最終章
第45話
45話:ラムネとカフェオレ
「さぁ!いよいよやってまいりました、メインイベント!想いよ届け!告白イベントです!!」
司会の明るい声に、会場は大いに盛り上がる。
時刻は午後五時。
予定通りイベントは進行し、残すはあの告白イベントだけとなっていた。
「わ!すごい熱気だね、日菜子」
千里は隣で何やら、緊張気味の日菜子に声をかける。
千里はあれから仕事を煩悩が過る暇がないくらい働いたため、いつもの調子に戻っていた。
…まぁたまに思い出すこともあったりしたが。
「そ、そうですね!今から告白するんですから…!」
まるで自分に言い聞かせるように言う日菜子に、千里は首を傾げた。
「どーしたの?日菜子。何だかさっきからそわそわしてるけど…」
核心を突かれ、ビクッと日菜子は肩を震わす。
辺りをきょろきょろと見渡して「こっちです」と、千里の手を引っ張り体育館の隅っこに移動した。
「え、結構真面目な話?」
まるで”他の人には聞かれたくない”と言う状況に、千里も思わず顔を固くする。
「いっいえ!個人的な話なので、気持ち楽にして聞いてください」
真面目な空気になりかけたのを察したのか、日菜子はぶんぶんと両手を横に振りながら否定した。
「分かった!」
千里が頷いたのを確認すると、日菜子は恥ずかしそうにモジモジしていたが、やがて決意を固めたのか小さな声で言った。
「…じ、実は私、先輩に告白イベントにでるって言われて…」
「え、えええええ!!?先輩が…?!」
思わぬ答えに、思わず千里は声を上げてしまった。
「ち、千里さん!シーっ!です…!!」
周りに聞こえるかもしれないと慌てる日菜子。
しかしその心配は杞憂なようで、皆司会の言葉に耳を傾けている。
「ごめん~!でも良かったね。やっと付き合えるんだ…!」
目をキラキラさせる千里。
一学期の千里では、到底考えられない会話だっただろう。
「はい…!恥ずかしながら…」
そう言いながらも、日菜子は嬉しそうだった。
(日菜子可愛い~)
千里がその笑顔を見てほっこりしていると…
「…俺は青菟さんが大好きです!付き合ってください!」
と勢いのある声が聞こえてきた。
どうやらちょうど、告白イベントが始まったようだ。
勇気あるナンバー1。
ネクタイが青なので、三年生らしい。
千里達も会話をやめ、静かに様子を見守った。
告白された女子高生は、聞かされていなかったようだ。
驚いた様子で、口を手で覆い、「どうしよう」とせわしなく辺りを見回している。
が、やがて答えが決まったのか、男子生徒の目をはっきりと見て、答えた。
「…こちらこそ、よろしくお願いします!」
「「「「「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」
その一言で、しんと静まり返っていた体育館が、一気に歓声に包まれた。
「やるー!」「ないす」「良く頑張った伊槻ー!!」
歓声の中には、勇士を称える声も多数あった。
千里達も「おめでとうー!」と称えた。
ナンバー1が成功したことにより、体育館のボルテージはMaxとなり、皆高揚感が止まらないようだ。
熱気が止まらない中で、照れながらステージを降りる生徒を見届け、千里はふいに千冬の存在を思い出す。
あれから一言も話せていない。
(…千冬、どこに行ったんだろ。一緒に見たかったんだけどな…)
まだ残る高揚感の中に、少しばかり寂しさを感じながら、千里はステージを見続けた。
***
「ふぃ~俺の出番も近づいてきたな~」
緊張感なさげに呟きながら、龍也はステージ裏で腕を伸ばしていた。
龍也は一番最後だ。
だが、人数は少ないし、時間も一組約五分といったところなので、そこまで時間はかからない。
それにもう残すところ龍也を含めて三人、と言うところだった。
(…ん~にしてもやっぱ、緊張すんな~…)
龍也は、ステージ上で先に勇姿を見せている生徒の姿を見ながら一人ごちる。
表ではいつもの…おちゃらけ、さも緊張感がないように見せているがその実、めちゃくちゃ緊張していた。
”告白する”と言う理由でステージに立つこと、皆の前で告白すること…何より、日菜子ちゃんに振られる可能性もあると言うこと。
それが何よりも、龍也は怖かった。
失敗するとは思っていない。
根拠があるとか、自身があるとか…何かしら形になるものは何もないが、自分はこれまで全力で日菜子ちゃんに想いをぶつけられたと思っているから。
”もしも”があったとしても、後腐れも後悔もないはずだ。
「ふ~…」
ゆっくりと、全身に巡るように息を吐く。
「よし!」
パンッと自身の頬を活気づけるために叩いた。
同時に迷いが消えていく気がした。
***
(イベント…もう始まってるよね)
千冬は誰もいない昇降口のベンチに腰かけていた。
千冬はお化け屋敷の係が終わってから様々な誘いを断り、今こうしてここにいるのだが。
告白イベントで人気のない空間は、思考するのにちょうど良い。
今更何を迷ってる?
