第37話
37話:モヤモヤの試験週間
「あーそうだ、明日からテストだが、お前らしっかり勉強しとけよ?…HRは以上」
そういって、木藤先生は挨拶もなしに教室を出て行った。
「テストやだー!」
「お前、勉強した?」
「するわけないじゃん笑 勉強は今日からすんの~」
生徒だけになったクラスはすっかり放課後ののんびりムード。
「千冬っ!帰ろ~」
千里は、机に鞄を置いて帰る準備している千冬に話しかける。
「うん。…あ、でも待って。先生に提出しなきゃいけない物があるからちょっと待ってて」
「分かった!いってらっしゃい!」
千冬を見送ると、千里は今度は日菜子に話しかけた。
「日菜子!千冬帰ってきたら帰ろ!」
「………。」
だが、日菜子からは返事はない。
「日菜子?」
「……!すみません、千里さん!少し考え事してました」
日菜子は申し訳なさそうにほほ笑む。
(…日菜子…なんだか元気ない?気のせいかな?)
「いいよ!千冬帰ってきたら帰ろって言った!」
千里は考えを消すようにいつものように言った。
「分かりました」
「千里、お待たせ。帰ろうか」
日菜子が返事をした後、すぐ千冬の声がした。
戻ってきたのだ。
「お、千冬~ちょうどいい!日菜子も早く!」
千里は立ち上がり、千冬のいる扉まで行く。
日菜子もそれに続いた。
「そいや先輩、最近来ないね~」
「2年だし、進路とかあるんじゃないかな」
「なるほど!?」
”先輩”の一言に、日菜子は一瞬立ち止まる。
(…先輩…。私が困らせるようなこと、言ったから…?)
日菜子は、申し訳ない気持ちになりながら、再び足を動かした。
***
その日の夜。
(…あれほど鈍感だった千里が…嬉しい。ちゃんと全部話せるように、俺も頑張らないと…)
千冬は自室で勉強していた手を止め、スマホの画面を開く。
そこから電話をかけた。
着信を待ちながら、机に置いてある写真立てをちらり、と見る。
幼い銀髪の少年二人と、同い年くらいの少女。
一人の少年はベッドに、残り二人はその少年を挟むようにして立っている。
少しばかりそれを感慨しく眺めて、コールが4、5回なったところで相手が出た。
マスクを外し、呼吸を落ち着かせたところで、千冬は第一声を発した。
「…久しぶり。…霞草…ーー。」
「んあ~!疲れた!!」
千里は大きく後ろに伸びをした。
一応、勉強と言える時間を過ごし、千里は疲れていた。
千里は、勉強机の前にある窓を開けた。
その先には、千冬の部屋が見える。
と、言っても今は閉め切られていて姿は見えないが。
千里が千冬の名前を呼んで、お互い窓を開け、スマホ越しに話す…と言う、幼馴染らしいことも良くしてたなぁと、ふと思い出す。
(…千冬、勉強頑張ったら褒めてくれるかな~)
想像して少し嬉しくなりながら、千里は机に座り直した。
(勉強、進みません…)
日菜子はホットミルクを飲みながら、ため息をついた。
先輩とは、家にお邪魔したあの日以来、話していない。
ただ単にお互い、テスト前で忙しかったのもあるし、日菜子自身が避けたというのもある。
日菜子はあの日、先輩に言われたことを思い出す。
『…なんで、先輩は……』
「…わ!泣かせるつもりはなかったんだ、俺!!」
涙を流した日菜子に先輩は慌てふためく。
「……えーと、とにかくアイツ…京姉は姉貴で、俺に彼女はいないし、日菜子ちゃんに一途!!だから安心してって言うのもあれだけど。信じて欲しいっつーか…。その、とにかく浮気はないです、絶対!」
真っすぐ見てくる先輩の目には、嘘を感じない。
「分かりました。信じます…!」
そういうと、先輩は目を輝かせた。
「……!!ほんとにありがとう。もう絶対不安に思うこと、させないから…!」
……そう言って、先輩とその日は別れたけど…。
それは私を安心させる言葉で、内心まだ気まずい思いをしているのでは?と考えてしまう。
そんなことは先輩に限ってない!と言いたいのだが。
「テスト終わったら、話に行きましょう…!」
日菜子は両手で軽く頬を叩くと、ペンを握った。
「(…ふ、んふふ…)」
「…何?龍也のやつ。キモいんだけど」
ごろりとソファに仰向けに寝転がりながら、考えていたことはつい言葉にでたらしい。
姉貴ーー最近、日菜子ちゃんを泣かせた原因の一つであるーー京果が、引き気味にもう一人の姉、鳳蝶に話しかけている。
京果(きよか)。
ハーバード大学の学生で、医学部。
つい2、3日前に遅めの夏休みと言うことで帰国し、見た目はすっかりアメリカ人風だ。(まぁ元からそんな感じだけど)
「何か良いことでもあったんじゃな~い?それより私の下着、探して~。見つからないの~」
と、のんびりとした口調で言うのは、鳳蝶(あげは)。
俺の2番目の姉貴で、一つ年上の高校3年。
バイトはメイド喫茶をしている。
二人とも、男子釘付けの美人な顔と、身体をしており、言葉通り町内でNo1姉妹なんて言われたりもしている。
