第6話

5話:りんご食堂


「…この間のお礼にぜひ、我が食堂に来てください!」

「…ふぇ!?」

千里は変な声を上げてしまった。


「…この前の…お礼?私何かしたっけ?」

教室で自分の席に着いて、その前に立つ日菜子を見上げている。

小首を傾げる。

「…えっ」

日菜子はガーン、とショックを受けたように顔が青くなっている。

「…き、昨日、私のペンを見つけてくれましたよね。それと、お友達になってくれたこと。」

慌てた様子で日菜子は説明する。

身振り手振りで教えてくれた。

「あぁ!そんな大したことしたと思ってなかったから…ごめん!」

パンッと手を合わせて謝る。

「…いっいえ。私も主語が足りませんでした。私が大きく言い過ぎましたね。」

あはは、と恥ずかしそうに微笑む。

「それで、食堂って言うのは?」

「…あ、はい。私の家が食堂を営んでるんです。…私も早く帰れた日は手伝いをしていて。ぜひ、食べに来て欲しいんです!」

(…日菜子、いつもより明るい。食堂、大好きなんだな。)

いつもより明るく楽しそうに話す日菜子を見て、千里は自分も嬉しい気持ちになった。

「食堂かー!やった!美味しいものが食べられるー!」

ワクワクする千里。

そしてふと目に千冬が止まる。

今は静かに読書をしている。

遠巻きに女子達が頬を赤く染めながら、読書をする千冬をガン見している。

(…千冬、性格良いからね。やっぱり人気者だ。)

千里、微妙な勘違いをする。

いや、性格が良いのは間違ってないのだが。

女子達が見ているのはまた少し違った理由である。

イケメンとは、大変なものだ。

「…ね、日菜子。」

「はい、何でしょう?」

キョトンとしている。

「千冬も連れて行っていい?幼なじみなんだよね。一緒に行きたいし。どうかな?」

その言葉に、日菜子の精一杯の妄想が膨らむ。

(…ち、千里さんは幼なじみだと言ってるけど…実はす、好き、なのかな?今日も一緒に登校してたし…好きだからどこでも一緒に行きたいとか!?)

千里に限ってありえない話を繰り出していた。

そして、日菜子は千里よりずっと乙女心は抜群である。

妄想はあらぬ方向へ進んで行った。

そして、それは別の視点から当てると、当たっているのだ。

「…も、もちろん良いですよ!千里さんのす…じゃない、お友達も大歓迎です!」

「そう?良かった。…千冬ー今日、寄り道ね!」

早速主語を外して予定を入れる千里。

「…え、うん。分かった。」

何がなんだか分からず頷く千冬。

朝から一つ、楽しい予定が入ったのだった。


***


「…部活、ですか。」

「うん、そ。」

千里は頷く。

次の教科…美術のため、移動するために廊下を歩いていた。

横一列に左から千冬、千里、日菜子の順で。

最早、いつものメンバーで締結

「私は家庭科部です。…元々、料理が好きで。」

照れたようにはにかむ。

千里さんは?と質問を投げかける。

「…私は弓道部かなー。でも、色んな部の体験したいから入っても別の助っ人に入るかもだけど。」

スポーツが取り柄だからー、と元気に笑った。

「…俺はハンド部入る。」

その言葉に千里が驚いた顔をする。

「千冬、ハンド好きだったっけ?」

その問いに千冬は首を振る。

「推薦。」

顧問が熱烈に勧誘して来たから、と少し疲れた様子で答えた。

千里の運動神経で薄れるかもしれないが、千冬も運動神経は良いのだ。

今もこうして部活の勧誘を受けている。

「…すみません。もう部活決めちゃったんで。」

それを丁寧に断りながら、教室まで後少しと言う所で、

「…るっせーな。ヤンキーババァ!」

「うるさいとは失礼な。ババァって言えババァって。…後、誰に口聞いてんだ説教常習犯。」

「はァ!?」

(((…ババァは良いんだ…)))

