第19話

18話:花火が見たい!


「先輩、私達になんの用です?」

もぐもぐと頬をふくらませて、口いっぱいにお弁当を食べながら千里は尋ねる。

「そんな冷たい言い方するなよ〜」

購買で買ったであろうパンを袋から取り出し、1口食べる。

今は、昼休み。

約束通り千里達は屋上に来て、今こうしてお昼ご飯を円になって食べている。

千里から時計回りに、日菜子、先輩、千冬の順である。

先輩は、食べかけのパンを袋に入れて床に置き、話を再開する。

「俺は、これに誘おうと思ったんだよ!」

バーンッと同時に出してきたのはーー

「「「花火大会??」」」

7月20日に行われる、毎年恒例の花火大会のチラシだった。

それを見た反応は…

「…行く!行きます!!…てか、ここ私の神社じゃないですか〜」

いの一番に目を輝かせたのは、千里だった。

「今年もやるんだ」

と千冬。

「良いですね!花火大会…あまり行ったことないので楽しみです…」

日菜子の嬉しそうな反応を見て、先輩は満足気に微笑むと、日菜子の手を取る。

それに日菜子は顔を赤くする。

「じゃあ俺と一緒に回ろ!」

「は、はぃぃ…」

日菜子はあまりの急な展開に追いつけず、目がうずまきになっている。

「とりあえずは4人で行こうぜ。現地解散!」

つまり、行くまでは4人で行き、後は二手に別れる、と言うことらしい。

「………。」

そう言った時、先輩は何やら意味深に千冬に視線を向け、ニヤニヤしていた。

千冬は無言で睨み返し、唐揚げを口にした。

そしてまた、謎の視線を感じる。

…隣からだ。

チラリと横目で見ると、千里がヨダレを垂らしながら千冬のお弁当を見る千里がいた。

目線は、卵焼きに向かっている。

千冬は察した。

「…卵焼き、食べる?」

「食べる〜!」

待ってました!と言わんばかりに元気に返事をする千里。

(…かわいい)

不意打ちの可愛さにキュッとなりながらも、卵焼きを箸でつかみ、千里の口に近づける。

「…はい」

「あ〜〜むっ!…ん〜んまぁ…」

1口1口噛み締めるように、千里は頬張る。

(…今、さらっと”あ〜〜ん”を!?まるで手馴れてるように!?)

その様子を、日菜子は見逃さなかった。

ちなみに先輩は、日菜子と花火大会に行けることが嬉しすぎて見ていなかった。

「やっぱり美味し〜千冬の卵焼き!」

何気ない一言。

「「…え?」」

だが、2人…日菜子と先輩の興味を引くのには十分だった。

2人が突然驚いたようにこちらを向いたので、千里と千冬は?マークを浮かべる。

「…それ、千冬が作ったのか??」

「…お料理もできるんですね…」

段々と千冬に…お弁当に近づいてくる2人。

「…な、なに…」

千冬も少し困惑したように後ずさる。

「…隙ありっ!」「…ごめんなさいっいただきます!」

同時に、卵焼きが2つ、ひょいっと奪われた。

「んっっま!?お前、料理もできんのかよ…」

「…悔しいですが、美味しいです…」

日菜子がこういうことに参戦するのは珍しいと思ったが、食堂魂に火をつけたらしい。

悔しそうにしながらも、美味しそうに食べている。

「卵焼き…ずるい…」

もう一個食べたかったとしゅんとする千里。

実は、千冬の作る卵焼きが好きだと言うことは、千冬も昔から知っていたので、千里のために多く作って持ってきているのだ。

まぁつまり、それを食べられて拗ねているのだ。

でも、千里はその千冬の優しさを知らない。

卵焼きをいっぱい作って来てる!半分食べさせて〜と言う感じである。

「また作ってあげるから…」

ぽんぽんと頭を撫でる千冬。

「お、もう1回作ってくれんの?」

「……先輩じゃないです」


***


昼休みも終わり。

お弁当を食べ終えた千里達は、片付けをした。

卵焼きを食べられて(別に千里のでは無いが)拗ねていた千里は、千冬にジュースを奢ってもらえると言うことで、一足先に出て行った。

屋上に残ったのは、日菜子と先輩。

「…仲良いよな、あの2人」

「幼なじみですもんね」

少し、沈黙。

「卵焼き、美味かったな」

「美味しかったです。千冬くん、何でもできますね」

また、沈黙。

(…先輩、いつもどの話題でも盛り上げるのに…どうしたんでしょう)

自分とでは盛り上がらないのかと、少し不安になる。

「…花火大会のこと、だけどさ」

「は、はい…」

しばらくして、先輩が口を開いた。

「…デートに誘ったってこととして、意識してね?」

日菜子の手を取り、キスするふうに近づけ、いつになく真面目な顔付きで言った。

「……へ…」

自分でも分かるくらい、顔が赤くなっていくのが分かる。

「…さ〜掃除に行くとするかー」

手をそっと離し、いつものいたずらっぽい笑みを浮かべ、何事も無かったかのように歩き出す先輩。

日菜子は、しばらく立ちすくしていた。

「…さっきの話、なんなの?」

そんな日菜子をハッとさせたのは、イラついた声だった。

前を向くと、手を組み、不機嫌そうな顔をした女の子が立っていた。

「…えっと…なんなの、とは…」

日菜子は混乱する。

そもそも、誰なのだろう。

「は?マジで言ってる?達也がなんでアンタみたいな地味女を誘ってんのって言ってるの!」

どうやら、彼女は先輩が自分を花火大会に誘ったことが不服らしい。

そんなこと言われても、自分は誘われた側なので、何とも言えない。

そして、達也と親しげに言うことから、同級生だろう。

「わからないです…すみません…」

日菜子は、とりあえず謝ることしかできない。

そう言うと、先輩は不機嫌だった顔を、さらに不機嫌にさせて、日菜子に近寄った。

「…マジで最悪。アンタが構ってもらってるのは遊んでるからよ。どうせ、そうに決まってる!」

何も言い返せない日菜子を他所に、先輩はため息を着き、不敵に笑った。

「アンタが遊ばれてる理由、考えてみる事ね」

そう言って、先輩は出て行った。

さっきの火照った感覚とは真逆に、全身が冷えていくのを感じた。

先程とは全く違う理由で、立ち尽くす。

(早く掃除に行かないと…)

そう分かってるのに、頭からは先輩の言葉が離れなかった。

耳元で、蝉の鳴き声がやけに煩く響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る