第13話

12話:恋バナ


「…じゃあ早速ーー誰が話す?」

重大な会議が始まる前のような、真面目な口調で(雰囲気はおちゃらけているが)木藤こと、先生が火のついていない煙草を口に咥えながら、尋ねる。

ちなみに、煙草の理由はここは吸ってはいけないから吸わないけど、落ち着かないから咥えているーーらしい。

「「先生じゃないんですか??」」

こう言う時は、提案した人が初めに話す物だろう。

てっきり、千里達は先生が話したいことがあるから提案したのだと思っていた。

どうやら、違うらしい。

「…私から話すと重くなるんだよ。だから最後の〆にでも話してやるよ。」

だからさっさとお前ら話せーと笑って促す。

(…過去に何かあったのでしょうか…)

日菜子だけは、先生の笑みの裏に、”何か”あるのかを勘づいていた。

先輩は気づいているのか、いないのか、一瞬こちらを見たが、何もなかったかのように、千冬や千里に話しかけている。

「なんだよ、誰も話すことねーのか?」

驚きと言うか、純粋な疑問の声色で先生が呟く。

その問いに即返答したのは、先輩だった。

「俺は日菜子ちゃんに一目惚れしてまーす!」

「「お前 先輩 は知ってる。」」

先生と千冬に雑に扱われる先輩。

「きょうねせんせーが言えって言ったんじゃーん」

拗ねたのか、ダラーっとした姿勢で言う。

「…先輩、”きょうね”って…確か、先生の読み方は”こわね”だった気が…」

不思議そうに日菜子が尋ねる。

「あれ?せんせーから何も聞いてねーの?こわねって読み方が嫌いだから生徒にきょうねってよませてんだよ。」

(((…別にどちらでも良い気がする…)))

3人は同じことを思ったが、言わなかっただけ良しとしよう。

何かしら嫌なことでもあるのかもしれない。

「…って!そんなことより!もっと大事なこと言ってませんでした!?」

千里は大きな声で叫んだ。

「…?なんか言ったか??」

先輩も、日菜子、千冬、先生も思い当たる節がないらしい。

「日菜子ですよ!一目惚れって…」

「「…あー」」

先生はどうでも良く、先輩は照れたようなトーンで、思い出したように呟いた。

「…千里、それはもう皆知ってる。」

優しく付け足す千冬。

「…えっ?えっ!?」

千里は混乱し、頭には?が浮かんでいる。

先輩が日菜子に一目惚れしていたことと、それを皆知っていた事実。

それで頭がいっぱいなのだろう。

「…ま、それは置いといて。その様子じゃお前は恋してなさそうだから…日菜子は?」

煙草を手に持ち、それで日菜子を指さしながら尋ねる。

「…わ、私もまだ…1度も…!」

ぶんぶんと胸の前で手を振る。

先輩を気遣うように言ったようだった。

「俺はこれからだもんね〜」

先輩は気にしていないように、おちゃらけている。

だが、先生にまた頭を叩かれて痛がっている。

「……早川、お前は何かねーの?」

愉快そうに先生が聞く。

だが、目は獲物を狙う鷹のように、鋭い。

(…この人…俺の事見越して…)

