後日談

第46話

Afterstory:後悔と連々


(…これで、ようやく全て終わったわね)

神楽舞からの帰り道。

霞草は落ち着いた気持ちでため息をついた。

千冬をこれ以上縛り付けないでよくなった安堵感と、ようやく過去と向き合えた充実感。

霞草は、今までのことを振り返った。

跡を継がずとも、有名病院の医者や看護師になった兄姉の代わりに、自分が父の期待に応えようと奮闘した幼少期。

突然の婚約者に驚きながらも、楽しいひと時を過ごした少女時代。

いつまでたっても後悔と悲しみが絶えず、千冬に辛い思いと責任を持たせてしまった青年期。

今までの自分自身の行動に後悔している、今。

「…何も学んでないわね、私」

今度は呆れたため息をついた。

もちろん、悪いことだけではなかった。

早川学園に転向してから、面白い子に出会った。

鈴鳴千里。

学園に来る前から少し”調べて”いたので、大体鈴鳴千里について知っていたのだが、やはり実際に話さないと分からないこともある。

彼女はとても明るくて、変な人だ。

私は彼女にとって恋敵(本当は違うけど)で、邪魔な存在なはずなのに、周りと同じ態度を取ってきた。

更に、友達だとも。

「思い出しても変な子ね」

小さく微笑みながら、千里との会話を振り返っていると、少し遠くにいるある人物が気になった。

(確か、あの人…)

父の付き添いで数々の社交的なパーティーに参加している私は、人を覚えるのには自信がある。

私の左斜め前にいるのは確か、柳瀬 裕。

私の隣の席の人で、転校初日にも話しかけてくれたーー

そこまで振り返って、思い出した。

自分の取った行動を。

(あ……)

「…柳瀬くんっ!」

「ん?」

気が付いたら、声をかけていた。


        ***


「…突然声をかけて悪かったわ」

「いーよいーよ!」

柳瀬くんはそう言いながら、私に缶のボトルに入っているココアを差し出した。

私は「ありがとう」と言いながら受け取る。

今は少し移動して、近くの公園に来てベンチに座っていた。

誰もが神楽舞を見に行っているので、公園には誰もいない。

「それにしても暁さんが声かけてくるって珍しーね!…あ、いや別に悪い意味で言ったんじゃないんだけど…」

プシュッと自分の缶を開けながら、柳瀬くんは言った。

その後にバツが悪そうにしながら。

「えぇ、分かってるわよ。…それよりも私、貴方に謝りたくて呼び止めたの」

「俺に?」

自分の顔を指さし、思い当たる節がないと言うように首を傾げた。

「私が転校してきた時、貴方私に話しかけてくれたのに、冷たい態度を取ってしまったと思って」

「え~~と?………あ!あの時か!」

長考した末に、ようやく思い出したようだ。

ぽんっと手のひらを打ち、大きく頷いた。


『…お気遣いありがとう。でも、私はそうね、鈴鳴さんに案内してもらうわ』


あの時自分は、こう言ったのだ。

クールな性格は元々なのだが、別に他の人と仲良くしたくない訳ではない。

言おうとするとどうも、恥ずかしく(照れくさく)なってしまうのだ。(読者にだけ伝えるが、霞草はいわゆるツンデレである)

まあ、あの時は千里と話す機会が欲しくて、無理矢理話を繋げたのだが。

「別に気にしてなかったのに」

「え」

何てことないように呟く柳瀬くんに、驚いた。

彼の言葉に嘘は見受けられない。

「だって別に悪意とかそんなものはなかったし…鈴鳴と千冬と仲良いんだろ?それなら親しい人と最初は話したほうが緊張もほぐれると思ってたからな」

思ってもいなかった言葉に、また驚きながら霞草は慌てて言葉を返す。

「そう言ってくれると嬉しいわ。…ありがとう」

「…てか、俺も俺だよな!話さない方が気が楽って人もいるし…軽率だったか」

ハハッと軽く笑う柳瀬。

「そんなことないわ」

ほっこりした空気から一変して、はっきりと霞草は言った。

「私が言うのも…て感じだけれど、貴方はとても親切で、優しいと思う。私も貴方の優しさに感謝してるもの」

「……そっ…か…。…いや、なんか照れるな〜。そー言ってもらえてこっちも嬉しいわ!さんきゅーな!!」

ガシガシと後頭を掻きながら、柳瀬は笑う。

「いいえ、こちらこそ」

柳瀬につられ、自然と霞草も微笑んでいた。

「……暁さんさ、笑ってた方がいいよ」

穏やかな笑顔を浮かべた柳瀬が、こちらを向きながら言った。

「…そう?」

「うん。絶対そっちのが良い!可愛いもん」

「………そう」

言われ、ついふいっと顔を逸らしてしまった。

(…あ、気ぃ悪くさせちゃったかな。…言いすぎたか)

…柳瀬はそう思っているが、心配ご無用。

顔を逸らした先で、霞草は頬を赤くさせ、照れていたから。

まぁそれに柳瀬が気づくことはなかったが。

「私、そろそろ帰るわ。話を聞いてくれてありがとう」

頬の赤みも引き、霞草は立ち上がった。

「あ、うん。じゃあまたな!」

「えぇ」

霞草が公園を出ていくのを見守って、柳瀬は両手で口を覆った。

「……本当だったんだけどな」

これから発言には気をつけないと…

柳瀬はそんなことを思いながら、少しばかり高くなった体温を感じながら、神楽舞を見に再び神社へ戻るのだった。


***


ぱしゃりと水が跳ねる音がする。

最後に墓石の上に水をかけ、霞草は柄杓を手桶に戻す。

そして、手を合わせた。

墓石の名前は、『早川家』。

霞草はお盆などのお墓参り以外にも、悩みや報告がある日も来たりしている。

数十秒手を合わせ、霞草は墓石をしっかりと見た。

「…千春くんが亡くなってから、5年が経ったわね。私もね、そろそろ前を向こうと思ってるの。…貴方を忘れる訳じゃないから安心して」

見ていると、まるで千春が目の前にいるかのように見えてきた。

「…いつになるか分からないけれど…私が他の男の人を連れてきても、怒らないでよね」

千春にしか見せない、"心からの笑み"を霞草は浮かべながら、いないはずの千春を見つめた。

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