第41話

41話:墓参り


41話:墓参り


初めは、貴方のことが嫌いだった。

無理して、自分の感情を押し殺して笑っている貴方が……


            ***


ミーンミーン…とセミが鳴くこともなく、吹き込む北風と落ちた枯れ葉が地面に擦れる音だけが、辺りに響く。

バシャッと水が墓石に当たる音で千里は考え事を中断する。

千里はたわしで擦る。

今、千里達は墓参りに来ている。

話をし終えてから、霞草の方から「墓参りに行くんだけど、貴方も来る?」と言われたのだ。

今日は千冬はいない。

また別の日に来ると、断ったのだ。

「悪かったわね。突然着いてきてもらって」

花立の水を捨て、新しく花を飾りながら霞草が言う。

「いえいえ!私もお墓参り行きたかったですし…それに、そこは『ありがとう』ですよ!」

掃除していた手を止め、たわしを掲げながらにひっと千里は笑う。

その言葉が霞草にとって予想外だったのか、ほんの少し以外そうに目を見開く。

「……千冬がなんで貴方を好きのか、分かった気がするわ」

そう、小さく呟き、作業に戻る。

「…え?なにか言いました??」

千里は声が聞こえず、不思議そうに首を傾げる。

「いいえ、何でも」

それから、しばらくは無言で、集中して掃除をした。

終わったころには、すっかり墓石はピカピカになっていた。

お互い特に示し合わせることなく、手を合わせる。

「…初めて彼ーー千春くんと会った時。私は彼が嫌いだった…ーー」

数秒合わせ、目を開けたところで、霞草は語りだした。


          ***


「霞草、お前に将来結婚を進めたい婚約者がいる」

突然、親に言われた婚約者。

会ってみれば難病を抱えていて、にこにこと笑う人だった。

病気のことは、別にいい。

だけど、彼の微笑みが…嫌いだった。

昔の彼は何かを諦めたような笑みを、ずっと浮かべていたから。

傍から見れば柔和な、人よさそうな笑み。

…私には見えなかった。

(こんな人が私の婚約者…?今からでも父さんに…)

「暁さん、もうちょっとだけ…待ってくれないかな」

心を読まれた気がして、ハッとした。

45度ほど、起き上がらせたベッドに身を置いていた彼が突然、話す。

何を、とも聞き返すこともできずにいる私を見て、彼は眉を寄せてほほ笑んだ。

「僕とは初めて会ったし、暁さんが言いたいことは大体分かるよ。でも、こんな体の僕にとってこれは千載一遇のチャンスなんだ。簡単には終わらせたくない…!」

「……!…で、でも待ってってって。何もしなきゃ、変わらないじゃない」

その言葉を言うと分かっていたのか、自信ありげに口角を上げる。

「そこで、提案。来れるときで良いから、一週間必ず一日はここに来て話すこと」

「…それだけ?」

「それだけ」

呆気にとられている私に、何てことないように彼は言う。

「…でも、そんな簡単に人の気持ちは変わらないわよ。もしもの場合、どうする気?」

”もしも”

私の気持ちが変わらなくて、婚約をなかったことにする、場合。

「そうならないように、努力するんだよ」

「………!」

初めて、ちゃんと彼の目を見た気がする。

彼は弱々しくなんかない、柔らかくも、凛とした笑みを浮かべていた。


それから、千春くんと私は、毎週会うことになった。

と、言っても、彼は病院から出られないし、病室からもあまり動けない。

だから会う場所は決まってここ(病室)だった。

「暁さん、こんばんは」

「霞草…さん。仕事お疲れ様。今日は何したの?」

「霞草、今日は千冬が来たんだ」

千春は、毎回無表情で来る私を穏やかに迎えた。

楽しそうに今日あったことを聞いて、話して。

その変わらない日々を、繰り返し。

話す…たったそれだけのこと。

それなのに、彼と話すときはとても温かくて。

いつの間にか、私の雪で埋もれた芽(こころ)を溶かしてくれた。

私も気づかぬうちに、私の心が変わり始めた頃。

一度だけ…彼とデートをした。

「行きたいところって…どこなの?」

「ん、特に決めてないかな」

「………。」

あっけらかんと言い放った彼に、思わず視線で物を言う。

「ふふっそんな怒らないで。決めてないけど、決めてるから」

「……?」

取り合えず、海に行こう、と彼は言った。

「ここは好き?」

「きれいだと思うけど、何とも」

ザザーンと塩の匂いを漂わせながら、波が行ったり来たりする。

正直、春の海はすることがなさすぎて、暇だ。

好き、と言えるほどでも、嫌い、と言えるほどでもなかった。

「ここは?」「ここは?」「これは?」

ショッピングモール、路地裏、猫に野花。

千春は事あるごとに私に好きかどうか尋ねてきた。

それでも、私の心は”ここだ!”と叫ばない。

結局、夜になっても見つかることはなかった。

彼の質問の意図が分からない。

無断外出を看護師に怒られてでも、聞きたかったことなのだろうか。

「…ねぇ、霞草」

「何?」

最後に”あれ”だけ見たいと、病院内の中庭に連れてこられた私に、千春は尋ねる。

千春は車椅子に座っているため、目線を斜め下にやる。

「ここは、好き?」

彼の目に映るのは、満開の夜桜。

銀色の淡い月の光に照らされて、煌々と輝いている。

思わず、見入ってしまった。

桜のこの儚さが、千春と重なってしまったから。

「……好き」

自然と呟いた。

(…!これじゃ、告白みたい…)

撤回しようとして、遅かった。

「僕も好きだよ」

そう言って、優しく私の手を握った。

自然と指先と指先が、絡まりあう。

恥ずかしくて振り解いてしまいそうなのに、何故だか今日だけは…解けそうになかった。


          ***


「…親が決めた婚約者。幼い約束だし、どうせ自然と無くなると思っていたのに…」

話し終わり、霞草は吐き捨てるように言った。

千里に話すのではなく、自分に言い聞かせているようだった。

「そのまま関係は続いて、千冬とも出会って。それだけで良かったのに。もう、全て無くなってしまったわ」

淡々と霞草は語った。

悲しみも、怒りもない。

それら感情全ては、決心を付けたようだった。

「霞草さん、私…」

「良いの。千里さん、もう千冬とのあの関係は終わらせるわ。…元々、千冬くんが私のためについてくれた嘘だから。私はそれを知っていて、甘えてた。知った上で、勝手に”約束”として千冬くんを縛っていた。今まで…ごめんなさい」

「ううん。…霞草さんの決断は正解だったと思う。千冬…千春と婚約者になってくれてありがとう!」

『ありがとう』

そんな言葉が来るとは思わなかった霞草は、しばらく驚きで放心して…そして、小さく微笑んだ。

「変な人ね」

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