第39話

38話:仲直りの印に


五日経ち、テストもようやく最終日となった放課後。

帰ろうとした日菜子を呼び止めたのが、一人ーー。

「日菜子ちゃん!」

「先輩…?!」

日菜子は、驚きで靴を持つ手がビクッと震えた。

「久しぶり~。話したいことあったから見つけれてよかった」

先輩は、いつも通りの緩そうな笑みを浮かべて言った。

「話?」

先輩の様子に少し安心して、日菜子も落ち着いて聞き返すことができた。

「そ!…こないだちょっともめちゃったじゃん?そのお詫びしたくてさ。また、家に来てほしいな~て。姉貴も謝りたいって言ってるし」

ぼりぼりと後ろ頭を搔きながら、少し緊張した様子で話す。

喧嘩した原因が家であるため、この提案には若干気まずさがあるのだろう。

(お姉さん…。よくよく考えてみれば、誤解して勝手に怒ったのは私だし…。私も考えなしに出て行ったこと、謝りたい)

日菜子は思い返し、反省した。

「…分かりました…!私も謝りたいですし。今週の土曜日はどうですか?」

「オッケー!ありがと、日菜子ちゃん」

龍也は嬉しそうにほほ笑んだ。安堵したようにも見える。

「いえいえ」

日菜子はやっぱりこの笑顔には適わないなぁと思いながら、呟いた。


         ***


当日。

ピンポーンとチャイムが鳴り、龍也は謎の緊張感を持ちながらドアを開けた。

「いらっしゃ~い!」

「こんにちは…!」

いつものおちゃらけた調子で言えた…はずだ。

ただ仲直りするだけのはずなのに、心臓がバクバク音を立て、落ち着かない。

日菜子も同じ気持ちなのか、どこかそわそわしている。

「…ま、とりあえず入ってよ。疲れたでしょ?」

「お邪魔します」

日菜子は靴を脱ぎ、お姉さんがいると言うリビングへ入った。

「清姉、来たぞ」

「お、日菜子ちゃんだ。お久〜」

椅子に足を組んで座り、顔だけこちらに向けてラフに挨拶するのは、清姉こと、清果だった。

喉が渇いているのか、麦茶の入ったコップを片手に持っている。

「お、お久しぶりです」

日菜子は律儀に頭を下げる。

「おい、今日は遊びじゃねーんだぞ」

「分かってるってー」

日菜子は早々口喧嘩を始める清果を見る。

改めて見ても美人で、こうして先輩とのやり取りを見ていると、姉弟なんだと感じた日菜子は自然と緊張が解けていた。

「取り合えず座りなよ。話はそれからにしよーぜ」

ニッと器用にウインクしながら、自身の座っている椅子の隣、空席をぽんぽんと軽く叩く。

席に座ってくれということらしい。

清果の隣は龍也、向かいの席に日菜子が座ったところで清果は口火を切った。

「…まーまずは、ごめん」

先程とは打って変わり、真剣な表情で言い、清果は謝った。

「あたしがつい冗談言って誤解させちゃったこと。すぐ誤解解くつもりだったんだけど、その前に出て行っちゃったからさ~」

最後は茶化すように言う。

「もーちょっと真面目に謝ってほしいんだけど!?」

「…私もちゃんと最後まで聞かずに勝手に誤解してしまいましたから、お相子です!それに、先輩も最初に伝えてくださってたので」

講義する龍也を他所に、日菜子は言う。

言えた。

やっと、伝えたいことを口にすることができた。

「えーめっちゃ良い子じゃん、日菜子ちゃん。嫁にしたい」

(よ、嫁!!?)

冗談とはいえ、妙なドキドキがする日菜子。

「嫁ははえーし清姉のじゃねぇ!”俺の”日菜子ちゃんなの!」

”俺の”

その言葉に日菜子は顔を真っ赤にし、清果はぽかーんと口を開ける。

数秒後、清果は龍也の耳元で囁く。

「え、付き合ったの??」

「……付き合ってねぇ」

恥ずかしさで龍也は視線を逸らす。

(つまり、両片思い状態で、お互い告白せず、返事待ちってこと?)

清果は二人の様子から状況を整理する。

「早く付き合いなよ~姉ちゃん、義理妹欲しい~」

によによと煽るように言う清果。

「あんま調子乗んなよ!姉貴!!」

…結局、姉弟喧嘩で幕は閉じたのだった。


            ***


「……ほんとごめん!最後恥ずかしいとこ見せちまった…」

帰り道。

龍也は恥ずかしそうに頭を掻く。

見事仲直りしたものの、姉弟喧嘩で終わるという、なんとも言い難い状況で終わってしまった。

最終的には『どっちが日菜子を幸せにできるか』という話まで持ち上がり、日菜子は過去一顔を真っ赤にしていた。

もう一人の姉、鳳蝶が「本人置いていい大人が喧嘩って、日菜子ちゃん可哀そう~。恥ずかしくて見てらんない~」と言ったことで場は落ち着いた。

バイト(メイド喫茶)帰りの直後で、即座に状況判断できる、さすが恋愛大好きなだけはある。

そして、そのあと清果から、「あんたらの仲直りが終わってないんじゃないのー?デートでもなんでも行ってこい」と背中を押され(家を追い出され)、今近くのショッピングモールへ足を運んでいるのだった。