千冬はゴクッと唾を飲み込む。

「………ないですよ。」

淡々とした声で言った。

「え〜!千冬、好きな人いないんだ!じゃあ出来たら教えてね!」

ワクワクキラキラした目で千里は千冬を見た。

「「…ブフッ」」

「……!」

先生と先輩は千里の言葉に吹き、日菜子はびっくりしたように目を見開く。

心の中で、(千里さーん!)と、叫んだ。

「……!?う、うん…」

当の本人、千冬は気まづそうに、少し照れたように頷いた。

千里は決して悪気はない。

ただ、聞いただけなのだ。

だが、千里が好きな千冬にとって、その質問は難儀だった。

まぁ、先輩と先生にとっては面白い話のエサになっただけである。

そんな皆の気持ちを知らない千里は、

「約束ね!」

と、千冬と指切りをしている。

「つまんねーな、お前ら全員何もねーのかよ」

呆れたような、少し残念そうに言い、頬杖を付いた。

「いや、俺忘れてない??」

自分を指さし、突っ込む先輩。

「お前は聞き飽きた!…じゃあ約束もしたし、私の話でもすっか。」

水を1口飲んで、グラスを机に置いたところで話し始めた。

「…私のは全然明るい話じゃねーけどな。誰かに話して私も忘れなきゃな。…ま、少しばかり付き合ってくれ。」

いつになく落ち着いた口調。

皆も、ふざける話じゃないと感じたのか、背筋を伸ばして、先生の目を見た。

先生はその視線を受け取ると、ゆっくりと話し始めた。

「…私には幼なじみが2人いてな…」


***


「恐音!今日も回ろーぜ!」

「…おー」

私が後ろに来たのに気づいたのか、見ていたスマホを上着のポケットにしまい、手を振る。

相棒のバイクに乗って、待っていた。

近づくと、同時に蓮はライターをだし、私の口にくわえた煙草に火をつける。

流れるような仕草。

いつも通りの流れ。

違うとすれば、今日は雪が降っていた。

季節はすっかり冬になっており、肌寒い。

「…あれ、蓮。浩介は?」

さっきのライターをだした人は蓮。

そして、まだ来ていないもう1人の幼なじみが、浩介だった。

「まだ来てねーよ。…誰もいねぇし、キスでもするか?」

「…ばーか、するわけねーだろ。」

変わりに、額を指で弾く。

会話から察するだろうが、私と蓮は付き合っていた。

「…ちぇ」

少ししょげた蓮に、呆れの感情があって、左頬に手を添えた。

蓮と目が合って、そのままキスをした。

蓮はバイクに乗っていたので、私が少し屈むようにして。

「…相変わらずイチャイチャしてやんの!」

「「浩介」」

ニヤニヤと腹の立つ笑みを浮かべながら、いじるような、おどけた口調で来た。

いきなり来たが、私達は特に驚くことも無く、唇を離し、浩介に視線をやる。

別に恥ずかしがることでもないし、もうとっくに慣れたことだったからだ。

「良し、浩介も来た事だし行くか!」

「だな。」

お互いそれぞれの愛車に乗って夜の街を走る。

ブオンブオンと良い音を立てながら、道を突き抜けていく。

風が吹いて気持ちいい。

…こうして、不良…ヤンキーだった私達は毎日こうして集まってはバイクで夜の街を走っていた。

自然とずっとこうしているものだと思っていた。

だけどーー

「…なんでこうなっちまったんだよ…」

後ろを走っていた蓮が、突如転倒し、事故をした。

出血量が多く、救急車が来る前に亡くなった。

でも、後からそれが原因じゃないことを知った。

虚血性心疾患。

それが、蓮の亡くなった本当の原因。

心筋梗塞のようなもので、心臓に血液を送る血管“冠動脈”が狭くなったり、詰まったりすることにより、心臓に十分な血液が行き渡らなくなる病気だ。

運転している最中に引き起こし、そのまま…

私はそれなりに辛かったけど、蓮が私に残してくれたものはたくさんあったから、なんとか耐えることができた。

しかし、

「…俺らだけにでも、言って欲しかった…!」

「…浩介」

静かに隣にいる人物の名前を言う。

涙で顔がぐちょぐちょになっている浩介。

葬式が終わって、休憩スペースで煙草をふかしていた。

「…俺、連のこと何も気づいてやれなかったんだな…」

ははっと力なく笑う浩介は、この世の全てを諦めたかのような顔をしていた。

浩介はこう見えても、3人の中で1番繊細で、仲間思いのやつだ。

そして、良く蓮のことを「唯一無二の親友だ」と言っていた。

だからこその、”万が一”の心配があったのだが…

今はそれよりもメンタルケアが必要だと、考えないようにした。

それがいけなかった。

”万が一”が起こってしまった。

「…浩介が自殺した…」

電話口の言葉を反芻する。

電話の相手は、浩介の母だった。

家の自室で、首を吊ったらしい。

何もかも、親友2人を亡くした私は、忘れようとして…

「…ここまで来たんだよな、」

結局忘れられず、と先生は残りの水を一気に飲み欲した。

「…これで私の話は終わりだ。すまねぇな、こんな重い話して。」

苦笑いを先生は浮かべた。

いつもの、クールな調子に見えるが、元気を装っているのが分かる。

先生は謝っているが、誰一人として言葉を発しない。

想像以上に、壮絶で残酷すぎた。

それから、何を言っていいか分からなかったからと言うのもある。

そんな空気の中、1人…

「…ゔゔ…先生にそん゙な過去があっだなん゙で…!」

ガチなボロ泣きをしている千里がいた。

