第29話
29話:体育祭準備
「夏休み明けで早速だが、もうすぐ体育祭だ。その準備係をお前らで決めろ」
黒板に、『体育祭係決め』と書きながら、私たちの担任こと、木藤恐音が話す。
そして、委員長・副委員長に後は任せたというように肩をポンと叩くと、黒板横の椅子にドカッと座った。
自分は、干渉しないつもりらしい。
先生は「生徒(お前ら)が一から考えて行ってほしい」と言っていたが、本当はただ面倒くさいだけなのではと考えてしまう。
…先生の性格だけに。
「…おめーら、余計なこと考えてねーでさっさと終わらせろよ?」
まるで、心を読んだかのような発言。
「…で、では早速決めていきたいと思います」
委員長の津々見くんが苦笑いを浮かべながら、教卓の前に立つ。
その後ろでは、副委員長の若葉さんが係をスラスラと書いていた。
大道具係、放送、救護、審判、誘導などなど。
係だけでなく、自分たちの出場する種目も書かれていた。
クラス対抗リレーもあるからである。
(入学してから初めての体育祭…!何やろー!)
千里は目をキラキラさせながら、津々見くんの話を聞く。
今、ちょうどこの係は何をするのかという説明をしている。
千里は、隣の席の千冬に小声で話しかける。
「…ね、千冬はなにかやる?」
「俺は係が余ったらやるかな。…千里はその言い草だと何かやりたいやつがあるの?」
「お、さすが千冬!…実はね、あれがやりたい!」
千里が指さしたのは、旗の制作係。
良く、応援団で使うようなやつだ。
チームでもあるのだが、それはチームごとに別れた時に決めるので、また別の話だ。
ちなみに、クラスで旗係をした者はチームの旗係はできない。
「…じゃあ俺もそれやろうかな。千里とやるなら楽しそうだし」
さらっと胸キュンセリフを吐く千冬。
その顔は、好きな子を見る楽しそうな表情だ。
「私も!千冬がいたらなんだって楽しい!」
千里もニコッと笑う。
(なんだ、あの二人の甘酸っぱい雰囲気は…!)
(いやー!千冬くん、まさか鈴鳴さんのこと…!まだ青春は始まってないのに…)
(早まるな、楡井~!)
千里達二人の会話で、クラスが沈黙の中、静かにザワザワしたことは、言うまでもない。
恐音先生は、静かに腹を抱えてツボった。
「てことで私と千冬、旗係やる!…あ、日菜子もやろー!」
その声で、自然と視線は日菜子に行く。
「は、はい!」
日菜子は、緊張した声で頷いた。
「…じゃあ、みんなもそれでいいね?」
津々見の一言で満場一致で決まり、若葉が旗係の文字の下に、名前を書いていった。
***
その後も順調に係は決まり、クラスはすっかりやる気に満ちていた。
チーム分けも決まり、今にも戦いそうな雰囲気である。
「…あ〜あ〜私達、チームは別れちゃったね!」
少し残念そうに語る。
「そうだね」
「残念ですね…」
千里は赤、千冬は青、日菜子は黄である。
学校のモチーフ色だ。
言うならば、ネクタイと同じ色である。
見事、全員別れてしまった。
今は旗係の仕事をするべく、被服室に向かっていた。
「ま、しばらくの間みんな一緒に作業できるからいっか!」
「はい!」
「頑張ろう」
そう話しているうちに、早くも被服室についた。
「しっつれーしまーす!」
ガラリッ
千里が元気よく扉を開けた。
もうすでに何人かが作業に取り掛かっており、わいわいと楽しそうに話している。
ほとんどが、クラスや学年が違って知らなかった…が、窓際に一人、見知った顔が見えた。
「先輩!?」
「あれ、千里じゃん。…日菜子ちゃんもいる!やっほ」
千里の後ろにいる日菜子を見て、先輩は露骨に嬉しそうな笑みを浮かべ、手を振る。
日菜子は、小さく手を振り返した。
(手、振り返す日菜子ちゃんかわ…)「なー日菜子ちゃん何色!?チームの!」
心で尊死しつつ、先輩がテンション高く、少し緊張気味に尋ねる。
「黄色ですよ」
