2章

第32話

31話:体育祭


パンパンパーン!

と、勢いよく空に音が響いた。

今日は待ちに待った体育祭だ。

千里は、ハチマキをキュッと自分の頭に結びながら、辺りを見渡す。

すでにグラウンドを円で囲むようにテントが建てられ、生徒がそこで涼んだり、係があるのか、忙しく歩き回ったりしている。

「運動得意な者として、めいいっぱい頑張るぞー!」

「うん、今年も千里の走り、楽しみにしてる」

千冬は隣に並びながら、微笑む。

ちなみに今年も、と言うのは中学の時も千里は走っていた。

リレーの、アンカーである。

今年もアンカーで、その他パン食い競走に出る予定だ。

…今のところ、個人競技は走るものしかない。

「千冬は何出るんだっけ?あと、日菜子はー?」

千里はきょろきょろを周りを見るが、日菜子らしき姿はない。

「俺は借り物競争と同じくリレーだよ。松村さんは放送係だから、本部のテントにいると思う」

「…あ!ほんとだ!日菜子〜!!」

早速日菜子を見つけた千里は、日菜子に向けて手を振る。

「さすがに聞こえないと思うよ…」

千冬が呆れたように言ったが、日菜子は気づいたようだ。

驚いた様子だったが、恥ずかしそうに笑って手を振り返してくれた。

「…ただいまから、体育祭の開会式を開始します。生徒はグラウンドに集まってください」

ちょうど、アナウンスがグラウンド中に響き、生徒はぞろぞろと集まる。

数分経って、開会式が始まった。

「おはようございます。ここ数日、はっきりしない天気が続いていましたが、今日にかけるみなさんの思いがきっと通じたのでしょう。このような秋晴れのもと、体育祭を迎えることができ、大変うれしく思います。………」

校長の挨拶から始まり、皆、真剣に聞いている。

その後も順調に話は進んでいき、生徒会長の挨拶で、話が終わることとなった。

「…ですので、僕は今日、めいいっぱいこの体育祭を頑張りたいと思います!」

(めちゃくちゃワクワクしてきた!!いい天気だし、絶対楽しい!)

開会式でさらにテンションが上がった千里は、後ろを向いて、右後ろにいる千冬にジェスチャーする。

(…体育祭楽しみ!頑張ろうね!…って言ってる気がする…)

表情と手の動きから、言葉を読み取る千冬。

でも、後から怒られそうと予測した。

その読み通り、千里は先生に怒られることとなった。


***


「…わー!青に負けてるー!」

「僅差だけどね」

「俺ら、2組に負けてんだが笑」

「これから巻き返しましょう!」

体育祭も中盤に入り、現在の順位は青、赤、黄となった。

どこが勝ってもおかしくなく、特に赤と青が接戦だ。

「む、パン食い競走頑張ったんだけどな〜」

「今食うのかよ笑」

「頑張ったらお腹空くんです!」

千里は勝利のあんぱんを口に運ぶ。

結果としては2位と悪くなかったのだが、微妙に負け続けているのが、現在2位の理由だ。

今は、お昼休憩だ。

まもなく、午後の競技が始まる。

「…今日はお弁当だけじゃ足りないよ…あ、千冬唐揚げちょうだい!」

「はいはい。千里用に多めに作ってもらったから、沢山食べていいよ」

呆れながらも、どこか楽しそうな千冬。

「やった!」

(千里用て笑これまたすごいな)