何やら聞き覚えのある声と男子不良生徒の声を耳にしながら、千里達は教室に入っていった。


***


「…では、今日は皆さんに粘土像を作ってもらいましょう。自分の顔を見ながら作るか、友達と作り合いでも良いわ。頑張って作ってね。」

ニコニコと穏やかに笑う先生に千里は引きつった顔を隠せなかった。

(…び、美術…しかも、明らかに差が見られる像とか…)

勘のいい人には分かるだろうが…

千里は絵心がなかった。

「…千里、三人で作ろう。」

半泣き状態で声のする方を見上げると、千冬が立っていた。

隣には日菜子もいる。

そう言われ、辺りを見回すと、もう自分以外の人達はグループを作っていた。

「…千冬〜日菜子〜!」

目をうるうる、とさせながら二人に抱きついた。


…とまぁ、そんな事はありつつも、千里達は一生懸命お互いを見ながら粘土像を作り上げた。

ちなみに誰が誰を作ったかと言うと、

千里が千冬、千冬が日菜子、日菜子が千里だ。

三角形でお互いを見合いながら作っていく。

それで、できたのだが…

できたものを三人の真ん中に置いたが、

「…何、これ…」

「…ど、独創的、ですね…!」

千冬は何か見てはいけないものを見てしまった顔、日菜子はフォローを入れている。

できたのは、

顔が変形した人らしきナニカ。

所々グナングナンで、目が左右対象でない。

…これのどこが千冬だと言うのだろうか。

その本人も返答に困っている。

「…ごめんー!美術はだめなのー!!」

土下座と言わんばかりに、体を曲げ、謝る。

「別にいいよ。…今更じゃない?千里。」

「…千冬〜」

そうである。

千冬と千里は幼なじみだ。

今更、何を隠そう。

別に驚く事などないのだ。

さて、意気消沈している千里は放って、二人の作品も見ていこう。

千冬のは、完璧、としか言いようがなかった。

美術が上手いと言われる人の部類に入るもので、先生に「展示させて欲しい。」と、言われたくらいだ。

日菜子は、女の子らしいほんわかとした可愛い像。

可愛い千里ができていた。

こちらも、先生からスカウトが来ている。

一方で千里は…

「…Excellent!この、何かとも分からない抽象的な像!ぜひウチの抽象画家展に展示させて欲しい!」

…と、猛烈なアピールを食らっていた。

ちなみに、この人はたまたま授業を見に来ていた画商である。

…常識の範囲内を超えた作品を探しているんだとか。

常識の範囲内を超えた。

「…何かも分かってないんじゃん!と言うか、褒めてます?それ。」

とまぁ、褒めてるのか貶されているのか分からない千里は、素直に喜べなかった。

「褒めてますとも!だからぜひウチに!」

「いーやー!」

言い合う画商と千里。

「…良かったじゃん、千里。」

「…そ、そうですよ!展示会ですよ、展示会。」

美術館に並ぶじゃないですか!と曇りの無い眼で喜ぶ日菜子。

本当に喜んでいる。

「…2人とも!上手いじゃん!!」

訳が分からなくなった千里は、取り敢えず言っておきたいことを叫んだ。

悔しさいっぱいに。


***


「…学校から歩いて15分くらいなんですよ。」

歩きながら日菜子が話す。

放課後。

千里、千冬、日菜子の三人は、日菜子のお礼として日菜子の家でもある食堂に向かっていた。

「へー。家が食堂って良いねぇ。…生姜焼きに酢豚にカレー…最高」

ジュるり、と涎を垂らす千里。

頭の中はもう料理でいっぱいである。

こうなった千里は、会話不能だ。

適当な答えしか出てこないであろう。

「…千里…」

呆れた顔で千聖を見つめる。

「…でも、本当に良いの?俺まで。何もしてないけど。」

その問いに日菜子は頷く。

「もちろんです。ゆ、友人…ち、千里さんのゆ、友人ですから絶対に良い人ですし。わ、私も仲良くしたいので!」

全然大丈夫です!とはにかむ。

「…何で緊張してるの?」

千冬は不思議そうに首を傾げた。

