第39話
39話:文化祭準備と決意
「そっち布足りてるー?」
「赤の絵具ないんだけど!?誰か持ってないー?」
ガヤガヤと、明るい声がクラスから…学校中から響いてくる。
季節はすっかり秋。
早川学園でも、文化祭シーズンだ。
今は、文化祭準備の真っ最中。
昨日何をするか決め、今日から約一週間かけて準備していくのだ。
布。絵具。
千里達のクラス、2年A組が何をするのかと言うと…。
「わー!私、お化け役初めて!…ばぁっ!!似合う?似合う?」
テンション高く話すのは、千里。
お化け用に使う布を頭に被り、興奮した様子で日菜子と千冬に尋ねる。
なお、仕事はまったく進んでない模様。
「似合いますよ、千里さん」
純情(ピュア)で友達想いの日菜子は、否定しない。
というか、心からそう思っているので否定も何もないのだが。
「似合ってるよ。迫力あって怖いね」
千里セコム2の千冬も、否定しない。
ただ、日菜子と違うのは怖いと思ってはいないと言うことだ。
心の中で「可愛い」と思ってるタイプである。
そして千里はーー
「えへへ~でしょ~?」
からかわれているとは露知らず、喜ぶタイプだった。
そんな三人は今、床に布を広げ、良い具合に端を切ったり、赤絵具で血っぽく跡を付けたりしていたのだが…
「ねー誰か段ボール捨ててきてくれない??」
クラスの女子が全員に聞こえるように声をかける。
「あ!私行くよ!…日菜子、ちょっと手伝ってくれない??」
「もちろんです!」
二人は手に持っていた布やハサミを置いて立ち上がる。
「俺行かなくて大丈夫?」
「大丈夫!ありがと、千冬」
私、力持ちなの知ってるでしょ~と言い、千里と日菜子は段ボールを取りに行った。
「大丈夫かな…」
いくら力持ちとは言え千里も女の子。
力仕事をさせるのも少々忍びない。
それに、段ボールだって積み重なれば重い。
やっぱり俺が行けばよかったと思いながら、千冬は黙々と作業を進めた。
***
ドサッ
外のゴミ捨て場にて。
千里と日菜子は段ボールをゴミ袋を入れる箱の横に立てかけた。
「…そんなに重くなかったね!」
千冬の心配も杞憂に、千里はまったく重いと感じていなかったようだ。
「私は少し重かったです。千里さんすごいですね…!」
「えへへ~日菜子、手伝ってくれてありがとね」
「いえいえ…」
段ボールも運び終わり、教室に戻ろうと廊下を歩いていると、突然日菜子がピタッと足を止めた。
「千里さん…!」
千里が不思議に思ったのも束の間、日菜子は曲がり角に隠れた。
誰か、会いたくない人でもいたのだろうか。
千里はこっそり角から見ると…
「先輩??」
先輩こと、龍也が千冬と談笑しているところだった。
「なんで隠れるの、日菜子。先輩となんかあった?」
千里は純粋な疑問をぶつける。
「…えっと、その…」
言いずらそうに日菜子は口ごもる。
「……うん。分かった、歩きながら話そ!」
「ありがとうございます」
察した千里は向きを変え、少し遠回りになるものの、来た道を戻って教室に戻ることにした。
千里は日菜子が話す勇気を持つまで静かに待つ。
来た道の半分ほど進んだところで、日菜子が口を開いた。
「…別に喧嘩した、とかじゃないんです。ただ顔が合わせづらくて…」
「ん?どうして?」
喧嘩していないのに気まずいとは、どういうことなのか。
千里は首を傾げる。
「………………………た、んです」
「え?」
「告白宣言、されたんです…!」
「え?」
(え、ええええええええええええ!?)
千里は驚きのあまり叫びが声に出ず、心の中であふれ出る。
驚きを隠せない千里に、日菜子はその時のことを軽く説明してくれた。
「…告白、宣言ってことは告白されてなくて、宣言ってことで…?」
千里、容量爆発(キャパオーバー)すぎて語彙力を失っている。
日菜子はそうなんですよ!と言わんばかりに首を縦に振っている。
「えぇ~先輩も大胆だなぁ…」
(確かにそんなこと言われればどう接したら良いか分かんなくなるよね…。私も、千冬にやられたら…)
脳内で、『俺、千里に学園祭で告白するから』とイケメンセリフを言う千冬が浮かぶ。
途端、顔が熱くなるのを感じた。
(…い、いやいやいやいやいや…!!なーんでドキドキしてるの…これが”好き”ってこと…?)
