第16話

15話:別人のような


ピンポーン

「…おーい、千里〜いるかー?」

チャイムを鳴らしながら、龍也は声をかける。

しばらくして、「はーい」と言う声と共に、千里が出てきた。

マスクにパジャマと、言い方は悪いが病人スタイルだ。

声は元気そうだがガラガラで、動けるくらいには大丈夫そうだ。

「……あれ?先輩?千冬が来ると思ってたんだけど…てか、家知ってましたっけ?」

様々な疑問が浮かぶ千里。

「…千冬ちょっと”用事”ができたんだとよ。住所は教えてもらった。…つか、さっさと家入れろ。」

千里も早くベッドに戻って休め、と半ば強引に玄関に入った。

「お前ん家って神社隣にあるんだな」

そう。

千里の家の隣には立派な神社が立っていた。

「…え、そこも私の家ですよ〜?そこは千冬から聞かなかったんです?」

「…まじかよ!?」

驚いた。

まさか、神社の家の娘とは。

とても見えないとは言わなかっただけ自分を褒めたいと思った龍也だった。

「それはそうと〜先輩、何か買ってきてくれたんですか〜?」

ニヤニヤといたずらっぽく言いながら、千里はこっちです、と部屋に案内する。

千里の部屋は、リビングの右手前の所だった。

「じゃ、私は寝てますからゆっくりしてくださいね〜」

千里はそう言って、ベッドに入った。

やはり、体調は悪いのだろう。

「りょーかい」

龍也はリビングの机に買い物袋を置いた。

机は大きく、椅子が8個あったので、8人家族なのだろう。

(すげー大家族)

棚には写真がいくつか飾ってあり、どれも笑顔だ。

入学式に旅行、誕生日など、色々あった。

千里より小さな子供が写っているので、たぶん千里が長女だろう。

「…ふっ見えね〜」

鼻で薄ら笑いながら、写真に目を通して行く。

(…あ、千里と千冬…)

幼稚園、小学校、中学校、高校…

2人が幼なじみとすぐ分かる、写真。

(…なーんかあの時はむしゃくしゃしたからつい言っちまったけど、普通に知人に会う事だってあるよな…会ったら謝っとこー)

根は優しい龍也である。

写真を見るのはここまでにして、龍也はお粥を作ることにした。

もちろん、作る前に台所を借りると許可をもらって。

許可をもらいに行った時、千里から

「…えっ!?先輩、料理できるんですか…?」

と、異様な目で見られた。

しばかなかった俺を褒めたい、と龍也は思った。

龍也はこれでも、料理は得意だ。

一人暮らしができる程度には、できると自負している。

日菜子ちゃんに何を買おうかと、考え事をしていたらあっと言う間に作ることができた。

「…おーい、千里。できたぞー食えるか?」

ガチャリとドアを開けると、千里は待ってましたと言わんばかりにこちらを向いた。

と言うか、言った。

手には漫画を持っていた。

「寝てろつったろ!」

「あいた!!」

思わず、デコピンをしてしまう。

これだけ元気なら、デコピンくらい大丈夫だろうと言う判断をした。

漫画は取り上げ、勉強机に置く。

千里が「あ〜!」と言ったが、またデコピンするぞ、とポーズを取ると、頬をふくらませながら断念した。

その変わり、お粥をやると、喜んで受け取った。

「…ふーふーして食わしてやろうか?」

勉強机から椅子を持ってきて、背もたれを前にして座る。

背もたれに手を置いてゆったりとした姿勢になる。

「子供扱い結構ですー」

んべっと舌をだし、パクっと食べた。

卵の入ったお粥にした。

「…美味しいー!先輩、料理上手だったんですね〜なんだか不服ー」

普通に褒めてくれたが、余計な一言が多い。

「姉貴が2人いるからな。アイツらはなんもできねーから変わりに俺がやってんの。…可哀想なイケメン弟だよ」

よよよとわざとらしく泣くフリをする。

「イケメンって自分で言いますー?」

面白そうに千里は言う。

だが、お粥を食べる手は止まらない。

「先輩も兄弟いるんですね」

「あぁ」

「私は5人いますよ〜弟3人と、妹2人」

まだちっちゃい子が多いです、とお粥が熱いのか、ふーふーしながら話す。

そして、最後の一口まで丁寧に食べ、ごちそうさまでした、と手を合わせた。

「お粗末さまー。ゼリーもあるけど、食うか?」

「食べます!」

シャキッと背を伸ばし、片手を上げて答えた。

ゼリーを軽く投げるようにして渡すと、千里は見事キャッチした。

パキッと言う音を立ててフタが開き、千里は美味しそうに食べる。

(…あの時の事…聞いてみようか…)

そんな幸せそうな千里を見て、龍也は言うべきか迷ったが、聞いてみることにした。

「…千里って千冬が街中でマスク外したところ、見た事ある?」

「えっないですけど…?」

驚いた顔をする千里。

なぜそんな質問をするのかと言う疑問と、普通にその疑問に対して驚いているようだ。

「そっか…」

(やっぱあれは、特例なのか…?)

「小さかった時はマスク付けてなかったんですけどね〜…なんか、10歳くらいの時?いきなりつけるようになって。それからかな」

別にマスク付けたからって千冬は千冬だから、気にしてなかったんですけどね、とゼリーを食べながら千里は言う。

(千冬がマスクを付けるきっかけが10歳の時にあったと考えるのが妥当か…そして、あの女も関係してたら、この前の疑問も解けそうだが…)

憶測で物事を考えてはいけない。

「…そっか。お前がそれ食ったら俺は帰るぜ」

「はーい!じゃあすぐ食べますね〜!」

冗談めかして言った。

「おい、スローで食え、スローで」

言い合って、目が合う。

「「……ぷっ」」

2人同時に笑った。

その時。

ガチャ。ドタドタドタッ!!

