第17話

16話:頼みごと


「今日から千里さんは回復です!」

「「おぉ〜」」

千里はVの字を作り、千冬と日菜子は拍手で迎えた。

「千里さんが元気になってなりよりです!…ノートを後で見せますね」

そう言う日菜子の手には、数冊のノートがある。

休んだ分の授業範囲を見せてくれるらしい。

「…うっやっぱ書かなきゃだよね…ありがと!日菜子」

日菜子はこくりと頷き、微笑む。

「…松村さーん、ちょっと良い?」

その時、クラスの人に日菜子は呼ばれた。

どうやら、委員会の事で相談があるようだ。

クラスメイトが委員会の冊子を持っていた。

「私、ちょっと行ってきますね!」

そう言い、日菜子はパタパタと駆けていった。

「「行ってらっしゃい」」

千冬は見送った後で、千里に尋ねる。

「…千里、ほんとに大丈夫?無理してない?」

日菜子には心配させるから言わなかったが、千里は少し無理をしているように千冬は見えた。

長年幼なじみとして見てきたから、だろうか。

なんとなく、分かるのだ。

「…そう見える?大丈夫!」

腕を曲げて、笑う千里。

「…なら良いけど」

少し納得していない様子の千冬だったが、本人が言うなら大丈夫だろう、と自分に言い聞かせた。


***


「千里ちゃん、今日のバスケの助っ人、お願いできる?」

放課後、パンッと両手を合わせてお願いするのは、同じ学年のバスケ部の部員だ。

「えーと、」

千里は困ったように笑う。

「…あ!病み上がりって言ってたっけ?でも、学校来れてるし、大丈夫だよね?」

嫌味っぽくなく、ただの質問と言う感じだ。

「…うん、大丈夫だよ!りょうかい!」

人差し指と親指で丸を作る。

「ありがとう!さすが千里ちゃんは頼りになるよ〜」

そう言って部員は去っていった。

「どういたしまして!」

その背中に手を振る。

見送った後、千里はため息をついた。

普段元気いっぱいの千里にしては珍しい光景だ。

(…ほんとは、若干体調悪いんだよね〜…)