龍也は2人の会話に苦笑いしながら自分のお弁当に口をつける。

「…先輩、私のおかず食べますか?」

「…えっ!!?」

急な、思ってもなかった日菜子の言葉に、龍也は思わず上ずった声を上げた。

「いや…千冬くんの見てたので、食べたかったのかな…と。あれは千里さんのなので、私のをどうぞ!」

「…いや、別に千冬のが食べたかったわけじゃ…。……いや、いただきます!」

もう好きな子の料理が食べられるのなら、理由なんて何でもいいや!と龍也は吹っ切れた。

卵焼きをひとつ、手に取る。

「…ん!美味い!」

「…あ、それ、私が作ったんです。お口にあったなら、嬉しいです」

日菜子は顔を赤くしながら、照れたように視線を外した。

「えっめちゃくちゃラッキーじゃん!料理上手だね、さすが食堂の娘!」

「そんな…」

「えっ日菜子の卵焼き、そんな美味しいの!?私も食べるー!」

「はい、もちろんいいですよ」

「だーめ、千里はだめ!これは俺専用のですー。お前のは未来の旦那が作ってくれてるだろ」

「……!!?」

無言でむせる千冬。

「冗談で誤魔化そうとしても無駄ですよ〜!私はそんな手に引っかかりませーー」

千里が反論しようとした時、

「…まもなく、体育祭を再開します。借り物競争に出る人は、門の前に集まってください!」

再開を告げるアナウンスが響いた。

「…じゃあ、俺行ってくるね」

千冬はさっさと門まで走っていく。

チラリと、先輩を見て。

(…次あんなこと言ったらただじゃおかないですよって目ぇしてた〜次はこのいじりやめよ…)

少し、背筋が凍った先輩だった。


  ***


(…千里、先輩の冗談に全く意識してなかったな…思ったより、ダメージ食らったな)

ほんの、些細なこと。

千里がまだ自分を恋愛対象として見ていないことは、この16年で分かっていたことだったのに。

心が痛いのは、それだけ千里のことが好きなのだと、ポジティブに考えたい。

そんなことをぐるぐる考えていると、前の列が走り出した。

気づいたら、借り物競争は始まっていた。

パンっと音が鳴ると同時に、笑顔でかけていくのを見届ける。

お題を見て困惑する者、確信して走り出す者。

楽しそうな雰囲気なのに、やけに音が静かだ。

「…千冬っ頑張れー!」

「えっ…」

自分の番になり、スタート地点に並んでいると、耳に1人の声が響いた。

ーー千里だ。

テントから、立って応援している。

真っ直ぐで、心に一直線に響く声。

心が大きく波打った。

「頑張れ〜」

「が、頑張ってください!」

先輩や日菜子も、隣で応援する声も、後から聞こえた。

静かだった周りが、ザワザワと、音を取り戻していく。

(…あぁ、ほんとにもう…)

好きだなぁ、と千冬は思った。

パンっとピストルを打つ音が聞こえる。

千冬はマスクの下で微笑みながら、勢いよく駆け出した。


「…っと」

走り出して早速、お題を拾う。

俺のお題はーー

「…………は?」

紙に書かれたお題に、呆然と立ち尽くす。

ダッと自分の前を走っていく人の感覚で、何とか我に戻って、走る。

向かった先は、「千里!」

「んぇ!?私!?」

自信を指さして驚いた様子の千里。

「…時間ないから、走るよ!」

グイッと腕を掴んで、そのまま走り出した。

千里は運動神経が良いので、すぐ慣れてそのまま走ってくれた。

無我夢中で走って、ゴールテープを切った。

1位だ。

「…はぁ、…やった!1位だ〜!!」

「…ありがと、千里」

ハイタッチしながら、1位の旗のある列に並ぶ。

お題は確認してもらって、OKをもらった。

「…ね!結局お題、なんだったの?」

「……!!えーと、」

まぁ、当たり前の質問だろう。

いきなり呼んで走ってもらったのだから、素直に質問に答えるのが普通なのだろうが…。

この質問には、素直には答えられそうにない。

「………髪の短い女子」

「お!確かにそれは私が答えれるね!」

「うん。助かった、ありがとう」

「いえいえ〜」

千冬は、千里に見えないように紙をもう一度開き、小さく折りたたんで、ポケットにしまう。

チラリと見えたお題はーー『大切な人』。

…かもしれない。


千冬の借り物競争が終わった後は、しばらく4人とも観戦だった。

喜んだり、残念だったり、体育祭は大いに盛り上がった。

そして、いよいよ、千冬や千里、先輩の出るリレーの番が来た。

ちなみに、早川学園のリレーは、男女別以外に、男女混合リレーがある。

千里達が今からでるのは、後半の方だ。

前半は、午前中に終わらせており、千里&千冬は見事1位だった。

「頑張ってくる!」

「日菜子ちゃん、頑張るから見ててね〜」

「はい!私は放送なのでそこで応援してますね!」

そんな会話をしながら、それぞれ持ち場に行くき、並んだ。

「…さて!いよいよメインイベント!リレーです!選手の皆さんはやる気満々ですね!早速、始めたいと思います」

一息ついて、進行をしていた生徒がピストルを高く持ち上げる。

「……位置について、よーい…ドンッ!!」

ドンッ!!

