第44話

44話:文化祭 二日目


((…えっ…ええええええええええええ!?!?!?!?))

二人は声にならない悲鳴を上げた。

心臓が大きく音を立てて、それ以外何も聞こえない。

(え、え、何が起こったの…?!)

(…………???え、っと…これはさすがに…)

千冬と千里はそれぞれ動揺し、固まる。

どちらが口火を切ったものか、しばらく気まずい空気が流れる。

ちらりと一度外した視線を、もう一度千里に向けた。

千里はこちらの視線に気づいていない。

どうやら、あまりのことに頭がパンクしているらしい。

目は丸く見開き、耳まで顔を赤くしている。

口はぱくぱくと、まるで金魚のよう。

これは自分が話さないといけないようだーー。

「………千里、暗いから気を付けて」

なんとか声を振り絞った。

自分では分からなかったが、声が震えていたかもしれない。

「…う、うんっ!その、ごめん…私衣装直しに行ってくるね…!」

これ幸いと千里は若干声を上ずらせながら、立ち上がる。

そしてそのままバタバタと勢い良く千里は出て行った。

その様子を見送り、千冬は大きく息を吐いて、ズルズルと壁にもたれた背が下がる。

「……暗くて、良かった」

こんな赤い顔、見せらんないな、と思った。


          ***


「さっきおっきな音聞こえた気がするけど大丈夫ーー…て鈴鳴さん!?」

「大丈夫!ごめん…!」

受付をしていたクラスメイトの心配も他所に、千里は立ち止まらずに走り去った。

廊下を人にぶつからないよう器用に避けながら、千里は頭の中を整理する。

(千冬にリハを手伝ってもらって、井戸から出ようとしたらこけて。千冬がそれを助けてくれて、その…その後…キ、キ、キ…)

「…スじゃなーーい!!!」

千里はたまらず叫んだ。

ストレスを発散するが如く、大きな声で。

「なんだどうした」

「大丈夫…?」

そう言いたげな周りの視線で、千里はハッとする。

当然、教室をそのまま飛び出して走っていたのだから、廊下である。

しかも、ど真ん中。

千里は恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら「すみません…」と小さく謝ると、トボトボと歩き出す。

同時に人々も何事もなかったかのように視線を外した。

(思わず、逃げてきちゃった…これからお化け役やらなきゃなのに。ど~しよー!!)

戻らなきゃいけないのは分かっている。

だがしかし、現在進行形で体は真反対を歩いている。

今戻っても千冬に会うかもしれないし、もし役に戻ったとしても、井戸から出る件で先ほどのことを思い出し悶えるかもしれない。

そう考えると、まともに仕事ができない気がしてきたのだ。

「うぅ…戻りづらい…」

半泣きになる千里だった。


            ***


ガラリ、と千冬は教室のドアを開けた。

千里が飛び出してから数分、ようやく落ち着いた千冬は一旦千里を探そうと思ったのだ。

「あ、早川くん!」

受付の準備をしていたクラスメイトが、少し頬を赤くしながら言う。

「さっきすごい音した気がしたんだけど、大丈夫?鈴鳴さんも慌てた様子で飛び出しちゃったし…」

(……っ!)

タイミング良く千里の名前が出たので、思わずむせそうになったが押し殺す。

「…千里が転んで、少し物が落ちちゃっただけだよ。壊れてないから、使うのに問題ない」

「そ、そっか!じゃあ予定通りによろしくね」

答えをはぐらかしたことを、クラスメイトは追求せず、笑顔で言った。

「うん。時間までには戻るから、少し千里探してくるね」

「了解~!」

クラスメイトの了承も得た千冬は、千里が行った方向へ走り出した。


            ***


「ほんとにどーしよ~…」

千里はいつもの明るさに似合わない、暗い溜息をついた。

今は、廊下の突き当りにあるベンチに座っている。

普段はそんなところにないのだが、人が多いこともあって、簡易な休憩スポットとして今回特別に設置されたのだ。

千里は迷っていた。

1、当番を忘れた事にして、もうこのままバックレる

2、素知らぬふりをして流れるように仕事をする

この二つのどちらか…

考えて、すぐ首を横に振った。

1は駄目だ。

そんなのこれまで一緒に準備を頑張ってきた人に失礼だし、何より当番交代しに来て教室へ戻ったのに、戻らないなんて可笑しすぎる。

故意だと思われるだろう。

2だって、自分がそんなこと、できるだろうか。

絶対ふとした時、顔にでる自信がある。

(ううーん…参った!)

完全にお手上げだ。

今だって、気を緩めたら思い出して大変なのに。

(…千冬の唇案外柔らかかったな…って、何思い出してるのぉぉぉぉぉぉぉ!!!)