自分自身に問う。
過去を話した時に自分から告白すると、それまで待っていてほしいと頼んだのは自分じゃないか。
待っているのは千里なのに…
まるで自分だけが苦悩しているような考えに、ため息をつく。
自分が今何で悩んでいるのか、冷静に考えてみる。
霞草との関係と、彼女の気持ち?
そもそも最初からお互い好きな人がいたし、それはこの間和解したじゃないか。
千里との、幼馴染としての関係が壊れるのが怖い?
…いや、それはない。
だって千里はこんな自分に「好き」と言ってくれたのだから。
それに、幼馴染以上の関係を望んだのは千冬自身、何者でもでない。
その時、ふっと千里の顔が浮かんだ。
授業の実験に失敗したとき、部活を頑張っているとき、友達や先輩と話しているとき。
どの瞬間も、千里は笑顔だった。
「…悩むことないじゃん」
途端、気持ちがすっと晴れていくような気がした。
つまりはただ、告白することに怖気づいているだけ。
なら、考えることは一つだ。
「…俺は、千里に告白する」
思い立ってはいられず、千冬は体育館へ走り出す。
全ては、大好きな君に想いを伝えるために。
***
「…さぁーていよいよ最後!二年生、風柳龍也くんです!」
司会の明るい声と共に、龍也はステージ上に立つ。
ステージ上での圧倒的な視野の広さと、人の多さに思わず圧倒されそうになりながら、龍也は前を向く。
「えーと、告白される相手は一年の~?!」
ずいっとマイクを龍也の口元まで持ってくる。
どうやら相手の名前を催促されているらしい。
「一年の、松村日菜子ちゃん♪」
龍也が内心ドッキドキでおちゃらけて言った言葉に、会場は「おお~!!」と驚きのような、感嘆のような声を上げた。
「では、その松村さんにステージへ上がってもらいましょう!」
司会がマイクを持っていない方の手を大きく広げる。
会場の視線は一気に日菜子へ注目する。
ステージ上へあがった日菜子は緊張で顔を真っ赤にさせながら龍也の前に立ち止まった。
「…それでは、ご自身のタイミングでどうぞ!」
司会はそう言うと、ステージの隅に隠れた。
残ったのは、龍也と日菜子だけ。
「……日菜子ちゃん、」
「は、はい!」
龍也は内心、「立つ前に気持ち固めといて良かった」と思いながら続きを口にする。
「俺は”日菜子”のことが大好きだ!…俺と、付き合ってください」
「………っ!」
日菜子の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「……嬉しい、です!私で良ければ、お願いします…!」
日菜子は涙目で告げた。
「よっしゃー!」
ぎゅっと龍也は思いのままに日菜子を抱きしめた。
「せ、せせせ先輩…!!?」
これには、日菜子は更に顔を赤くし、会場は湧いた。
「おーと?これは早速いちゃついてますね?!そんなとこ悪いですが、感想を一言!」
告白も終わり、司会が戻ってきて、自身が持っていたマイクを差し出す。
「さんきゅ。…えーと今は嬉しすぎて言葉が追い付かねぇ!とにかく日菜子ちゃんには感謝をーー」
そう言って龍也は何かを見つけたように、急に話すことを止めた。
視線は、ステージ裏を見ている。
「?風柳くん?」
司会は自分が見られていると思ったのか、疑問符を浮かべる。
だがそれは一瞬のことで、龍也はふっと面白そうに笑った。
そして。
「おせーよ」
と、何を思ったのか、ステージ裏に向かってマイクを投げた。
生徒も司会も困惑しながら弧を描くマイクを目で追う。
「すみません」
謝る声が司会の後ろで響いた。
「でも、もう大丈夫です」
パシッとマイクをキャッチしながら、ここにいないはずの生徒……千冬は意志を持った目で言った。
***
「…千冬……?どうして……!?」
千里は目の前の光景が信じられず、目を見開く。
先輩の告白中だったのに、今までいなかった千冬が現れた。
千冬も参加する予定だった?
