第4話

3話:入学式


「… 満開の桜と…の新緑、美しい草…花がうららかな春の日差しに……ております。この生気がみなぎる…の日に、多く…の皆様、さらに保護者の皆様にご臨席をいただき、………新入生はもちろ…ん、私たち…教職員、在校生にとりまして、大きな喜びで…ございます。

ご臨席の皆様に……心からお礼を申し上げ……ます。」

校長が挨拶をしている。

ところでいきなり質問をする。

Q:なぜ、校長の挨拶が途切れ途切れなのか?

A:千里が寝ているから。

大正解である。

入学早々、千里は寝ていた。

千冬のおじいちゃん…こと校長には悪いが、千里は眠気に勝てなかった。

それもそのはず、楽しみすぎて寝れなかったからだ。

遠足を楽しみにする子供が前日寝れないように…

寝ていた…と言うのは語弊があるかも知れない。

寝かけている、と言えば正しいだろうか。

一瞬意識が戻ってはまたすぐ寝るので、途切れ途切れ木になっているのだ。

その様子を前からチラリと千冬が見る。

ほんの少し首を後ろに向けて。

(…千里寝てる…余程嬉しかったんだな。)

幸せそうに寝る千里に少し呆れつつも、微笑ましく見ていた。


***


「…ごめん!千冬!!」

パンッ、と手を合わせ謝る。

「…いや、良いけど…え?何が?」

千冬は聞き返す。

それに千里はキョトンとする。

「だって千冬のおじいちゃん…校長先生の挨拶ほぼ聞いてなかったし。」

それはぁ楽しみだったからだけどぉ、と視線をズラし言い訳する千里。

「…別に大丈夫だよ。まぁ次からはちゃんと聞こうね。」

千冬、優しい。

「…うん!もっちろん!しっかり睡眠とって聞くから!」

任せといてよ、と言うようにドヤ顔で胸をポンッと叩く。

「…うん。頑張ってね。」

マスク下で千冬の口角が少し、上がった。


***


「…千里、部活決めた?」

「…ふぅふぁつ?」

千冬の問に千里が聞き返す。

口をモゴモゴさせる千里はごくんと飲み込むと口を開く。

「…部活?…あ、そっか。決めないとね。」

うんうん、と頷き、また食べる。

放課後、千里と千冬はたい焼き屋に来ていた。

千里は餡子、千冬はカスタードを食べている。

「…千里は運動神経良いからどこ入っても大丈夫だと思うけど。」

「…それ千冬が言う〜?千冬だって運動神経良いくせにー」

弄る口調で驚きの声を挙げた。

千冬はマスクを外し、たい焼きを口に運ぶ。

そしてまたマスクを付ける。

「…今更だけどさ、何で千冬はマスク付けてんの?」

本当に今更である。

その問いに、千冬は一泊置いて話す。

「…一番は安心するから、かな。」

千冬は千里を見ずに、晴れ切っている空を遠く眺めるように見ながら言う。

それは久しぶりに見た、千冬の少しばかり哀しそうな横顔だった。

確か…千冬がマスクを付け始めたのは10歳頃だっただろうか。

もう、マスク姿を見慣れすぎて忘れてしまったが。

千里はなんだかこれ以上聞いてはいけない気がして、残りのたい焼きを口に運んだ。

千里が飲み込んだ時、千冬がジッと千里を見ていた。

「…ん?千冬?どしたの?」

千冬はフッとマスク下で笑った。

「餡子。付いてるよ。」

トントン、と頬っぺたを人差し指で指す。

「…え?待って、うそ。」

右頬を触る千里。

そっちには付いていなかった。

「…違う。こっち。」

千冬はペーパーナプキンを取ると、そっと千里に近づき餡子を取った。

顔は触れられるほど、近い。

「…はい。取れたよ。」

「…おー!千冬、ありがと!!」

イケメンと急接近すれば、それはそれはドキドキする展開…なのだが、千里は違った。

普通に、何も気にすることなく普通にお礼を言った。

餡子を取った千冬が少しドキッとしていたというのに。

そう、千里はこの手に鈍感だった。

自分の…好意に気づかないほどに。

「…千里ってこういうとこ鈍感だよね。」

はーー…、と呆れたため息がこぼれる千冬。

「…何でいきなりディスってくるの!?」

何にも知らない千里は、ただただ驚くしかなかった。

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