第34話

33話:転校生


「皆、席に着け~。急だが、転校生を紹介する」

(ほんとに急だな!?)

がらりと教室を開けると同時に話し出す先生の一言に、クラスはざわめく。

今の季節は、秋に差し掛かろうとしている9月下旬。

転校するにしては、少々珍しい時期である。

「この季節に転校生?」

「転勤族なんじゃね」

「頼む!美人で優しい女子!」

「おい、喧嘩売ってんのか山内」

一部の女子に、冗談半分で睨まれる山内。

「冗談だって~」

山内がそう返し、クラスは笑いに包まれる。

千里も同じ気持ちだった。

(この前はあんなことがあったけど…これは関係ないもんね!)

あんなこと、というのは、千里が突発的に彼女だと嘘をついてしまった日のことだ。

いまだ、千里はなんであんなことを言ってしまったのか、自分自身でも分かってないが、特に気にしていない。

きっと千冬が心配だったのだ!と思う。

あの時は、謎にもやもやしたので、なんだかとても気持ち悪かった。

「転校生か~仲良くなれたらいいね!千冬」

「…えっああ、そうだね…」

なんとも上の空な返事が返ってきた。

どこか、焦っている気もする。

まるで、今回の転校生を知っているかのような…

「…今日からこの学校に通います。暁 霞草(あかつき そう)と言います」

クールな美少女だった。

茶色のふわふわな長い髪に、きれいな猫目。

この前と違うとすれば、制服がうちの、早川学園のものだったというくらいだろうか。

そう、何を隠そう、彼女はこの前千冬に告白した女子だったのである。

「……!!!?」

クラス(主に男子)が、「美人だー!」と騒ぐ中、千里は驚きで固まってしまう。

(え、この前の…転校してくるんだったの!?どゆこと…え、え…)

千里はこんがらがりすぎて、キャパオーバーだ。

「……。(霞草…)」

一方で、千冬は更に気まずそうに眉間にしわを寄せた。

「んじゃあ、暁は一番後ろの、柳瀬の隣に座ってくれ」

先生がそう言い、霞草は頷くと、その席まで歩いていく。

途中、千里の前を通り、目が合う。

「よ、よろしく…」

「……。」

霞草は気づいたが、挨拶を返すことはなかった。

「千里、無視されてやーんの!」

クラスメイトが茶化すように言う。

「う、うるさいなぁ…」

そうこうしているうちに、霞草は自分の席に座る。

「俺は柳瀬、よろしくな。隣だし、お昼休みに教室案内するよ」

柳瀬 裕。

A組のクラスメイトで、気さくで優しい。

ちなみにサッカー部である。

いつぞやの、千冬に、体調不良なのに助っ人に行こうとした千里の場所を教えたやつでもある。

「…お気遣いありがとう。でも、私はそうね、鈴鳴さんに案内してもらうわ」

「…えっ私!?」

急に話を振られ、目を点にする。

「なんだ、鈴鳴とは知り合いなのか。それならそっちのほうがいいかもな!」

柳瀬、良い人すぎる。

「お願いするわ」

「……霞草…」

何を企んでいる、止めろという視線を千冬は投げる。

「ちは…千冬、何か言いたいことでもあるのかしら?」

霞草は無表情に千冬を見つめる。

その会話に、クラスはまた、ざわめく。

「なになに。早川くんも知り合いなの?」

「幼なじみ関係?」

「くそっどういう人生送れば美人な幼なじみが手に入るんだよ…」

「諦めろ、お前には一生無理だ…。まずは顔と性格から変えないと…」

「おい!しつれーすぎるだろ!顔と性格って生まれ変われってか!」

もう、クラスメイトの中では、千冬と千里、それから霞草は幼馴染認定されている。

「…何でもないよ。だけど俺も着いて…」

「大丈夫!千冬、私が霞草さんを案内するよ!」

千冬の声を遮り、千里は言う。

「でも、千里」

「ありがとう、鈴鳴さん」

「…話すんだか?まあすんでなくてもSHR始めてくぞー」

先生の一言で、ざわざわとしていた教室は、落ち着きを取り戻す。

(…だ、大丈夫だよね?)

(千里…)

千里と、千冬を除いて。


         ***


「…ふ~ひとまず、こんなものかな!」

「ありがとう、鈴鳴さん」

放課後となり、早速校内を案内した千里は、一息ついた。

教室を目指して帰る廊下は、誰もいない。

皆、帰るか部活をしにいったのだろう。

「千里でいいよ!」

「…なら千里さん、本当に今日はありがとう。断られたら、貴方と会話する機会をどうしようか迷うところだったわ」

その言葉に、千里は首を傾げる。

「…?別に普通に話しかけにきていいんだよ?」

改めてお礼を言われ、千里は立ち止まる。

霞草はその問に首を振る。

「…いいえ、私は別に貴方と仲良くなりたくて話しかけようとしてるわけじゃないの。ただ、聞きたいことがあって」

(あれっ私、もしかして嫌われてる!?)