「…えッマジ!?よっしゃ、一緒だ!」
嬉しそうに、ガッツポーズをしている。
「同じチームとして頑張りましょう!」
二人は仲良くハイタッチした。
少しだけ、距離が縮んできたといえよう。
そこへ、千里も話に加わった。
「私が来た時も嬉しそうに歓迎してくださいよー」
千里が冗談交じりに言う。
「じゃあ、俺に嬉しそうに歓迎されてうれしいか?」
『千里!待ってたぞ』
「いや、まったく」
『嬉しそうに歓迎する先輩』を想像した千里だが、なぜだか無性に寒気がして、即否定する。
「ひでー(笑)」
先輩も冗談だと分かっているのか、笑っている。
「…先輩も旗係なんですか」
千里と先輩の会話を遮るように千冬が尋ねる。
心なしか、拗ねているように見える。
龍也はそれに気づき、ニヤリと笑って千冬の肩に腕を乗せる。
「なんだよ~?お前、意外と嫉妬深いんだな」
「…余計なお世話です。それより早く作業に戻ったほうが良いんじゃないですか?」
千冬は談笑しながらも、黙々と作業をする先輩達に目を向ける。
「…あ、忘れてたわ」
ガチで忘れていたらしく、慌てて作業場へ戻っていく。
「わりー、後輩とあって話し込んでたわ」
「龍也話しすぎwこれ手伝えし」
「はいはい」
なんだか、同級生と話している先輩は珍しい気がする。
「さ!私たちもやりますかー!」
気合を入れる千里。
「おー!」
それに合わせて、二人も声を上げたのだった。
***
「やっと構図描けたー!」
ん~と、千里は思い切り伸びをした。
開始してから約一時間。
なんとか構図を完成することができた。
教室での係を決める際、予想以上に時間が余ったので、クラスみんなで構図をあらかた考えていたのである。
そのおかげか、スムーズにとりかかることができた。
今日で完成できそうである。
「すごく立派です!これは優勝間違いなしです」
日菜子は旗を見ながら、感嘆の声を上げる。
千里達が描いたのは、大きな龍。
理由は、『強くてかっこいいから』。
実に単純である。
旗1面、真ん中に大きく描かれた龍は、迫力満点だ。
「…みんなそれぞれの絵柄がでてるね」
「確かに!」
三つに分割して描いたのだが、頭担当の千里は龍を知らなかったのだろうか…。
そんなことを連想させる絵だ。
要するに、下手。
他二人は、上手いといえよう。
上手く特徴を掴んでいる。
千里は、とても満足そうだ。
「早速塗っていきましょうか」
日菜子が、絵の具セットを持ってくる。
中はとてもきれいだった。
「ありがと!日菜子」
「いえいえ」
「龍なら青系の緑かな…」
千冬が、青や緑の絵の具を取り出し、パレットに出していく。
それを少し水で濡らした穂先に付ける。
ほかの紙に試し塗りしながら、ぺたぺたと一部分塗った。
「わ!千冬すごい!私もやる〜」
「じゃあこの筆あげるよ」
千冬は先ほどまで使っていた筆を千里に渡し、新しい筆を取り出した。
日菜子は、しっぽの部分を丁寧に塗っている。
こうして、しばらく集中してぺたぺた塗っていたわけだがーー。
「…千里、頬に絵の具着いたよ」
「えっ」
千冬が、絵の具の着いた千里の頬を優しく拭う。
「ふふっ。千里さん、服にもついてますよ」
日菜子は面白そうに微笑んだ。
「…えっほんと!?わーお母さんに怒られる…」
その一言に、2人は苦笑いする。
「…で、でも!体育祭があるもんね!」
自分に言い聞かせるように言う。
楽しい行事を思い出して、忘れようとしているみたいだ。
「何言ってんの、千里笑」
笑いながら話に入ってきたのは、先輩だった。
「先輩?」
千里が不思議そうに首を傾げる。
「体育祭の前にテストあるけど?」
「…………え、??!」
千里だけが、知らないと言うような、反応をするのだった。
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