第18話
17話:怪しい取り引き
「…おい、用意はできたか?」
フードで半分顔を隠した男が尋ねる。
「…あ?んなもんバッチリだ。…ほら」
路地裏。
陰で顔が隠れた女は、”ある物”を男に手渡す。
茶色の紙袋だ。
「さんきゅー」
男はそれを受け取ると、中身を確認するために袋を開ける。
中には…白い粉の入った透明な袋。
粉薬のような感じだ。
「…ん、バッチリだ。今回も上物だぜ!」
少し匂いを嗅いで、片手で丸を作ると、中身を袋に戻した。
「…じゃ、今回の取引も終了だ。ありがたく使えよ〜?」
「そりゃもちろん」
男は笑った。
(…や、やばいところを見てしまった…)
ある少年Aは、壁に身を隠しながら、その様子を目撃した。
パシャリ、と手に持っていたスマホで撮影し、そのまま家に帰った。
取引していた2人は知らない。
この現場を目撃されたことを。
***
『先生と生徒の怪しい取引!?』
堂々と大きく書かれた見出し。
掲示板に貼ってある、新聞部が毎週書く新聞である。
そこには、路地裏でとある先生と生徒が怪しい取引をしている、と言う記事が書かれていた。
丁寧に写真付き。
だが、撮った人は焦っていたのか、少しぶれている。
ザワザワと騒ぐ人だかりの中に、千里達と姿もあった。
「なにこれ?」
「…こ、怖いですね…」
千里は顔をしかめ、日菜子は驚いている。
そして、この記事が騒がれている1番の原因はーー
「…これ、木藤先生と達也先輩?」
そう、千冬の言う通り、見知った我が校の先生と生徒だったからである。
「…だ、ね。見るからに怪しすぎるけど…誤解な気がする」
普通にそう思うーーのと同時に、千里達は2人と交流がある。
他の生徒よりは仲がいい自信もある。
その為、性格や人柄は熟知しているつもりだ。
つまり、何が言いたいかと言うと…
「そんな事する方達ではないです…!きっと何かの間違いです」
日菜子が新聞を見ながら言った時ーー
「…あれ?なんだ〜この人だかり」
「もうすぐHRが始まるってのに…さっさと戻れ、学生ども」
「「「先生!先輩!」」」
聞きなれた声が聞こえ、その声の方向…右をむくと、本人達が歩いてきていた。
また、怒られていたのだろうか。
本当に良く2人でいることが多い人達である。
「なんだ〜、じゃ、ないですよ!先輩!この新聞見てないんですか??」
千里が言い、千冬と日菜子はうんうんと首を縦に振る。
「はぁ、新聞?見てねーけど?」
ボリボリと頭を掻きながら先輩は新聞に目を通す。
先生も、生徒を避けながら(と言うか、生徒が自然と退いた)眺める。
「「……なんだこれ!?」」
2人同時に呟いたのは、無理もない話である。
「…いや、いやいやいや。一体何を見てこう思ったんだよ!?まるっきりやってないけど!?」
たっぷり30秒ほど経って先輩は驚きの声を上げる。
「笑えないくらいおもしれー話になってんな。薬なんてやってたら十字締めにしてムショに突き出してるっつーの」
(もう、それは面白くないのでは…そして、素晴らしいくらい先輩に容赦ない…)
そこにいた全員が思ったツッコミである。
「きょうねせんせーまじで容赦ねー笑」
先輩だけはケラケラと面白そうに笑う。
慣れているのだろう。
…慣れてはいけない気がするが。
「…ところで本当に疑われることはしてないんですよね?」
千冬が先輩に問う。
先輩は、千冬の手前にいる日菜子に嬉しそうに軽く手を振ってから、急に真面目な顔つきになり、答える。
「まじでなんもしてねーよ。それに、これは…」
「あ〜これ、アップルパウダー渡した時か?」
先輩の言葉を繋ぐように、先生が思い出した!と言う口調で言った。
「「「………え??」」」
あまりにも予想してなかった答えに、場が困惑する。
「え、アップルパウダーて…?」
千里が?マークを浮かべる中、先輩は頷く。
「せんせーの言う通り!俺らはアップルパウダーを取引してたの!」
「じゃあなんで路地裏なんかで取引を?」
「そら、生徒と先生が学校外で会ってるとこあんま見られちゃいけねーだろ」
それに、学校に要らないもの持ち込んじゃいけねーからな、とあっけらかんと話す。
「お前がそれを言うな」
ゴンッと先輩の頭を拳を振り下ろしながら、先生がツッコむ。
「じゃ、じゃあパウダーを買うのになんで先生から?」
「それはせんせーの友達がケーキ屋やってるからな。友達価格で安くしてもらったんだよ」
本当ですか?と言う意味で千里は先生の目を見る。
先生はその視線に気づき、そうだ、とでも言うように頷く。
つまり、『怪しい取引』は全くの誤解だったわけである。
「…おい、この記事はまだここでしか広まってないのか?」
先生は周りに尋ねる。
「は、はい。」
「朝早くから来た人達なので…そんな広まってないと思います」
「スマホで撮ってる人もいなかったしね」
今まで様子見していた生徒達がそれぞれ答える。
そうか、と先生は一言言い、大きく息を吐いて、全員に聞こえるくらい大きな声で言った。
「…お前らは変にウワサを立てずにもう教室へ戻れ。これは私の方で処理しておく。…記事を書いた生徒は後で職員室に来てもらうがな」
それに合わせて予鈴が鳴り、ぞろぞろと生徒達は帰っていく。
怖いことがなくて良かった、と言う安堵を浮かべて。
残ったのは、千里達と先輩と先生だ。
「お前らも早く教室行けよ?」
そう言って先生は教室へ向かって行った。
「私達も、」「行こうか」
千里と千冬がそう言い、教室の方へ身体を向ける。
「…あ、お前ら!今日の昼休み、屋上な!」
後ろから声をかけられる。
先輩が手を振りながら言っていた。
「は、はーい?」
千里達は良く分からなかったが、手を振り返し、それぞれ教室に戻って行った。
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