勢い良く玄関が開き、何人かの人が帰ってくる足音が聞こえた。

「「「千里姉〜!ただいまー!!」」」

「ちーちゃん、たーま〜(ただいま)!」

「ただいま、千里姉さん」

ひょっこり千里の部屋の扉から顔を覗かせたのは、話にも出ていた弟、妹達だった。

ちーちゃん、とは千里の事らしい。

「おかえり!優、秋葉、杏、冬、三矢」

その弟妹の名前を呼ぶ。

「…今日、千冬兄さんは?」

きょろきょろと辺りを見回す、少年。

「なんか用事できたんだって〜」

「そっか」

少年は頷く。

「ちーちゃん、なでなで!」

そう言って、ー多分1番年下であろうー三矢がとてとて、と千里に駆け寄ろうとする。

が、

「だめでしょ、三矢。今千里姉さんは風邪なの。近寄ったらだめなの。」

優しく諭すように、少年が、三矢の肩を掴んで止める。

雰囲気的に、長男だろう。

クールそうな黒髪イケメン。落ち着いているので、大人びている、とモテそうだ。

「…うぅ…」

そう言われ、涙を目にいっぱい貯め、寂しそうにする三矢。

「三矢ごめんね!…変わりに、この龍也お兄ちゃんが遊んでくれるから!」

「はぁ!?」

急に話を振られ、驚く。

「たちゅや、あそぶ?」

キラキラとした純粋な瞳で龍也を見てくる。

後ろで、千里もキラキラとした目で見てくる。

これを見ると、「姉弟だなぁ」と感じるものがある。

そして、その目に勝てるわけなく…

「…おっしゃ!このイケメン龍也兄ちゃんが遊んでやる!」

「やる!」

語尾を真似して、三矢が喜ぶ。

「早速遊ぼうね〜」と秋葉。

「ね〜」と冬。

「すみません、龍也お兄さん。よろしくお願いします」と優。

わー!と賑やかにリビングへかけていった。

優は小さい子達のランドセルやかばんを持ちながら、一礼して扉を閉めた。

本当にできた子である。

弟妹が出ていったのを確認すると、千里は龍也に話しかけた。

「…すみません!先輩。急にあんなことお願いしちゃって」

「良いってことよ!俺も別に子供は嫌いじゃねーしな。」

それに千里に貸一つ作れたし〜とイタズラっぽく笑った。

「今度、何かお礼しますね〜。そして、私は寝ます!」

そう言って布団に潜ると、すぐ寝息を立て始めた。

「…寝んの、めっちゃはえーな笑」

さて、俺は子供と遊びますか、と大きく伸びをして静かに千里の部屋を出た。


「俺は冬だ!もーすぐしょうがくいちねんせいになるんだぞ!」

指を1本立てて、『一の字』を作る。

「秋葉だよ〜13歳!中学二年生になるかな〜」

おっとりしていて、間延びした声をしているのは秋葉。

「…あ、杏です…!5歳になる…!」

秋葉の後ろに隠れながら、緊張したように話すのは杏。

「みちゅや!しゃんしゃい!」

まだ言葉があまり話せないのか、カタコトで話すのは、三矢だ。

そして、

「優です。俺も秋葉と同じく中学二年生になります。少しの時間ですが、弟達をお願いします」

やはり、1番大人びている。

「俺は風柳龍也。高校2年だな。普通に龍也呼びで良いぜ」

自己紹介をし終わり、龍也は疑問に思ったことを聞く。

「秋葉と優は双子なのか?」

顔は似てないが、二卵生の可能性もある。

「双子ではないですよ。俺達は年子なんです。」

「あ〜なるほど」

疑問が解決したところで、どーん!と背中に衝撃が来る。

「たちゅや、ぶー(あそぶ)!」

「…あ、あそぶ…!」

「遊ぶぞたつやー!!」

三矢、杏、冬が駆けてきた。

遊ぶ気満々である。

こうして、日が暮れるまで遊び尽くした龍也と鈴鳴家弟妹だった。


***


「しばらく運動したくねー…」

げっそりとして、腰をトントンと叩く龍也。

付きっきりで、しかもずっと全力で遊んでいたため、夕方にはガタが来ていた。

「先輩ありがとうございます!こんなに冬達が喜んでるの、久しぶりですよ〜」

千里も嬉しそうだ。

たくさん寝たからか少し元気になったらしく、玄関まで見送りに来てくれた。

弟妹達はすっかり遊び尽くして寝ている。

だから、今玄関にいるのは秋葉と、優、それから千里だ。

「それじゃ明後日、学校でな」

「はーい、先輩は明日、湿布貼って元気に来てくださいよ〜」

「うっせ!」

手を振って別れる。

なかなか楽しかった、と前を見ると…

「…千冬?」

千冬が家に入ろうとしていた。

どうやら、千里の家と真向かいの家らしい。

「先輩。…千里の見舞い、ありがとうございました」

「…それは良いんだけどよ、この前はその…態度悪くてごめんな」

ボリボリと後頭部を掻きながら謝る。

何に対してか、千冬が分かっていなくても良い。

それでも、謝っておきたかった。

「…別に良いですよ。俺は何も気にしてないです。」

それでは明日学校で、と言って千冬は家に入って行った。

全然怒っている様子もなく、いつもの千冬だった。

「…これで1つの悩みは解消、かな」

夕暮れに背を向けて、龍也は帰路に着いた。

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