千冬の言う通りである。

動けない、今すぐ帰った方がいい、ほどではないが、気持ち的にそう感じる。

だが、部員は本当に困っていそうだったので、千里は断りきれなかった。

お人好しである。

でも、頼られると言うことは、それほど活躍できているということ。

みんなの期待もある中、はっきりと体調が悪い訳では無いのに断るわけにはいかない。

「…頑張らなくちゃね」

自分に言い聞かせるように千里は呟いた。

…その様子を心配そうにこっそり眺める者がいた。

「千里さん…」


***


「…と、言うことがあったんです。千冬くん」

眺める者ーー日菜子は、眉を八の字に曲げて先ほど見かけたことを話す。

「千里、やっぱり体調悪かったんだ…だから言ったのに…」

呆れたように、だが、少し怒ったように千冬はため息を着く。

「…ど、どうしましょうか。今日は休ませるべき、ですよね?」

「そうだね、無理は禁物だから。千里、もう行ったの?」

教室を見渡すが、千里の姿はない。

「たぶんもう行ったと思います…」

「…じゃ、早く行こう」

それと同時に急ぎ足で千冬は教室を出ていく。

「今日は…っ体育館を掃除中なのでっ市民体育館でやるそうで…すっ!」

廊下を走って階段を駆け下り、グラウンドを走った日菜子は、息を切らしながら説明する。

「ありがとう。…千里、まだ市民体育館に行ってないと良いけど…」

日菜子とは反対に、全く息を切らさずに先頭を走っている千冬。

何やら焦ったように走る2人を、通りすがりの生徒達は不思議そうに見ている。

「おー?早川じゃん。今日は部活じゃないだろ?どうしたんだ?」

体育館の手前まで来たところで、千冬と同じ部活の生徒が話しかけてきた。

今からサッカーをして遊ぶのか、ボールを片手に持っている。

「千里を探してて…ちょっと用事が」

体調が悪い、と言うことは省いて答える。

「鈴鳴?うーん…あ、確かさっき校門の方に歩いてるの見たけど?」

「…!ありがとう」

千冬は聞いてすぐに走り出した。

日菜子もぺこりとお辞儀して千冬を追いかけていく。

「…何かよく分からんが頑張れー!」

2人の背中に応援の言葉をかけた。

良い同級生であった。


「…あ、千里いた…!」

千里はすぐに見つけられた。

髪に紅い花の髪飾りをつけているのが、特徴である。

スポーツバッグとスクールバッグを片手に、バスケ部の列の後ろを歩いている。

このまま走れば追いつけそうだ。

2人は最後の力をふりしぼり、少しスピードを速くした。

ちらりと千冬は後ろを向く。

ハァハァと息が上がった声が聞こえたからだ。

顔を真っ赤にして、苦しくしている。

「…松村さー」

「千冬くん!、は早く行ってください…!私は気にしなくて良いので…すぐ追いつきます!」

うん、と頷いて千冬は駆けていく。

その背中を見送りながら、日菜子は日頃から運動すれば良かったなぁと思ったのだった。


「千里!」

「…千冬!?どうしたの」

ようやく追いついた千冬は、一息つく。

千里はいきなり千冬が来て驚いたようだ。

周りのバスケ部員も、「なんで?」「どうしたんだろう?」と言う疑問を浮かべている。

「…千里、今日は帰るよ」

「…!!」

その一言で、千冬が何を言いたいのか分かったのか、千里はぐっと下唇を噛む。

「…大丈夫だよ、千冬。私はバスケできる」

「無理でしょ、病み上がりなんだから。こう言う時遠慮しちゃ、だめ」

バチバチっ

二人の間に火花が散る。

むむーっと睨み合っている。

そこに、ちょうど追いついた日菜子はなにがあったのかと肩で息をしながら驚きの表情を浮かべる。

その空気を割ったのはーー

「…あの〜私達そろそろ行かなくちゃ行けないんだけど…」

バスケ部の部員。

千里に助っ人を頼んだ人だ。

他の部員もうんうんと首を縦に振っている。

目は「部活、行けるんだよね?」と言う顔だ。

「…!ごめんね、すぐ行く!」

「千里!」「千里さん…!」

行こうとする千里の手を千冬は掴む。

千里はぐっと唇を噛み締める。

「…千冬、私はほんとにーー」

「千里、だめな時は言って。自分が大丈夫だと思っても、それは相手に心配をかけることにもなるんだよ」

「…!それは…」

分かってるけど、と千里は下を向く。

「現に松村さんだってすごく心配してたし、俺だってそう。相手を思いやるなら、たまにははっきり言うことも大事」

「そうですよ、千里さん!私も、今日は千里さんに休んで欲しいです」

日菜子も賛成のようだ。

「…千冬、日菜子…」

2人の言葉に、揺らぐ千里。

千冬達はしっかりと千里の目を見ている。

しばらくして、千里は大きく息を吸った。

そして、改めて部員達の方を向いて、話す。

「…私、ほんとは体調あまり良くなくて…今日はすっごく悩んでたんです…」

部員達の反応を確かめるように千里は辺りを見回す。

「…と、言うことでバスケ部の皆さん、今日は休ませてくれませんか!?」

ガバッと頭を下げる。

その様子に、ポカーンとする部員達。

しかし、

「…もちろん!でも、体調悪いならもっと早く言って欲しかったな」

こっちも気づかず頼んじゃってごめんね、と謝る。

「…ありがとう!」

千里は嬉しそうに微笑んだ。

じゃ、私達は部活行くねーと部員達は校門へ出ていく。

それを手を振りながら千里は見送った。

「…頑張ったね、千里」

ポンっと優しく頭を撫でる千冬。

「…えへへっ千冬もありがとね!」

振り向いて笑った千里は、いつもの笑顔に戻っていた。

「…あ!私、喉乾いたからお水買ってくる〜」

また学校の方へ戻る千里。

自由奔放だ。

それを面白そうに笑う日菜子。

そんな日菜子に、千冬は話しかけた。

「…松村さん、」

「はい?」

「千里、優しすぎるからたまにこう言うことあると思うけど…その時は、松村さんが助けてあげてね」

「……?」

どうしたんだろう、と日菜子は思った。

そう言った千冬は、どこか寂しげだった。

自分では、助けられないというように、…助ける資格がないと言うように。

同時に、日菜子は思い出した。

千里を見る時の千冬は、たまにどこか辛そうだったのを。

ただ、それを言うこともできなくて、日菜子は

「もちろんです」

と、返すしかできなかった。

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