第3話
3話:入学式
「… 満開の桜と…の新緑、美しい草…花がうららかな春の日差しに……ております。この生気がみなぎる…の日に、多く…の皆様、さらに保護者の皆様にご臨席をいただき、………新入生はもちろ…ん、私たち…教職員、在校生にとりまして、大きな喜びで…ございます。
ご臨席の皆様に……心からお礼を申し上げ……ます。」
校長が挨拶をしている。
ところでいきなり質問をする。
Q:なぜ、校長の挨拶が途切れ途切れなのか?
A:千里が寝ているから。
大正解である。
入学早々、千里は寝ていた。
千冬のおじいちゃん…こと校長には悪いが、千里は眠気に勝てなかった。
それもそのはず、楽しみすぎて寝れなかったからだ。
遠足を楽しみにする子供が前日寝れないように…
寝ていた…と言うのは語弊があるかも知れない。
寝かけている、と言えば正しいだろうか。
一瞬意識が戻ってはまたすぐ寝るので、途切れ途切れ木になっているのだ。
その様子を前からチラリと千冬が見る。
ほんの少し首を後ろに向けて。
(…千里寝てる…余程嬉しかったんだな。)
幸せそうに寝る千里に少し呆れつつも、微笑ましく見ていた。
***
「…ごめん!千冬!!」
パンッ、と手を合わせ謝る。
「…いや、良いけど…え?何が?」
千冬は聞き返す。
それに千里はキョトンとする。
「だって千冬のおじいちゃん…校長先生の挨拶ほぼ聞いてなかったし。」
それはぁ楽しみだったからだけどぉ、と視線をズラし言い訳する千里。
「…別に大丈夫だよ。まぁ次からはちゃんと聞こうね。」
千冬、優しい。
「…うん!もっちろん!しっかり睡眠とって聞くから!」
任せといてよ、と言うようにドヤ顔で胸をポンッと叩く。
「…うん。頑張ってね。」
マスク下で千冬の口角が少し、上がった。
***
「…千里、部活決めた?」
「…ふぅふぁつ?」
千冬の問に千里が聞き返す。
口をモゴモゴさせる千里はごくんと飲み込むと口を開く。
「…部活?…あ、そっか。決めないとね。」
うんうん、と頷き、また食べる。
放課後、千里と千冬はたい焼き屋に来ていた。
千里は餡子、千冬はカスタードを食べている。
「…千里は運動神経良いからどこ入っても大丈夫だと思うけど。」
「…それ千冬が言う〜?千冬だって運動神経良いくせにー」
弄る口調で驚きの声を挙げた。
千冬はマスクを外し、たい焼きを口に運ぶ。
そしてまたマスクを付ける。
「…今更だけどさ、何で千冬はマスク付けてんの?」
本当に今更である。
その問いに、千冬は一泊置いて話す。
「…一番は安心するから、かな。」
千冬は千里を見ずに、晴れ切っている空を遠く眺めるように見ながら言う。
それは久しぶりに見た、千冬の少しばかり哀しそうな横顔だった。
確か…千冬がマスクを付け始めたのは10歳頃だっただろうか。
もう、マスク姿を見慣れすぎて忘れてしまったが。
千里はなんだかこれ以上聞いてはいけない気がして、残りのたい焼きを口に運んだ。
千里が飲み込んだ時、千冬がジッと千里を見ていた。
「…ん?千冬?どしたの?」
千冬はフッとマスク下で笑った。
「餡子。付いてるよ。」
トントン、と頬っぺたを人差し指で指す。
「…え?待って、うそ。」
右頬を触る千里。
そっちには付いていなかった。
「…違う。こっち。」
千冬はペーパーナプキンを取ると、そっと千里に近づき餡子を取った。
顔は触れられるほど、近い。
「…はい。取れたよ。」
「…おー!千冬、ありがと!!」
イケメンと急接近すれば、それはそれはドキドキする展開…なのだが、千里は違った。
普通に、何も気にすることなく普通にお礼を言った。
餡子を取った千冬が少しドキッとしていたというのに。
そう、千里はこの手に鈍感だった。
自分の…好意に気づかないほどに。
「…千里ってこういうとこ鈍感だよね。」
はーー…、と呆れたため息がこぼれる千冬。
「…何でいきなりディスってくるの!?」
何にも知らない千里は、ただただ驚くしかなかった。
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