音が響いたと同時に、全員が一気にかけ出す。

さすが、代表の人達が走るリレーだけあって、疾走感は格別だ。

「いけー!」

「負けるなー!!」「がんばれ!」

応援も、いっそう強い。

3人も、これから自分達も走るというのに、応援していた。

2走目が走り出す。

先ほどまで赤が優勢だったが、黄が抜かす。

青も2組に負けない走りで走っている。

3走目がバトンを受け取る。

黄を、先ほど抜かされた赤が走り、青はそんな赤に必死に走る。

4走目が走る。

青が赤を抜かし、黄目掛けて走り出す。

青が、残り半分で黄を抜かした。

そして、アンカー。

「…ごめん!千里!!抜かされちゃった…!」

謝りながら、千里に赤いバトンを渡す。

「気にしないで!大丈夫、私早いから!」

パシッと気持ちよく受け取った千里は、スピードを緩めず、ただ前を見て走っていく。

アンカーは、一周走る。

コースが半分に差し掛かった。

黄はもう目の前だ。


***


(すごい…!)

と、日菜子は思った。

半周遅れていた赤が、もう黄と並びそうだ。

赤は千里、黄は先輩。

実況を一瞬忘れて、日菜子は見ていた。

赤、青、黄。

どの代表も友人で、応援したい気持ちが強い。

「頑張ってください!」と心を込めて実況する。

もちろん、他に走っている人達も。

…私を好きと言ってくれた、先輩。

まだ恋人になりたいなんて気持ちは、ない。

ないというか、考えれない。

まだ何か、決定的なものが無い気がしてならないのだ。

それでも、今頑張って走っている先輩を見ると、どうしても…

(眩しい…)

だから、つい、マイクの電源が入っていることを忘れていた。

「…先輩…!頑張ってください…!!」

言った瞬間、ハッとする。

周りがザワザワした。

だが、やがて歓声に戻っていく。

恥ずかしい、だけど清々しかった。

先輩と一瞬目があって、先輩は笑った気がした。

ピースサインを作って。


***


前を走る黄を抜かした。

残り半分。

目標は、青!!

前を走るのは、青ーー千冬だ。

(あ〜やっぱり早いな!何とか隣には並べそ…並べた!…けど!)

千里は早い。

運動神経も良いし、男子にだって負けない自信がある。

けれど、どうしても、体格の壁は壊せない。

一緒に走ったら、不利だってわかっている。

だけど…だから…

(…千冬には負けらんない!)