「日菜子〜!!なんて良い子!」

日菜子の純粋オーラ溢れる言葉に、涙涙で千里は思い切り日菜子に抱きついた。

そんなこんなでワイワイしている間に、店の前に着いていた。

「…ここが私の家、兼食堂です!」

改めて日菜子が説明する。

手で店を指している。

「…りんご食堂…可愛い名前~!ね、千冬!」

「…うん、可愛い。」

クイッと小さく袖を千里に引っ張られながら頷く。

「とりあえず入ってください!」

日菜子に笑顔を向けられ、3人は中へ入っていった。

「…いらっしゃいませー!…あら?」

元気に挨拶し、日菜子の後ろに続く千里達の存在に気づく。

「た、ただいま、お母さん。」

千里達を自分の家に呼んだからか、少し緊張気味の日菜子。

「お帰り、日菜子。今日は友達連れてきたのね。ゆっくりしていってね。」

柔らかく微笑む日菜子のお母さんは、日菜子そっくりだった。

いや、日菜子がそっくりと言うべきか。

物腰柔らかそうで、優しそう、と言うのが第一印象の人だ。

千里達は目の前のテーブルに座る。

4人掛けのテーブルだ。

内装全体はと言うと、ドアを開けるとすぐ、前にキッチンとカウンターが見える。

その手前に4人がけのテーブル席があり、千里達はそこに座った。

日菜子は、最初、自分は店を手伝うと言ったが、母親に「今日は良いわよ。友達と仲良くしてなさい!」と言われ、最初は戸惑ったものの、嬉しそうに席に座った。

一息ついたところで、お母さんがそれぞれに水を配る。

「まさか、日菜子にこんな可愛い友達が2人もできるなんてねぇ。…嬉しいわ。」

お母さんはにこにこと、嬉しそうな笑みを浮かべた。

「可愛いなんてそんな〜えへへ!」

千里は照れ照れとし、調子に乗っている。

(可愛い…俺も…?)

と心の中で疑問の残る千冬。

日菜子は気恥しそうに下を向いている。

少しして、お母さんは「腕によりをかけるわ!」と言って、調理場に戻って行った。

「日菜子のお母さん、すっごく良い人だね!」

メニューに目を通しながら、千里は言った。

「ありがとうございます!私の自慢の母なんです。」

日菜子は嬉しそうに微笑む。

「…店の雰囲気も良いよね。俺、こういうところ好きだよ。」

「分かる〜!」

千里のは大きく頷いた。


***


「…はい!お待ちどうさま!」

「わ〜!」「お〜」

お母さんの元気な声と共に、温かい料理が運ばれてきた。

千里は生姜焼き定食、千冬は焼き魚定食。

日菜子は野菜炒め定食にした。

千里は最後まで肉か魚か、その他もろもろ迷っていたが、千冬の「半分わけっ子する?」と言う提案により、決めることができた。

今は生姜焼きを1口食べた後に、美味しそうに千冬の焼き魚を頬張っている。

千冬は何口も食べる千里を止めはしない。

むしろ、もっと食べて良いよ、と言う顔さえしている。

お母さんである。

日菜子はそんな仲のいい二人を見て、自然と顔がほころんだ。

「千里、頬にご飯つぶついてる。」

「んぇ?どこ?取って〜千冬!」

千里が千冬に指摘され、振り向く。

「…はいはい。」

少し呆れた口調で千冬は千里についているご飯つぶを取った。

「ありがとー!」

千里は特に気にせずお礼を言い、また美味しそうにご飯を食べ始めた。

(あ、あんなに至近距離でもドキドキしないんだ…さすが幼なじみ…)

日菜子は千冬の方を見た。

そこには、普通に食事をしている千冬が居る。

だが、耳がほんのり赤い。

(……もしかして、千冬くんって…)

ごくん、と唾を飲み込む。

好意に気づかない千里と、静かに恋心を寄せる千冬。

それの間にいる自分。

(…あれ…?これは大変な立場になっちゃった…!?)

薄々気づいてしまった日菜子は、頭を抱えることになった。

顔を赤くして。

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