見事な薄着だ。

「鳳蝶のブラなら部屋に脱ぎっぱじゃない。それより、龍也の顔見た?こーんな顔してたわ(笑)」

によーんと、ふざけMaxで、龍也のにやけ顔をモノマネしている。

「何それ~」

鳳蝶には、ウケている。

「それよりそれよりってうるせえな!あと、そんなにやけてねぇ!」

ガバッと起き上がり、とうとう龍也は反撃した。

「もー一つのことでうるさいわね。どーせこの前の女の子との妄想でもしてたんでしょ?あーあー龍也ったらいやらしい~」

「龍也も男の子だもん~」

「ばっっっっっか!!!誰がいやらしいだ!んなもんしてねーっつーの!鳳蝶姉も分かったように言うな!」

「違うの?」

「違う!」

ほんとに姉二人を相手にするのは疲れる、と龍也はため息をついた。

「…喧嘩したけど、和解したし。改めての仲直りはまた今度するつもりだけど…」

「けど、何。はっきり言って。くどい男はモテないからね」

京姉、基本的に身内に辛辣。

「余計なお世話!…けど、ようやく意識しだしてくれてるんだな~と思うと嬉しくってさ」

自分で言って、少しじーんときた。

「ふーん…。……龍也、それより風呂上がりのアイス買ってきなさいよ。ハーゲンダッチのバニラね」

「私、イチゴ~」

見事、龍也の感動は取り消される。龍也はわなわなと震えた。

「……このクソ姉貴ども!!」

龍也は今日一の大声で言った。

姉達にコテンパンに言い返されたのは、言うまでもない。


               ***


テスト当日。

千里達はそれぞれ色々悩みつつも、無事にテストは進みつつあった。

のだが…

「ななななにかいるー!」

千里はテスト終わり、叫んだ。

「…いるって、なにが?」

「大丈夫ですか?千里さん」

千冬は不思議そうに、日菜子は心配そうに尋ねる。

「さっきのテスト中、『なーお…なーお…』って何かの鳴き声が聞こえたの!」

「外の動物が鳴いたんじゃない?」

千里の鳴き声のモノマネを密かに可愛いなぁと思いつつ、千冬は思ったことを述べる。

「違うよー!だって結構近くで聞こえたもん…」

「そ、それは怖いですね。…怖いといえば、今日私もチリンチリン…と微かに鈴の音が後ろから聞こえましたね…。ちょうどテストが終わったので振り向いたのですが、誰も音の鳴るものは持ってなくて…」

「いやー!な、なにか絶対いるよ~それ!」

千里は少し顔を青くする。

(動物が紛れ込んだんじゃ…)

千冬は一人、合理的な判断をしていた。しかし。

「ぜーったいテスト終わるまでに見つけてやるもんねー!」

「私も手伝います!」

そう意気込む千里が可愛くて、様子を見守ろうと思う千冬なのだった。


2時限目の倫理テスト終わり。

「私も鈴の音聞こえたー!」

と、先ほどよりも顔を青くさせた千里が、日菜子に抱き着いて癒してもらっていた。

「千里がさっき気付かなかったってことは、その鈴、何か入ってるのかもね。…紙とか。それで音がくぐもって、近くじゃないと聞こえない感じかな」

「他の人も小さな影を見た、音が聞こえたって言ってますし、何か実態しているものがいますね…」

千冬と日菜子は冷静に考察する。

(…これ、ただ単に動物が紛れてるだけじゃ…)

日菜子、現実的な考えにたどり着く。しかし。

「もー!今から探してくる!!」

そういって、勉強していた手を止め、教室へ入っていく千里。

千里さんが楽しそうだからいっか(別に楽しんではない)と思い、そっと付き合おうと決意する日菜子だった。

その時。

「あーー!!」

教室に入った千里が、何かを見つけたように叫んだ。

「どっどうしたんですか!?」「千里!?」

日菜子達だけでなく、その声に驚いたクラスメイトもなんだなんだと教室に入ってきた。

「日菜子!千冬!あそこ、見て!!」

千里が必死に指さす。

そこにはーー

「「子猫??」」

日菜子と千冬の声が重なる。

教室の床には、ゆったりと毛づくろいする子猫の姿があった。

首元には、鈴がついている。

「だから…」

日菜子は謎が解け、胸を撫でおろす。

「なるほどね」

千冬は納得したように頷いた。

確かに子猫なら、集中してテストを受けている生徒には、見えないかもしれない。

足元にいたのなら、尚更だ。

「もー!良かった~お化けとかだったら、テスト受けられなくなるとこだった!」

千里も、原因が分かって安堵したようだ。

そのあとは、無事に子猫は先生に引き渡され、テストも終わった。

後から聞くと、近所の猫が迷い込んだんだろう、ということだった。

一体、どうやって入ってきたのだろう…子猫の冒険譚は、謎のままである。

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