同時。

千里と千冬はゴールした。

「今の一体どっちだ!?」

「同率ゴール!?」

「いや、それだと試合にならないだろ…」

ザワザワと見ていたクラスメイトが騒ぎ立てる。

生徒の審判が、傍で見ていた先生と話しながら、考えている。

しばらくして、

「…ただいまの結果は…赤の勝ち!」

「「「…うぉぉぉぉぉ!!!?」」」

ドッと、グラウンド中が、生徒達の驚きの声で包まれる。

「…やった…?!」

歓声からしばらくして、千里も喜びの声を発した。

「おめでと、千里」

千冬は心からの祝福をあげる。

「ね、千冬。手抜いてないよね?」

勝ったのが信じられないなのか、千里が不安そう尋ねてくる。

「…千里相手に手を抜くわけないでしょ」

千冬は呆れたように微笑んだ。

「…そっか!」

千里は、その言葉が信頼に聞こえて、嬉しく思うのだった。

テントに戻ると、先輩と日菜子が待っていた。

「…!おかえりなさい、千里さん!すごく速かったです!!」

「最後負けたの悔しー!やっぱお前、足速いのな」

日菜子が興奮した様子で話し、先輩は悔しそうだが、笑っていた。

「ありがと!日菜子、先輩!でも、めっちゃ抜かすの大変でしたよ〜」

「そりゃ俺も一応速いしな…それに日菜子ちゃんの応援があったし♡」

「あ、あれは…と、突発的と言いますか…」

思い出して恥ずかしくなったのか、しどろもどろになっている。

「…えっ!あれ先輩だったんですか!?」

「俺以外誰がいるんだよ笑」

「…まぁ、その後ピースして抜かされてましたけどね」

千冬が、わざとらしく水を差す。

「あれはしょうがないだろ〜可愛かったんだから。…あと、まだ根に持ってます?」

「…さぁ?」

最後まで目が合わない千冬だった。


***


「…赤組!逆・転・優・勝!!」

いぇーい!と千里はテンション高く言った。

千里の言う通り、順位は赤、青、黄の順となった。

最後の混合リレーが、1番配点が高いのである。

千里は、日菜子と楽しそうに体育祭の感想を述べている。

千冬は、先輩と話していたのだが…

「…早川くん!中庭で待ってる人がいたよ」

クラスメイトが話しかけてきた。

「…俺?」

「うん。制服違うから他校の子だと思うんだけど…」

「……!!」

『他校の子』

そう聞いた瞬間、千冬は走り出した。

「…えっ早川くん!?…行っちゃった…」

クラスメイトはびっくりしている。

「千冬どうしたんだろ、あんなに慌てて」

「…なんか用事でもあんだろ」

「びっくりしましたね…」

千里達も、何がなにやらである。

あんなに慌てる千冬は、見たことがないからだ。

「ね!千冬を待ってた子ってどんな人?」

興味本位で千里は聞いてみた。

「えーとね、なんかすごい美人だったよ!髪ふわふわで、スレンダーで!」

「はぇ〜」

「…でも、すごいクールな人だったな。『ここに早川千春はいるかしら』…って」

「「「………!!?」」」

3人はその言葉に驚く。

何となく、嫌な予感がしてくる。

「でも、千春なんて人いないでしょ?だけど何となく早川くんかな〜て思って呼びに来たの。たまたま間違えたのかな?」

「ううん…合ってると思う。ありがと!」

「そう?じゃ、私はもう行くね!」

「ありがと!」

もう一度お礼を言って、別れる。

「…ね、先輩、日菜子。私嫌な予感がするんだけど」

「…俺も。なんか前々からの疑問が晴れる気がする…」

「だ、大丈夫でしょうか…千冬くん」

ヒソヒソ声で話す。

「…よぉーし!見に行ってみよう!」

「えぇ!?悪くないですか?千冬くんに」

先輩に賛同を求めるように、日菜子は先輩を見る。

「…悪ぃな。今回ばかりは千里に賛成。俺も気になるんだわ」

そう言って、千冬の走った方向を追っていく2人。

「ま、待ってください〜!」

日菜子も慌てて後を追った。


***


「…はぁ、良かった、まだいたな」

「ですね…」

先輩は息を整えながら呟き、千里はそれに頷く。

「………。」

日菜子は追いつくのに精一杯で、まだ肩で息をしている。

3人は、千冬ともう1人が見える柱の影に移動し、身を隠しながら様子を見守る。

距離は近いので、今回は声は聞こえそうだ。

千冬は、マスクを外していた。

あの時のように、朗らかな笑みを浮かべて。

「本当に美人ですね…」

息を整えた日菜子が、ぽつりと呟く。

その通りだった。

地毛なのか、巻いているのか、ふわふわの茶色い長い髪。

サイドを三つ編みにして、ハーフアップになっている。

目は綺麗な撫子色だ。

クラスメイトが言っていたように、確かに制服が違う。

紺色のブレザーに、薄緑のプリーツスカート。

ここら辺の学校ではないようだ。

「…"千春"くん、貴方に言いたいことがあるんだけど」

「……ここでは千冬だって」

そんな事を考えていると、ポツリと吐き捨てるような千冬の声が聞こえた。

言うつもりはなく、咄嗟に出た、と言う感じだった。

聞きたいが、今は聞くことに集中する。

「そんな事は今、どうでもいいの」

「……。じゃあなに?霞草」

一旦、呼吸を整えて落ち着いたのか、千冬はまた朗らかな雰囲気に変わった。

そう言われた霞草は、一瞬、苦しそうな表情を浮かべ、真顔(ポーカーフェイス)に戻った。

そして、口を開く。

「私と付き合って、千冬」

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