が、姉弟の龍也からすれば、弟にも容赦のない、ふしだらな姉、としか言いようがない。
今も、まだ夏の残暑が続くからか、タンクトップにショートパンツと、実に見事な薄着だ。
「鳳蝶のブラなら部屋に脱ぎっぱじゃない。それより、龍也の顔見た?こーんな顔してたわ(笑)」
によーんと、ふざけMaxで、龍也のにやけ顔をモノマネしている。
「何それ~」
鳳蝶には、ウケている。
「それよりそれよりってうるせえな!あと、そんなにやけてねぇ!」
ガバッと起き上がり、とうとう龍也は反撃した。
「もー一つのことでうるさいわね。どーせこの前の女の子との妄想でもしてたんでしょ?あーあー龍也ったらいやらしい~」
「龍也も男の子だもん~」
「ばっっっっっか!!!誰がいやらしいだ!んなもんしてねーっつーの!鳳蝶姉も分かったように言うな!」
「違うの?」
「違う!」
ほんとに姉二人を相手にするのは疲れる、と龍也はため息をついた。
「…喧嘩したけど、和解したし。改めての仲直りはまた今度するつもりだけど…」
「けど、何。はっきり言って。くどい男はモテないからね」
京姉、基本的に身内に辛辣。
「余計なお世話!…けど、ようやく意識しだしてくれてるんだな~と思うと嬉しくってさ」
自分で言って、少しじーんときた。
「ふーん…。……龍也、それより風呂上がりのアイス買ってきなさいよ。ハーゲンダッチのバニラね」
「私、イチゴ~」
見事、龍也の感動は取り消される。龍也はわなわなと震えた。
「……このクソ姉貴ども!!」
龍也は今日一の大声で言った。
姉達にコテンパンに言い返されたのは、言うまでもない。
***
テスト当日。
千里達はそれぞれ色々悩みつつも、無事にテストは進みつつあった。
のだが…
「ななななにかいるー!」
千里はテスト終わり、叫んだ。
「…いるって、なにが?」
「大丈夫ですか?千里さん」
千冬は不思議そうに、日菜子は心配そうに尋ねる。
「さっきのテスト中、『なーお…なーお…』って何かの鳴き声が聞こえたの!」
「外の動物が鳴いたんじゃない?」
千里の鳴き声のモノマネを密かに可愛いなぁと思いつつ、千冬は思ったことを述べる。
「違うよー!だって結構近くで聞こえたもん…」
「そ、それは怖いですね。…怖いといえば、今日私もチリンチリン…と微かに鈴の音が後ろから聞こえましたね…。ちょうどテストが終わったので振り向いたのですが、誰も音の鳴るものは持ってなくて…」
「いやー!な、なにか絶対いるよ~それ!」
千里は少し顔を青くする。
(動物が紛れ込んだんじゃ…)
千冬は一人、合理的な判断をしていた。しかし。
「ぜーったいテスト終わるまでに見つけてやるもんねー!」
「私も手伝います!」
そう意気込む千里が可愛くて、様子を見守ろうと思う千冬なのだった。
2時限目の倫理テスト終わり。
「私も鈴の音聞こえたー!」
と、先ほどよりも顔を青くさせた千里が、日菜子に抱き着いて癒してもらっていた。
「千里がさっき気付かなかったってことは、その鈴、何か入ってるのかもね。…紙とか。それで音がくぐもって、近くじゃないと聞こえない感じかな」
「他の人も小さな影を見た、音が聞こえたって言ってますし、何か実態しているものがいますね…」
千冬と日菜子は冷静に考察する。
(…これ、ただ単に動物が紛れてるだけじゃ…)
日菜子、現実的な考えにたどり着く。しかし。
「もー!今から探してくる!!」
そういって、勉強していた手を止め、教室へ入っていく千里。
千里さんが楽しそうだからいっか(別に楽しんではない)と思い、そっと付き合おうと決意する日菜子だった。
その時。
「あーー!!」
教室に入った千里が、何かを見つけたように叫んだ。
「どっどうしたんですか!?」「千里!?」
日菜子達だけでなく、その声に驚いたクラスメイトもなんだなんだと教室に入ってきた。
「日菜子!千冬!あそこ、見て!!」
千里が必死に指さす。
そこにはーー
「「子猫??」」
日菜子と千冬の声が重なる。
教室の床には、ゆったりと毛づくろいする子猫の姿があった。
首元には、鈴がついている。
「だから…」
日菜子は謎が解け、胸を撫でおろす。
「なるほどね」
千冬は納得したように頷いた。
確かに子猫なら、集中してテストを受けている生徒には、見えないかもしれない。
足元にいたのなら、尚更だ。
「もー!良かった~お化けとかだったら、テスト受けられなくなるとこだった!」
千里も、原因が分かって安堵したようだ。
そのあとは、無事に子猫は先生に引き渡され、テストも終わった。
後から聞くと、近所の猫が迷い込んだんだろう、ということだった。
一体、どうやって入ってきたのだろう…子猫の冒険譚は、謎のままである。
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