あの日、千里が自覚した日。
ほぼその場の勢いで話してしまったのだが、どうにもあの時言った言葉を否定できない。
勢いで言ったものの、あの気持ちは確かに、千里の本心なのだ。
「…日菜子はその、先輩のこと好きなの?」
話を戻そうとした結果、なんとも無難な質問になってしまった。
「え!?……好き、だと思います…。少なくとも、嫌いではありません」
唐突な質問に驚いたものの、日菜子は穏やかな笑みを浮かべ、恥ずかしそうに言う。
ここに先輩がいたらどれだけ天国だっただろうか。
「!!そーなんだ…!応援してるからね、日菜子!」
勢いよく腕を絡める千里。
「…私も、二人を応援してますよ」
日菜子も千里に合わせるように肩を寄せた。
***
「よっ!千冬じゃん、どしたー?」
「…先輩」
先輩に会ったのは、やっぱり自分も手伝おうと後を追いかけた数分後だった。
声をかけられた千冬は足を止める。
「今日お前一人?珍しーな。俺、日菜子ちゃんに会いたかったんですけどー」
そんなこと言われても、と愚痴りながら、事情を説明する。
「千里達は段ボール捨てに行ったんですよ。」
「うぉぉい!!日菜子ちゃんに重いもの持たすなよ!怒るぞ!」
本気じゃない本気で怒る先輩。
「俺もそう思ってやっぱり手伝おうと教室出たんですけど…」
チラリと、千冬は先輩を見る。
その視線に気づいた先輩はにやりと笑う。
「…見失った&俺に捕まったってわけか。ごめんて。てか、ゴミ捨て場まで結構近いし、もう行ってるでしょ」
「…まぁ、そうですけど」
若干不服そうな千冬だが、否定はしない。
「まぁまぁ、そんなことより~?俺さ、…日菜子ちゃんに告白したんだよね」
「……!!?」
突然の真面目な発言に、千冬は目を見開く。
「告白って言うか、宣言?学園祭で告るって言った」
「…また突然ですね。松村さん、驚いたんじゃないですか?」
「驚いてた驚いてた笑」
あの時の日菜子ちゃん可愛かったな〜と、その時の様子を思い出したのか、うんうんと頷く。
「良かったですね」
千冬は淡々と告げる。
興味無い…と言ったら失礼になるが、千冬は日菜子と先輩ならきっと大丈夫だと思っているので、つい淡白になってしまう。
あと、率直に言えば先輩の『日菜子ちゃん自慢』は聞きすぎた。
「……て、俺の話はいーの!千冬、お前、あれから千里に話せたか?」
先程のおちゃらけた雰囲気から変わり、先輩は心配そうに尋ねる。
あれから、と言うのは千里が千冬に対する恋心を確信した時のことである。
あの時の千冬は平然としていたものの、やはり心はキャパオーバーしていた。
1人では抱えきれなくなり、自然と先輩に相談していたのだった。
いつになく真面目に聞いてくれたので感謝したものの、やっぱり最後は質問攻めされたので、少し後悔した千冬である。
「……まだ、俺の事は話してません。でも、文化祭前に全て話したいと思ってます」
話せない、ではなく話していない。
千冬の気持ちが伝わる。
「…そっか。でも文化祭前?後じゃなく?」
そう言う大事なことは、大きなイベントが終わった後ぐらいが一般的な気もするが…。
「いえ、前です。終わってからじゃきっと、楽しいままの思い出にしたくなるから」
きっぱりと告げる千冬。
千冬なりに覚悟を決めているようだ。
その目は、とても真っ直ぐに龍也を捉えていた。
その目の気迫に押され、龍也は目を見開いた。
「…よっし!そーと決まれば全部話して最高の文化祭にしよーぜ!」
「そうですね」
先輩は否定も助言もせず、ただ話を聞いてくれる。
その優しさと明るさに感謝をしつつ、千冬は微笑んだ。
***
「たっだいま〜!」
千里は元気な声を出しながら玄関の扉を開けた。
あれから何とか無事に準備を終え、くたくたになりながら帰宅した。
「おかえり、姉さん」
「おかーり!」
「「「「おかえり〜!」」」」
