第21話

20話:私の知らない千冬


「…ん〜千冬、遅いなぁ…」

もぐもぐとたこ焼きを頬張りながら、辺りを見回し、首を傾げる。

千冬が飲み物を買いに行ってすでに数十分。

辺りに千冬の姿は見えない。

と、言っても、この人混みでは見つけるのは難しいだろうが。

千里はスマホで時刻を確認する。

時刻は7時半。

8時には、花火が打ち上げられる。

残り30分。

花火を一人で見るのは虚しすぎる。

(毎年千冬と見てるし、今年も見たいな…)

弟妹が多い千里にとって、1番年が近しいのは、千冬である。

そんな、友人との数ある中の思い出の1つだ。

「…よし、優しい千里さんが探しに行ってあげますか!」

千里は席を立った。

と、かっこよく決めた訳だが。

…その口元には、ソースが付いていた。


「…どこにいるかな〜千冬…」

予想しているのは、ラムネを売っている出店だ。

お互い、好みは熟知しているので、気の利く千冬なら、いる可能性が高いと思ったのだ。

とりあえずそこに行ってみよう!と、頭であった場所を思い返してみる。

たしか、本殿近くの方にあった気が…

「…分かってるよ、霞草。君は本当に真面目だなぁ」

そう思って向かった時、聞きなれた声が本殿横で聞こえた。

だが、その声はいつもより柔らかく温かくて、その話し方は、いつもよりくだけていた。

(…この声…千冬!?でも、なんかいつもと違う…)

声が気になった千里は、相手には見えない距離、位置の物陰に隠れる。

そして、顔を覗かせた。

そこにはーー。

「…やだなぁ。ちゃんとその話は考えてるよ!…忘れてなんて、ないから」

「…そう?それは良かったわ」

仲良さそうに誰かと話す、千冬がいた。

千冬、と断言できるのは、千冬に兄弟はいないからだ。

幼子の頃からずっと一緒にいる千里が、分からないはずがない。

まるで、

(…まるで、別人…)

千里は言葉を失った。

10年以上、千冬と一緒にいたが、あんな千冬は見たことがない。

それが、千里にとってはショックだった。

相手を見たかったが、何せ位置が悪い。

ここからでは、千冬の姿しか見ることが出来ない。

相手…声からしてたぶん女の人ーーは、ちょうど木のとこに立っているので、見ることはできなかった。

移動できれば良かったのだが、ここ以外では見つかってしまう。

他に隠れられそうなところは見つけられない。

なので、千里は相手のことは諦めることにした。

それより、気になることがあるからだ。

千冬が終始、にこにこと笑う(千冬はクールで、たまにニコッて微笑むんだよ〜!By千里)のもそうだが…

(…千冬が、マスク付けずに話してる…?)

そう、これが1番気になるところだった。

千冬は10歳頃から、人前ではマスクを必ず付けていた。

酷い時は、食事を人前で食べず、誰も千冬の素顔を知らないことがあった。

それでも、千里は何も言わず、変わらず過ごしてきた。

そのためか、千冬は少しずつ人前で顔を出すようになり、今では食事は普通にできるようになった。

今、そんな千冬がマスクを付けず、人前で話しているとなると、成長…とも言えるだろう。

しかし、それは"いつもの千冬"だった場合である。

別人に見えた千里にとって、そうは思えなかった。

モヤモヤ。

千里の胸に、モヤモヤと嫌な気持ちが膨らんでいく。

(…どういうこと…千冬…)

木に触れる手が、自然と強くなっていた。


***


一方その頃。

千里が千冬を見かけた同時刻、日菜子と先輩は、出店を回っていた。

達也はその頃、地獄の時間を過ごしていた。

原因は、日菜子の元気のなさである。

「なにか食べようぜ!日菜子ちゃんは何が好き?」

「私は特に…先輩が好きなのを食べてください」

冷たい口調では無いのだが、素っ気ない。

達也が自分の好きな物…(焼きそばやわたあめなど)を買って渡すことで、なんとか事なきを得た。

それもなのだが…

「…お、ヨーヨー釣りやってるじゃん!俺、得意なんだよね〜」

そう言って金を払い、魚釣りの針のような針が付いた糸をもらって、ヨーヨー釣りをするためにしゃがむ。

「日菜子ちゃんもやる?楽しいよ」

「…私は、大丈夫です…」

「…そ?」

何事も無かったように前に向き直し、ヨーヨー釣りを始めた。

「おにーちゃん、すげー!」

…結局、達也がたくさんヨーヨーを取り、子供達の人気を集め、囲まれただけだった。


(…ぜんっぜん会話弾まねー!!)

ダラダラと冷や汗が垂れる。

達也はやばい、と焦っていた。

チラリと、視線だけを日菜子に向ける。

なんと言うか、上の空で、良く楽しそうに相槌を打つ姿が、今日は見られない。

ほんとは来たくなかったんだろうか。

そんなことが、頭をよぎる。

結構見たり、遊んだりしたのだが、自分だけ楽しんでいるようにしか感じない。

盛り上げようとなんとか頑張ったのだが、今日の日菜子には効かなかった。

仲は悪くないものの、自分と日菜子には、まだ見えない心の壁、距離ができているのは感じていた。

自分が好きで近づいただけなので、迷惑だったのかもしれない。

(…やべ〜ショックすぎてネガティブ思考になってんなー…)

いやいや、と頭を振る。

まだ、日菜子からは何も聞いていない。

それなのに、勝手に想像でショックを受けるのはいかがなものだろうか。

多分、このまま行けば、花火を見る時もこんな感じであろう。

それだけは避けたい。

せっかく好きな子とデートできているというのに、あまりに悲しすぎる。

よーしと、大きく息を吸い、覚悟を決める。

「…日菜子ちゃん、今日…ほんとは来たくなかった?」

すると、日菜子は目を見開き、ぶんぶんと首を横に振った。

今日初めて、日菜子と目が合った。

「…そんなことないです…!ほんとに、楽しみにしてて…」

精一杯話す日菜子に、嘘は感じない。

少しだけいつもの日菜子に戻った。

その様子に、達也は優しく微笑んだ。

「…じゃあ、さ。ほんとのこと話してくれない?」

「………わかりました」

少しの間躊躇った後、日菜子は頷いた。

千冬と千里、日菜子と先輩。

2つの場所で、波乱の予感が幕を開けた。

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