言った側からである。

千里はベンチに座りながら、体を屈め、顔を覆った。

どうしよう、完全無限ループの始まりだ。

そう思った時。

「あれ?千里ー?こんなとこで何してんの」

「…!!?凪!」

小松 凪。

凪は同じクラスで、千里が助っ人している野球部の部員でもある。

とても野球に熱心で、ショートヘアがよく似合う子だ。

今は当番で宣伝をしているはずだ。

その証拠に、プラカードを片手に持っている。

「…いや、実はちょっと戻りにくくてですね…」

もにょもにょと言いづらそうに言い、なぜか敬語になる千里。

「ふーん?…いや、知るか。お客さん待ってるでしょーほら戻った戻った!」

悩みを聞く雰囲気をぶち壊し、さっぱりとした口調で凪は千里を立たせる。

「うぇぇ!??もーちょっと優しくしてよぉー!」

千里は反抗を叫びながら、ズルズルと凪に引きずられていくのだった。

その後。

千里は何とか…真面目に仕事を終える事ができたとか。


          ***


「…ちょっと遅かったかな」

その頃。

追いかけてすぐの千冬は、廊下を歩いてすぐ呟いた。

そう思ったのは、千里の姿が見当たらなかったからだ。

いくら人が多いとはいえ、一本の廊下。

少しくらい姿が見えてもいいのだが、それが全くない。

それでも人と人の間を潜り抜けながら歩く。

もしかしたら、出会うかもしれないからだ。

そして一番端のクラス、1年E組に着いたとき…

「あっれ、千冬じゃん」

「先輩…?」

なぜか、一年のクラスに先輩がいた。

ちょうど、イベントが終わって出てきた、そんな感じで。

ちなみにE組の催しはフォトショップだ。

教室に”映え”なフォトスポットを設置したり、衣装や小物を用意して撮影・現像する。

いわゆる思い出作りができる場所なのだ。

「なんでここにいるんですか」

遠回しに”仕事はサボったんですか”と聞く。

その言葉に、先輩は呆れたような笑みを浮かべた。

「言っただろー?思ったより店が繁盛してしばらく残業だって。フロアはもういいけど、そん変わり買い出ししてこいって言われたんだよ」

先輩は、両手に一つずつ持っている白いビニール袋を千冬に見せるように掲げる。

「あぁ…そんなことも言ってましたね」

「お前はもう少し俺に…と言うか、千里以外に興味持てよ!」

「それは先輩も同じでしょう?」

薄ら笑いで千冬は返した。

「う゛っ!!……否定できねぇ」

若干苦しそうに視線を外す。

「…それで…用がないなら俺、行ってもいいですか?ちょっと急ぎがーー」

自分は今、一刻も早く千里を探さなければいけない。

お化け屋敷再開まで、あと10分なのだから。

「…いや!ある!めっちゃある!」

話に一区切りついて、もう用がないと言わんばかりに先輩の横を通り過ぎようとする千冬を、先輩は前に出て止めた。

「手短にお願いしますね…」

先輩の様子からするに、もう何だかしょうもない感じは伝わるのだが、一応聞くのが千冬である。

「さんきゅー!…唐突だけどよ、今日の三時からイベントあるじゃん?俺、それにでるって決めた!」

ぐっと顔を近づけて、千冬の耳元で小声で話す。

やっぱり、今聞く話でもなかった…

そう思いつつも、千冬はその”イベント”を頭で巡らせた。

「三時からのイベント…?…てまさか、”告白イベント”のことですか?」

「そ!大正解♪」

これには千冬も驚いた。

告白イベントとは、早川学園の文化祭の名物詞。

事前にエントリーした参加者が、体育館で好きな人に思いをぶつける企画のことだ。

クラスメイトだけじゃない、全校生徒…はたまた先生もいる中で、ステージ上での公開告白。

相当な覚悟を持って行かないと、到底できはしない。

それでも、毎年数人の勇敢な者達が告白をしている。

そして、受ける側。

こっちは”告白されることを知らない”の他に、もう一つパターンがある。

それは事前に知らされている、と言うもの。

公開告白が嫌って人もいるし、事前に知らせていないと戸惑いで逃げられてしまうと言うことも少なくないからだ。

ちなみに知らない場合は、名前の紹介の元、ステージに上がってきてもらうことになっている。

する側も受ける側も、どちらもドキドキする、甘酸っぱい企画…

まさかそれにでるとは。

千冬は予想だにしなかった。

「いや~俺も迷ったよ?でも、日菜子ちゃんに今日告白するって言ったし、せっかくならイベントで決意、固めていこうかと!」

もちろん、イベントだからって冗談じゃなく、本気な?と、真剣な目で見つめてきた。

「………!!」

本気だ。

先輩は今度こそ、ありったけの思いを伝えるつもりだ。

これを最後と決意して。

ビリビリと、視線と言葉で本気度が伝わってきて、千冬は何も言えなかった。

「俺が伝えたかったのはこれだけだけど。……お前は?やる?」

先輩はもう一度、同じ視線を向けた。

何を、と聞かずとも分かる。

告白イベントに、参加するかしないかだ。

やる、とはっきりとすぐに言いたかった。

けれど、言葉にできなかった。

霞草や千春を言い訳に自分の気持ちから逃げることは止めた。

なのに…踏みとどまっている自分がいる。

怖いのだ…これで千里との関係が決まってしまうのが。

千冬は、千里の顔を思い浮かべる。

ゆっくりと目を閉じ、開いて、口をきゅっと固く結ぶ。

「俺は…いいです。自分のペースで、ちゃんと言います」

また逃げた自分に嫌気がさしながら、言った。

”ちゃんと”を強調して。

「…りょーかい。…あ!それよりうちの店来てくんね?お前いると客寄せ良いからさ~」

真面目な空気から一遍、いつもの明るい声で誘ってきた。

「いやだから俺用事が…」

「お化け屋敷だろ?んなのとっくにもう始まってるし、代わりいるって。それよりお前はこっちにこい!千冬のメイド服、気になるじゃん笑」

「……それが真の目的ですか…」

先輩の言う通り、本当にお化け屋敷は再開していた。

すぐに駆け付けたいが、先輩を切り抜けられそうにない。

それに、先輩は明るさの上に、ちゃんと後輩を心配している様子が感じられたので…とは言わないが、そんな意味もあって、千冬は無理矢理断らなかった。

千里はちゃんと教室に戻っただろうか……

そんなことを考えながら、先輩の教室へ行くために、階段を上り始めた。

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