弟妹の声はリビングから聞こえたのだが、父母の声はしない。
「あれ?まだ神社いるの?」
千里はコップに麦茶を注ぎながら尋ねた。
その問いには長男の優が答える。
「うん。もう今年の神楽舞の時期でしょ」
「…あ、そっか!」
その言葉にすぐ千里は納得した様子で呟いた。
神楽舞。
日本の神道の神事に置いて神に奉納するため奏される歌舞のことだ。(説明 ウィキペディアより)
鈴鳴神社では、神楽舞を踊る祭りのようなものを、この時期に行う。
神楽舞がメインなのだが、花火大会のように出店も出店する。
その2つのおかげで、人で結構賑わうのだ。
「…と言うか姉さん、今年は姉さんが舞を踊るんだから知ってるはずだと思うんだけど…」
練習も今日からあるし、と優は遠慮がちに尋ねる。
チラッと目配せした視線は、「忘れてたんでしょ?」と物語っていた。
「……あー!!?すっかり忘れてた!ごめん、ありがと!優」
しばらく思い出すために固まっていた千里だが、思い出して大声を上げた。
そして、麦茶を飲み干すと着替えもせずにそのままダッシュで神社に向かうのだった。
***
「…うっ…めちゃくちゃ怒られた…」
あれから遅れたこと&忘れていたことをこっぴどく叱られ、その分みっちり練習させられた。
千里はこれでも神社の子だ。
だから基礎は完璧にできる。
それでも人に見せるため、細部までしっかりできるよう、練習するのだ。
「文化祭に、神楽舞…やることたくさんあるなぁ」
千里は自室の床に大の字に寝転んだ。
服はすでに制服からパーカー…部屋着に着替えているのでどれだけくつろいでも大丈夫である。
文化祭と神楽舞。どちらも大切で、大好きな行事。
両立は大変なものの、どちらも全力でこなしたいと思う千里だ。
文化祭まで残り約5日。
神楽舞は、文化祭の1日前…つまり、後4日。
どちらも後少しで、目が回るほどの忙しさになりそうだ。
目を瞑る。
先程まで元気だった気もするが、やはり体は疲れていたらしい。
ドッと疲労が押し寄せた。
ウトウトと意識が朦朧とし、眠くなってくる。
意識がなくなりかけた時…
ブーブーッと、電子音がなった。
千里はハッして体を半分、起こした。
机に置いたスマホを見てみると、電話がかかっている。
「…千冬…?」
千冬が電話とは珍しい。
滅多に電話しないと言うことはないものの、千里達は幼なじみだ。
別に電話しなくても、直接会って話せる。
千冬の事だから、何か言い忘れたのかなと思いながら千里は『通話』のボタンをタップした。
「千冬ー?どーしたの?」
「…あ、千里。まずは準備と舞の練習、お疲れ様」
「そっちもおつかれー!てか、皆舞の練習覚えてる…今年も見に来てね、千冬」
自分のことなのに、相手の方が覚えていることに少し不甲斐なさを感じた。
「……うん、もちろん」
「約束!」
会話に一区切りついたことで、沈黙する。
「…それで、本題なんだけど」
「…!う、うん」
なんだか真面目な会話になりそうで、千里は思わず姿勢を正す。
「……千里に俺のこと、伝えようと思う。遅くなってごめん」
「………。分かった…!」
いつもの穏やかな声ではなく、凛とした真のある声。
千里はその声で我に返ったような気がした。
(ただ聞くだけじゃない、私も覚悟を決めなきゃいけないんだ)
千里は固く拳を握りしめた。
それから会う場所を決めて、千里は髪と服装を軽く整えると、家を出た。
千里は少しばかり怖かった。
知ってしまえば、千冬が遠くなる気がして。
それでも、自分達はお互い向き合わなければいけない。
幼馴染として、親友として、そしてーー
千里は前をキッと見た。
目の前には同じように決心した顔をした千冬が立っている。
「行こっか」
「うん」
二人は並んで歩きだす。
夕暮れ時から夜が溶け出していた。
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