「い、いえ!私一人っ子でしたから喧嘩なんてないですし…。それにお姉さんと話してる先輩、可愛かったですよ」

日菜子はふわっとした笑みを浮かべる。

最後の言葉に、龍也の心臓がドッと大きく音を立てる。

「………それ、シラフで言ってる?」

(たまに来る日菜子ちゃんのド天然発言、心臓に悪~)

胸に手を当て、幸せとドキドキを抑える龍也。

「え?」

安心してほしい。

未成年なので、もちろん酒は入っていない。

胸の高鳴りも落ち着いたところで、ちょうど目当てのショッピングモールに到着した。

「日菜子ちゃん、行きたいとこある?」

「そうですね…本屋に行きたいです!」

ちょうど新刊がでたんです、と嬉しそうに笑う。

「よし!行くか~」

「はい!」

二人は入口からちょうど左手のあるエスカレーターに乗り、二階まで上がった。

エスカレーターから正面にある本屋は、ドアがなく開放的で、周りが良く見える。

日菜子は着いてから真っすぐ新刊コーナーへ歩き、楽しそうに眺めている。

時々手に取りながら。

龍也もそれを可愛いな~と思いながら、自分も好きそうな本を探し、パラパラとページをめくった。

『あなた、私のことが好きなんじゃないの!?』

女が男に怒号を浴びせる。

『もちろん好きさ!でもまだ告白するタイミングじゃなくて…』

ウジウジする男の体は、それを表すように身が縮んでいる。

『馬鹿な事言ってないで、さっさと告白してきなさいよ!』

女がビンタをかます。

内容を見るに、どうやら主人公の友人の恋物語らしい。

ちなみに本編は恋愛系ではなく、不可思議で切ないファンタジー系であった。

(…なんてタイムリーな)

多少内容は違えど、なにか今の龍也の胸に突き刺さるものがある。

思わず苦笑いを浮かべてしまった。

「先輩、私買い終わりましたけど…先輩もそれ買いますか?」

気が付くと日菜子が本を手に持ち、横に立っていた。

「…あ、うん。ちょっと買ってくる!!」

別に隠すような本ではないが、さっきの内容を見てしまった半面、本を戻す際日菜子に見られるのはちょっと…。

複雑な、謎の気まずさを抱え、とっさに龍也はレジへ走っていった。

(あの本、走って買いに行くほど好きだったんですね…!)

日菜子には(良い意味で)誤解されたのだった。


          ***


「わ、可愛いですね!」

本を買ってからぶらぶら歩いていると、日菜子はある店で足を止めた。

アクセサリーショップだった。

「ん?どれどれ~」

龍也は日菜子の視線にあるものを見る。

「ブレスレット?」

ピンクゴールドのチェーンに、桜色の小花がついた可愛らしいデザイン。

(え~絶対日菜子ちゃんに似合うやつじゃん…)

「はい!…でも、私は似合わないですから見るだけで十分です」

日菜子の眉が少し下がった。

「そんなことーー」

「………!私、少しお手洗いに行ってきます…!」

日菜子はハッと口元を抑え、小走りにかけていく。

(俺が、日菜子ちゃんにできること…)

龍也はブレスレットを見つめ、あることを決意した。


         ***


「久々の買い物楽しかったわ~」

龍也は大きな伸びをする。

「私もです…!誘ってくださってありがとうございます」

「きっかけは姉貴だけどな…」

ハハッと笑う。

空はオレンジ色に染まっている。

夕方までに無事日菜子を家まで送り届けることができて、龍也は安堵した。

「…あ、そだ日菜子ちゃん」

「なんですか?」

別れのタイミングで呼び止められ、日菜子は首を傾げる。

「これ。仲直りの印と、今日の思い出に」

龍也は鞄から小箱を取り出し、日菜子に手渡す。

「……!これって、私が可愛いって言ってたブレスレット、ですか?」

「うん。日菜子ちゃんは似合わない、って言ってたけど俺は似合うと思ったから勝手に買っちゃった。もちろん、いらないなら受け取らなくてもーー」

「嬉しい、です…!私もほんとはこういうの付けてみたかったんです」

だから、ありがとうございますと涙を滲ませながら日菜子は言った。

喜んでくれたことが嬉しくて、龍也は無意識にほほ笑む。

「貸して。つけてあげる」

「じ、自分で出来ますから…!」

「やだ」

日菜子からそっとブレスレットを取ると、龍也は留め具を外して腕に通す。

その手を止め、龍也は真っすぐ日菜子を見る。

「…俺は日菜子ちゃんが好きです。正式な告白は文化祭でさせてください」

「…えっ!!?」

唐突の告白宣言に日菜子の心臓が騒ぎ立てる。

「照れるな~やっぱ。…そんな驚かないでよ、告白は何回もしてるよ?」

「何回言われても慣れません…!」

お茶目に言われ、ようやく返事をすることができた。

カチッと音がし、ブレスレットが日菜子の腕でキラキラと輝く。

「…あ、言っとくけど、さっきのは本気。茶化したからって本気じゃないって思わないでね」

「は、はい…」

日菜子の頭はオーバーヒート直前だ。

そのことに気づいたのか、先輩は意地悪くニヤッと笑うと、片手をそっと握って、薬指をトントンと軽くつついた。

そして、耳元まで近づき、囁く。

「指輪も考えたけど…それはまだ、ね?」

「~~~~!!!??」

今日の日菜子は、完全にキャパオーバーを果たしてしまうのだった。

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