そんな千里にそっと千冬がハンカチを渡す。

千里はそれを受け取り、涙を吹く。

が、止まることは無い。

「そんな気にしなくって良いのに…て、話した私が言えることでもねーか…」

ガチ泣きしている千里を見て、先生は少し焦った表情を浮かべる。

「…きょうねせんせーにそんな過去があったとはな〜俺も初めて聞いた。」

いつものチャラさのない、落ち着いた声で先輩が言う。

「と言うかせんせー彼氏いたのかよ。ヤニカスのヤンキーなのにーーっっいっっだ!!?」

が、それは数秒前の意見であり、すぐに先輩のお調子は戻った。

そして過去最高のスピードで拳が飛んだのも、無理は無い話である。

「よけーな話だ、風柳!」

先輩が叩かれたことで?少しばかり場は明るさを取り戻した。

日菜子も目を赤くして悲しそうにしていたが、今は微笑んでいる。

一段落着いたところで、千里が真面目な顔で会話を始めた。

「…木藤先生、」

「なんだ?鈴鳴。」

千里の持ってきたお菓子を手に取り、見つめていた視線を、千里に向ける。

「先生の好きなごはんってなんですか!?」

「………は?」

数秒して、拍子抜けたような声が先生の口から漏れた。

「まぁ千里が真面目な言葉かけるわけねぇよな。」

なんとなく、言うことがわかっていたのか、先輩は面白そうな顔をしている。

そしてサラッと、小馬鹿にしている。

「先生の好きなごはんです。お菓子でもいいですよ。」

そして、至って真面目な顔で話を進める千里。

先輩の言葉は、今回は集中していて耳に入っていないらしい。

「…いやいや鈴鳴、話が見えねぇ。」

まだ困惑している先生。

それはそうだろう。

今の今まで真面目で、重い話をしていたのに、いきなり「好きなごはんは何ですか?」と聞かれたのだから。

「…ごはん、美味しいものって笑顔になるんです。だから、食べたらきっと先生もまた明日は笑顔になってます!」

さぁこのメニューの中に好きな物はありますかー!と、ズイッと先生の前にメニューを見せる。

「…え〜……ポテサラ…とか…?」

千里の思いもよらない言葉に驚いたのか、目を見開き、しばらく口を開いたままだったが、やがて漏らすように言葉を発した。

「お母さーん!ポテサラ1つください!」

聞いてすぐに千里は注文する。

椅子に座り直して、千里は意外そうな顔をする。

「意外ですね先生、ポテサラ好きなんだ」

「…ま、3人一緒に作ったって言う思い出もあるしな。」

後普通に美味しいと笑う。

「後は、幼なじみ2人の好きな物も買って、明日にでも持って行ってあげてください。そしたら…そしたらきっと、2人も笑顔になります!」

なんの根拠もない根性論。

子供らしい、幼稚な発想とも言えよう。

だが…

「……そうだな」

ふっと自然と笑みがこぼれていた。

(…鈴鳴千里、か。天真爛漫でスポーツが取り柄の1年生…”アイツ”はそんなとこに惹かれてんのかね。…訳ありそうだし。)

そんなことを思いながら、時計に目をやる。

時計は8時半を指していた。

学生には少し遅い時間。

パンっと両手で頬を叩いて喝を入れる。

気持ちを切替える。

「…お前ら!もう遅いからはよ帰れ。」

「「「「はーい!」」」」

生徒達は元気に答えて、それぞれ席を立ち、店をでる。

生徒達(日菜子を除いて)が全員店からでたのを確認して木藤も店を出る。

少し煙草を吸ってから帰るか、と思い、煙草を口にくわえ、ライターに火をつけた時。

「先生、」

意外な人物ーー千冬が声をかけてきた。

千冬の後ろを見ると、少し遠くで風柳と鈴鳴が歩いているのが見える。

先に帰っててとでも言ったのだろうか。

「…どーした、早川。もう遅いから早くーー」

「…それ、伊達眼鏡ですよね」

ずっと気になってたんです、と千冬は言った。

その言葉に半目になる。

「それだけ言いに来たのか?」

「いや…先生の性格からして、目が悪くないのに伊達をつけないと思って…何か理由があるのかなと」

違ったらすみません、と少し斜め下に視線をずらしながら答える千冬。

やっぱりコイツは察しが良い。

そして、”訳あり”だ。

「…ご明察。これは蓮からーー蓮の両親から譲ってもらったんだよ。」

蓮は真面目バカだった。

根は真面目なくせに、頭は3人の中で1番悪くて、眼鏡をかけたら頭が良くなると思っていた。

…本当にバカなやつだった。

「そうだったんですね。…ありがとうございます、おやすみなさい」

そう言って早川は立ち去ろうとする。

これ以上、深入りするつもりはないらしい。

「…早川、伝えられる時に伝えとけよー」

何を、とは言わない。

早川の背中に投げかけた。

「…はい、分かってます」

こちらを振り向かず、早川は答えた。

否定はされなかった。

そのまま早川は歩き始め、やがて先を行く千里達の元へ駆け出した。

早川の姿が見えなくなるまでなんとなく手を振って、ゆらゆらと昇る煙が立ち上がる煙草を外して、ふーっとゆっくり息を吐く。

早川の、千里が『ごはんで笑顔』の話をしていたところの顔が浮かぶ。

あの時の早川の目は、期待、尊敬、憧れ、そして恋をしていた。

「…青春だねぇ。」

月は淡く光ってーーそして、少しばかり曇っていた。

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