第15話

14話:千里、風邪を引く


「…風邪引いた…」

千冬に届いた、1本の電話。

「だ、大丈夫?千里…」

それは、千里が風邪を引いたと言う話だった。

「大丈夫…ちょっとだるいだけだから…千冬は学校でしょ?行ってらっしゃい…」

喉が枯れているのか、ガラガラ声で、いつになく元気がない。

「うん。千里は安静にね、行ってきます」

少し心配だが、大丈夫だろう。

住宅街で、近所の仲は良い。

何かあれば助けになるだろう。

千冬は自分に言い聞かせるようにして、家を出た。


「ち、千里さん今日おやすみなんですか?」

驚いた顔を日菜子は浮かべる。

千冬はコクリと頷く。

(だから今日千冬くん元気ないんだ…謎にしゅんとした耳が見える…)

ちゃんと見ないと分からないが、千冬は元気がない。

そして、日菜子には幻覚だがしゅんとした犬の耳が見えていた。

「…だ、大丈夫ですよ!風邪は安静にしていればすぐ治ります!」

労いの言葉をかけるが、千冬は元気になる様子はない。

「…俺、千里が風邪引いた要因が分かってて…」

少し言いづらそうに言う千冬。

「えっ何かあったんですか?」

不安そうな顔を見せる。

「実はーー」

千冬が話した内容はこうだった。


***


「は〜暑いねー」

大きく伸びをしながら、千里は廊下を歩く。

「そうだね」

季節はもう夏だ。

いくら放課後の夕方とは言え、まだ少し暑い。

「…あ、そうだ!ホースで水にかかれば涼しいのでは!?」

キラッと目を輝かせながら、名案!と喜ぶ千里。

「だめ。全身濡れたら風邪引くかもでしょ」

それに濡れた姿を他の人に見せる訳には行かないし…と、言わなかったが、別の理由でも却下な千冬だった。

千里は女の子である。

いくら気にしていない千里でも、千冬がいればだめだ。

「えー?夏だから風邪は引かないって!…ッと、わ!?」

よそ見。

ちょっと前を見ておらず、千里はつまずく。

千冬が駆け寄るも遅く、千里は後ろの水道に転けた。

そして、こけた際に蛇口を捻ってしまう。

ぷしゃぁぁぁぁぁ。

見事、蛇口から水が溢れ、千里…全身にかかった。

そしてなんの偶然か、誰かがふざけてそのままにしたのだろう、蛇口が上の方向に向いていた。

これが、余計に水がかかった原因である。

「…大丈夫?、千里」

ポタポタと髪から水滴が落ちている。

ポカーンと千里はしばらく呆気に取られていた。

が、

「…ぷッあははっ!」

突然、笑いだした。

これには戸惑う千冬。

「何これっ!偶然水かかるとか…面白いね、千冬!」

うわ〜全身びちゃびちゃじゃん!と面白そうに笑いながら濡れた髪を絞る千里。

(………きれい)

夕方、窓、そして水しぶき。

全部、偶然。

偶然が重なったもの。

それだけど、千里の笑顔がいつもの倍、輝いて見えた。

「…くしゅっ」

千里のくしゃみで千冬は我に返る。

ふるふると横に首を振って、思い直す。

そんな事、思っている場合じゃない。

「ごめん、千里。風邪引くから早く帰ろう」

これ着て、と自分の上着を千里に羽織らせ、手を引く。

(…千冬も髪濡れてるのに…)

言えば良いのに、なぜか千里は言わなかった。

いつもなら言えるのに、今は言えなかった。

ちょっとモヤッとする千里。

手を引かれながら千冬を見る。

千冬は髪をかきあげて、自分も濡れている事に気づいたのか、少し驚いた顔をしている。

(ふふっ千冬、抜けてる…)

幼なじみの千冬はなんでもできる。

けど、抜けてる。

これを1番良く知っているのは千里だ。

「…千冬も案外抜けてるよね!」

隣に並ぶ。

「…いきなりどうしたの」

千里の言葉に少し驚きながらも、楽しそうに千冬は呟いた。


***


「…と、言う事があって、これで千里は風邪引いたと思うんだけど…松本さん?」

なんとも言えない顔を日菜子はしていた。

気持ちはそう、

(なんでそんなラブコメ展開があって進展しないんですか…)

答、千里だからである。

が、千冬に名前を呼ばれ、我に返る。

「言われたら、それが原因かもしれないですね…。…あぁ、千冬くん!そんな露骨に落ち込まないで下さい…」

今日は珍しい千冬でいっぱいである。

「珍しい千冬くんがいるって本当?」

「そうそう、なんか幽霊みたいになってるってーー…」

いつの間にか、ウワサを聞きつけた女子達が廊下に集まって、教室を見ている。

他のクラスからも来ている。

さすが、人気の千冬だ。

だが、そんな時間もすぐに終わった。

「おーい?お前ら早く教室戻れ」

木藤先生が、後ろから声をかける。

急に後ろから声が聞こえ、一瞬ビクッとなりながら、生徒達は帰って行った。

予鈴が鳴り、千冬達は席に着いた。

(千里のお見舞いのおやつ、何にしようかな)