「聞きたいこと?」

千里は教室の扉を開けながら、聞き返す。

「そう。”千春”について…」

「千春じゃないよ!千冬だよ~。たまに間違えてたけど、似てる人いるの?それはちょっと気になるかも…」

千里は、千冬そっくりな人を想像して、クスッと笑う。

「…彼は千春よ!千春じゃなかったら、私は…」

机に視線を落としながら、眉を八の字に曲げる。

「霞草さん…?」

「……っ取り乱してごめんなさい。そうよね、”千冬”…よね…。…やっぱり、話はいいわ。なかったことにして」

クールな彼女にしては珍しく取り乱した様子だった。

が、またすぐ冷静な状態に戻る。

「えっうん、それはいいんだけど…。霞草さんは大丈夫なの?」

千里は心配だった。

霞草は”千冬”という時だけ、苦しそうな表情をしていた。

まるで、自分に言い聞かせるように。

千冬と、何らかの理由で因縁があるのは分かるが、事情は深そうだ。

「…えぇ、お気になさらず。後は千冬から聞くわ」

「分かった!」

よくわからないが、一応霞草の中で解決したらしい。

「それじゃあ、今日は色々とどうもありがとう。さようなら」

「さ、さようなら…!」

霞草につられて、千里も「さようなら」で返す。

普段の千里なら、使わない言葉遣いだ。

「…あ、あともう一つ、言い忘れてたわ」

扉を開けようとした手を止めて、霞草が振り返る。

「なんでしょう?!」

「恋人なのは構わないけど、千冬は私の婚約者なの。…手、出さないでね」

そういいながら、千里の返事待たず教室を出て行ってしまった。

千里は一人取り残され、しばらく呆然と開いたままの扉を見つめる。

そして…

「…ええええええええええええ!!?」

ためにためて、叫んだのだった。


         ***


(あの様子だと…早川家のこと、何も知らないのね。幼馴染のくせに…)

霞草は、歩きながら考え事をする。

特に怒る気持ちはない。

むしろ、事が順調に行っていることに、安堵しているくらいだ。

ただ今回のことに関しては、言い過ぎた気もするが…。

しょうがない、少しばかり嫉妬してしまったのだから。

嫉妬しても意味のないことくらい、10年前から、自分でも分かっていると言うのに…。

「…霞草…」

突如降りかかってきた声に、びくりと肩を震わす。

なんてタイムリーなんだろう。

目の前には、千冬が立っていた。

不安そうな顔をして、心なしか焦っている。

私には、何が言いたいのか、分かる。

「…千里さんに校内を案内してもらっていたの。ここ、意外と広いのね。中庭もあってーー」

「…霞草、”俺”が聞きたいのはそうじゃない。千里に…何も言ってないよね?」

”俺”ーーいつも、私の前では一人称は”僕”なのに…。

口調も、少し違う。

”千春”はもっと、柔らかい。

すましているが、焦っているのがバレバレだ。

本人も気づかないほどに、焦っているようだ。

「あの子のこと、相当気に入ってるのね。…あぁ、別にひがみじゃないわ。特に何も言ってない。貴方の過去は一切。”あの日”のことがわかるようなことは、言ってないわ。私にも関係することだし、貴方もまさか、ずっと話さないわけじゃないでしょう?…話す、話さないの話じゃないわね。いずれ、話さないといけなくなることよ」

「分かってる…」

千冬は、感情を抑えこむように、ぎゅっと自身の手に力を込めた。

「…それじゃ、お互い波風立たせずに行きましょう?…貴方はこれまで通り、私に白昼夢(ゆめ)を見させてくれれば、それでいいから」

「……分かったよ、約束だからね」

千冬は微笑んだ。

霞草の時だけに見せる、表情と声色。

そうだ、それでいいーー

『ええええええええええええ!!?』

どこからか、叫ぶ声が聞こえた。

「…私は帰るから、行ってあげて」

「うん。ありがとう、霞草」

千冬は、かけていった。


「どうしたの、千里…!」

声の主、千里に千冬は心配の声をかける。

「…わぁ!?ち、千冬っ…」

「……?」

普通に声をかけただけなのに、驚かれて少しばかり、悲しい。

(婚約者ってなに!?ってめちゃくちゃ聞きたいけど、私だってそこまで空気読めない子じゃないもん…簡単に聞いちゃいけないことだよね!)

「なんでもない!友達がゲームでレア武器当ててびっくりしてただけ!」

(そんなトーンじゃなかったけど……)

言わないだけ、千冬は優しい。

「…そっか」

千里の頬を、少しだけ指先で触れて、つぶやく。

千里は?を浮かべている。

「…それで千里、話したいことがあるんだけど」

本当は、このタイミングで言うか、迷った。

でも、チャンスは逃したくないーー

「うん?なになにっ」


   「…千里、俺とデートしない?」


人生初の、お誘い。

   「…………………へっ……!?」

千里の脳は、上限を達したのだった。

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