第22話

21話:喧嘩


「…最近、先輩の事が、良く分からなくなってて…」

「…俺の事?」

先輩は意外そうな顔をする。

こくりと日菜子は頷く。

「…っはぁぁぁ…!」

日菜子が頷くのを見て、先輩は急に緊張が解けたように、ため息をついた。

「…そか、嫌いになったわけじゃないんだな。……良かった」

心からの安堵の表情。

「…嫌いになんてなってません…!私はーーきゃっ!?」

ドンッ

日菜子の背中に、急に衝撃が走った。

「日菜子!」

誰かの肘が、ぶつかったらしい。

「…大丈夫か?」

日菜子はこけることはなかった。

先輩が、支えてくれたからだ。

前に倒れた体は先輩に寄りかかり、先輩の手が、自分の背中に回っている。

もう片方は、手を握る形で支えられていた。

そしていつになく、顔が近い。

先輩の真面目な顔が、眼鏡なしでも、はっきりと分かった。

「だ、大丈夫です…」

日菜子は自分の頬が赤くなるのが分かりつつ、返答する。

「…人混みだし、席に座って話そ?」

「…だ、だめです、今ここで、話させてください!」

日菜子は、握られた先輩の手に、ギュッと力を込めながら言う。

今ここで話さなければ、多分自分は一生話せないと思ったからだ。

迷惑かと思った。が、

「…ん、分かった」

先輩は優しく微笑んだ。

日菜子は優しさに涙しそうになりながら、話を戻す。

「…良く分からないって言うのは、なんで"私なんか"に優しくしてるんだろうって思っちゃったからで…」

上手く言葉にできない。

「俺が日菜子ちゃんを好きだからだよ」

だから、私なんか、なんて言うな、と先輩は真面目な目つきで言う。

それでも、あの日屋上で女の先輩に言われた言葉が頭から離れない。

「…!嘘に決まってます…!遊んでるんじゃないんですか!」

「遊んでない。…日菜子ちゃんにはそう見えるの?」

「……私は…」

見えない。

そう言いたいけど、どうしても言えない。

もしかしたら遊ばれてるのかも、そう思ったら、そう言われてしまったら、それはとても、嫌だった。

自分の自身のない性格だからなのかもしれない。

返答に詰まってしまった。

だけど、先輩は嫌な顔1つせず、静かに、日菜子が話すのを待っている。

その無言の優しさに、言葉が次々と溢れ出す。

「…なんでいつも私に話しかけてくれるんですか。なんで褒めてくれるんですか。…なんで、優しくしてくれるんですか…!」

最後当たりは、涙でいっぱいだった。

自分がこんなに、激しく感情を出せるなんて思ってなかった。

先輩は、私に近づき、優しく涙を手で拭った。

「それは日菜子ちゃんが好きだから」

先輩の顔は、優しく微笑んでいる。

そして、小さく息を吸うと、

「好きだ」

目を見て、はっきりと答えた。

人生初めての、告白。

日菜子は目を見開き、あまりのことに言葉がでなかった。

ザワザワと回りが騒ぎ出す。

良く考えれば、公開告白である。

「…ご、ごめんな!こんなとこでいきなり…」

先輩は辺りのざわつきに気が付き、照れくさそうにポリポリと頭の裏をかく。

日菜子はそんな先輩が、急に不器用な、でも優しい先輩に見えた。

この人は遊ぶような人では無い。

そうはっきりと、思うことが出来た。

「…ごめんなさい。まだ、先輩の気持ちに答えることはできません。」

今度は先輩が目を開く。

「…そか。こっちこそごめーー」

「でも友達から、で良いなら、お願いします」

先輩の言葉を遮り、日菜子は涙ながらに微笑んだ。

先輩は少し固まって…

「………えっ!!?良い、の」

耳まで真っ赤になり、動きが燃料切れのロボットのようにガチガチだ。

「…もちろんです」

(…なんか、ちょっと可愛いかも…)

先輩が少し身近に感じて、日菜子は、なんだか嬉しくなった。

2人の距離が少し縮んだ、花火大会なのだった。


***


その頃、千里と千冬。

「千冬、」

千里は、話し終えたであろう千冬に話しかけた。

「…千里…!?」

少し、驚いたような千冬の顔。

お互い、若干の気まづさがあった。

「…千冬、マスク付けてなかった」

「…そ、れは、少し暑かったから…」

しどろもどろに答える千冬。

付け忘れたかと思ったのか、マスクを付け直すような仕草をする。

「嘘!千冬、1番暑い日でも絶対人前で外さなかったでしょ!」

そんな嘘が幼なじみに通用するとは、千冬も思わないはずなのに、話したと言うことはそれだけ今、千冬に余裕がないと言うことだろう。

「…それは、そうだね」

的を得たのか、もう隠す気もないようだ。

「ね!なんでマスク、外してたの!なんでコソコソ人と会ってたの?」

余裕がないのは、千里もだった。

なんでこんなにこのことが気になるのか、分からなかった。

「…特に何もないよ。千里には関係ないでしょ」

千冬は、何かを隠したいようだった。

"千里には関係ない"

ズシッと肩にのしかかった言葉。

まるで、蚊帳の外に放り出された気持ちになって、千里は更に感情的になった。

「…なんでそんな冷たいこと言うの…!」

「ごめん。だけど、俺だって何でもかんでも千里に話すわけじゃないよ」

落ち着いて、と千冬は買ってきていたであろうラムネを、千里に差し出す。

が、

ガシャンッッ。

千里は、思わず手を振り払ってしまい、ラムネのビンは床に砕け散る。

「…っ千冬なんてもう知らない!!」

千里は、ビンを割ったことを謝ることができぬまま、そのまま立ち去ってしまった。

千冬は眉を寄せ、ビンの破片を拾い上げる。

先を触ってしまい、少し血がでる。

「…ごめんね、千里。…まだ話せない」


***


「…うぅ…」

千里は、人前もはばからず、泣きながら家に帰った。

今は、縁側に座っている。

千冬が自分に何かを隠していることが、思っているよりショックで、頭から離れない。

現に、初めてだったのだ。

単に千里が気づいていないだけかもしれないが。

それでも、自分の中で千冬に嘘をつかれたのは今日が初めてだ。

(…何か、言い難いことなのは分かるよ。でも、でも〜〜!!)

千里はまだまだ子供だった。

言い難いことでも、話して欲しかったーー。

千里は、タンスの上から巾着を取り、中のものを出す。

その中には、ビー玉が入っている。

ラムネ瓶に入っている、透明のもの。

昔、花火大会に行くたびに、千冬が買ってくれたのである。

ビー玉を1つ、手に取って千里はごろんと寝転がった。

親指と人差し指でビー玉をつまんで、眺める。

それには、仲良さそうに話す小さな頃の千里と千冬が見えた…気がした。

「…千冬のばか」

消え入りそうな声で呟いた。

千里の気持ちとは裏腹に、夜空には花火が打ち上げられていた。

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