ううん、それなら順番を守るだろうし、何より先輩で最後だったのだ。
雰囲気的にも予定されていたものではなさそうだし、完全にゲリラと言っていいだろう。
(…千冬がまさかでるなんて…でもなんで)
『…いつか話せたとき、もう一度、俺から告白してもいいですか?』
頭に過ったのは、千冬が決意して言ってくれた言葉。
「…あ、そっか。千冬は約束を…」
ずっと待っていた約束を、千冬は守ろうとしてくれている。
「…前、行かなくちゃ!」
千里は近くで見るために、駆け出した。
***
「………おおっと…?これはどう言う展開だ?!」
混乱する会場で、一番先に口を開いたのは司会だった。
会場は千冬が現れた驚きと興奮で、どよめいている。
「終わるとこ、すみません。でも俺、今から想いを伝えたい人がいて。……良いですか?」
「それはもちろんですよ!それで、相手は?」
実は飛び入り参加もまれにある。
司会はそれにすぐ対応し、先ほどと同じようなテンションで尋ねる。
「千里。鈴鳴千里です」
「鈴鳴さんですね!…鈴鳴さーん!ゲリラで申し訳ないんですけど、いますかー?」
司会が見ている生徒に呼びかける。
「はーい!いますよ!千里はここにいまーす!!」
その声で司会と千冬は、千里を見つけた。
思ったよりも近く、ステージ前の真ん中に立って手を振っていた。
大好きな千里が、目も前にいる。
千冬は今しかない、と、司会が千里をステージに立たせる前に言った。
「…千里!俺、ずっと待たせてごめん。…小さい頃から明るくて、笑顔が素敵で。俺が大事なこと黙ってても、返事待たせても。千里は責めないで、ずっと俺の傍にいてくれた、そんなとこが好き。千里が、好きだよ。だから、その…」
千冬は恥じらうように視線を外したが、それは一瞬のことだった。
また前を向き、そして。
「…これからは彼氏として隣にいてもいいですか?」
幼馴染じゃなく、彼氏として千里の傍にいたい。
ずっと願っていたことだった。
「私も!彼女として千冬の隣にいて良いですか!?」
迷うことなく千里は声を張って返事を返した。
そして、また駆け出して…千冬に飛び掛かるようにして抱き着いた。
そんな千里の頭を優しくなで、千冬は呟く。
「…もちろん。良いに決まってる」
千冬は優し気な微笑を浮かべた。
「「「「うおおおおおおお!!!」」」」
瞬間、会場は今日一の歓声が沸き上がった。
「ちっふゆ~!!マジおめでとー!!」
龍也はガシッと千冬の肩に腕を寄せる。
「おめでとうございます!千里さん」
「日菜子もだよ~!」
最早誰が抱き着いてるのか分からないような、団子状態になりながら千里達は祝福しあった。
抱擁しあいながら、千里と千冬の目が合う。
パッと千里の顔が明るくなる。
「…千冬!タコパしよ!お祝いするぞー!」
「おっいーじゃねーか!菓子も買おうぜ!」
「楽しみですね!」
先輩と日菜子が反応し、一気に盛り上がる。
千冬はそんな三人を見た。
(…あったかくて、良いな。今がとても楽しい)
「千冬?千冬はー?」
自分を呼ぶ声でハッとする。
全員が、千冬を見ていた。
「…うん。今日の放課後、材料買いに行こっか」
千冬はとりとめのない温かさに目を細めながら、家にたこ焼き器はあったかなと思い返すのだった。 【完】
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