そんな事を考えながら、教科書を開いた。


放課後。

千里のお見舞いに行くと話すと、日菜子も行くと言ったので、2人で買い物に行くことになった。

今は、近くのスーパーにいる。

「千里さん、何なら食べられますかね…」

うーんと悩む。

「千里はなんでも好きだよ。ラムネが特に好きかな。…でも今は飲めないからゼリーとか…」

「そうですね。ゼリーは良いかもしれません!せっかくならラムネも買いましょ、回復した時に飲めるように。」

少し悩んでりんごゼリーを取ると、日菜子はカゴに入れて笑った。

「そうだね、じゃあ買って来るから…」

そう言った時

ピコンッ

LINEの音が響いた。

どうやら、日菜子のようだ。

日菜子はトーク画面を開く。

「…あ、お母さんからです。…え、忙しいから店の手伝い…どうしましょう」

呟きながら、困っている。

会話の内容から、すぐ戻らないと行けないようだ。

「見舞いなら俺が行くから、安心して店の手伝いに行って。千里には伝えておくから」

そう言われ、日菜子は数秒迷った後、

「…よろしくお願いします!」

そう言って、スーパーを出て行った。

「さて、俺も行くかな…」

会計をして、千里の家を目指す。

が、

ピリリリッ

電話が鳴った。

急いで開く。もしかしたら千里からかもしれない。

「………。」

電話主の名前を見て、千冬は固まる。

でるべきか迷って、渋々でる。

マスクを取り、柔らかな笑みを浮かべた。

”彼女”の前ではそうすると決めている。

「…分かった、今行くね」

用件を聞いて、千冬は”彼女”の元へ急いだ。


「何すっかな〜」

ふんふんと鼻歌を歌いながら、先輩…こと、風柳龍也は街を歩いていた。

放課後はいつもぶらついている。

面白いことが好きな龍也は、良くゲームセンターやショッピングセンターに行く。

だが、最近は少し飽きてきた。

まぁ大体毎日通っているので、当たり前ではある。

それと…龍也の心境変化もある。

(…日菜子ちゃん…今日も可愛かったな〜!今日はLINEだけだけど…そういや今日は千里のやつ見てねーな)

いつも日菜子と一緒にいるし、元気なのですぐ分かった。

「…あ、そーだ!日菜子ちゃんに何かプレゼントでも送ろーっと」

だが、千里の心配はすぐに思いつきによって跳ね除けられ、龍也はご機嫌にまた歩き出す。

どこかで千里が「私の扱い酷すぎません!?」と、叫んでいるのが聞こえる気がする。

「…あれ?アイツ、千冬じゃね?」

歩き出した足はピタッと止まった。

向かいの道に、誰かと話している千冬らしき姿が見える。

(悔しいが、アイツはイケメン…早々誰かと間違える事はねぇから、アイツは千冬だな…)

ま、俺もなかなかのイケメンだがな!と自負しながら、謎に電柱に隠れて見る。

(…ん?今日なんかアイツ変だな…あ、マスクか!)

龍也の思った通り、目の前の千冬は、マスクをしていなかった。

しかも、いつもの数倍柔らかで、少し爽やかな笑みを浮かべている。

一見、良い意味で別人に見えるほど。

しかも、相手は…

(…お、女だ!)

上手く街頭に顔が隠れて、顔は見えないが、姿形で女性だと分かる。

何やら少し真剣な様子で話しているようだが…

「…アイツ、女っ気ないかと思ってたけど、以外とやる男なのか…?」

何か見てはいけないものを見てしまった気がする龍也。

あれは、傍から見ればカップルのようだった。

「千冬は千里の事、好きだと思ってたんだけどな…」

いや、絶対そうだと思い直す。

あれで好きじゃないと言われたらなんなのか。

そう思うとムカムカしてきた。

千冬に不信感を抱いていると、千冬が女性と別れた。

千冬はしばらく女性の方を見ていたが、すぐにマスクを着け、歩き出した。

龍也は咄嗟に千冬の元へ走った。

「…おい、千冬!」

「……先輩?」

少し驚いた様子で、間を開けて千冬が話す。

「…こ、これからどっか行くのか?行かねーなら…」

(あれ?俺何言ってんだ?普通に誰と話してたんだ?って言やいーだろ…何躊躇して…)

何やら無難な質問になってしまった。

後、考え方が何気に片思いする乙女のようだ。

「先輩、ひとつ頼みがあるんですけど」

そんな先輩を前に、千冬の方が口を開いた。

「…お、お〜なんだ?」

なるべく平然とした口調で聞く。

「…これ、千里に持って行ってくれません?」

「……は?」

そう言われ、同時に渡されたのはゼリーやラムネの入った袋。

(お前が行きゃいーだろ!?)

龍也の思った事が伝わったのか、申し訳なさそうに視線をずらす。

「…俺、ちょっと用事ができたんで、これから行けなくなったんですよ。…すみません」

頭を下げる千冬。

変な状況下にさらに混乱する龍也。

(と言うか用事ってさっき終わったんじゃねーの!?…あ、この後また会う感じか…?)

そう思うと、収まっていたイライラが戻ってきた。

「…分かった、良いぜ。」

「ありがとうございます」

ほっと息を着く千冬。

LINEで、住所も送ってくれた。

「…お前、好きなら気をつけろよ」

すれ違いざまにボソッと言い、龍也は千里の家へと向かった。

言おうとは、思っていなかった。

だが、感情が高ぶって言ってしまった。

振り向く事はなかった。

千冬の表情は見えずに。


今日の先輩は何やらおかしかった。

少し、怒っているように感じた。

「…見られたかな…」

千冬は遠くなっていく先輩を見ながら、呟いた。

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