第25話 前世の従者とメイド喫茶③

「ま、待て待てアリシア!別にこの名称や食べ物に愛の意が込められてるわけじゃなくて、あくまでもそういうことを売りにしてるってだけだからそこまで怒るようなことじゃない!それに、これが嫌なら頼まなければ良いだけの話だ」


 俺がそう伝えると、アリシアは目を輝かせて言った。


「流石はアレクティス様です!商品や売り物に関する知識だけでなく、現状での対応策までお話になられるとは!確かにその通りですね!では、他のものを注文させていただきましょう!」


 ……俺の言葉に対してとても素直に受け止めてくれるというのはなんとも前世の主人冥利に尽きるが、もう少し俺以外の人間、特に女性に対して柔軟な考えを持つことができないものか。

 そんないつ叶うのかもわからない願いを抱きながらも、俺たちはその後もメニュー表を捲り続けた。


「……」


 メニュー表に出てくる商品はどれもそういう系というか、平均して二つから三つはハートマークが使われているようなものばかりで、結局食べ物のページは全てそのまま捲ってしまったが、次にドリンクのコーナーが出てきた。

 すると、アリシアが言う。


「どうやら、紅茶があるようですね」


 紅茶……そう言われて俺が紅茶という文字を探すと────


『癒しの紅茶』


 確かに紅茶があった。

 ……紅茶の商品名に癒しの、と付いていたら少なくとも普段であればかなりの違和感を抱いていたと思うが、この紅茶とは比にならないほど衝撃の強い商品名の数々を見てきた俺は、もはやこのぐらいではなんとも思わなくなっていた。


「頼んでみるか?」

「はい」


 ということで、俺とアリシアは長いメニュー表捲りとの戦いの末、ようやく商品を注文すると────


「お待たせいたしました〜!癒しの紅茶です!」


 そう言って一人のメイド服を着た女性が、俺たちの前に二つの紅茶を差し出してきた……俺がその人に対して「ありがとうございます」と言って早速紅茶に口を付けようとした時────アリシアは、それを制止するように言った。


「お待ちください、アレクティス様……アレクティス様が私以外の女性、それも私以外のメイドの紅茶を飲むというのが嫌というのも大いにありますが、それ以上にアレクティス様が美味しくないものをお飲みになられるのはもっと嫌なため、ここは私が先に飲ませていただきます」

「……わかった」


 そこまで気にしてもらわなくとも良いが、これもアリシアの俺に対する優しさ、素直に受け入れよう。

 ということで、俺はひとまずティーカップから手を離すと、アリシアはティーカップを手に持ってその香りを堪能し、それを喉に通した。

 そして、小さな声で言う。


「やはり、アレクティス様にお飲みいただかなくて正解でした……紅茶を主としていない現代の方達でしたらこれで満足いただけたと思いますが、これでは我々のことを満足させることはできません」


 アリシアは、俺にずっと紅茶を淹れ続けて来てくれていたというだけあって、俺以上に……というか、前世の中でも紅茶に対して指折りの知識を持っていた。

 そんなアリシアがそう言うのであればその評価はきっと正しいのだろう────なんて考えていると、次にアリシアはティーカップをテーブルの上に置くと突然席を立った。


「ア、アリシア?何をするつもりだ?」

「アレクティス様には、少々こちらの席でお待ちいただきたく思います……すぐに済ませますので」

「だから何を────」


 俺がそう聞いた時にはアリシアはもう動き出しており、近くに居たメイド服を着た女性に話しかけると他のメイド服を着た女性も集めて、俺に会話内容は聞こえないが何かを話していた様子だった……そして、最初は動揺していた様子のメイド服を着た女性たちだったが、次第に顔が明るくなり────アリシアが俺の方へ歩いて来た頃には、とても明るい表情でアリシアに頭を下げていた……それも、俺たちがここへやって来た時とは比にならないほどに、文字通りメイドらしい深さで。


「アリシア、一体何をしていたんだ?」


 戻って来たアリシアに対して俺がそう聞くと、アリシアが微笑んで言った。


「メイドというものに関する最低限の知識をお伝えしてまいりました……どうやらこの店は売り上げが下がっていたようですが、今後は私が教えたことを実践すれば売り上げが上がりそうだと喜んでおられましたよ」

「そ……そうか」


 ……色々と思うところはあるが、最終的にあの人たちのためになっているのであれば良いか。

 その後、俺とアリシアはそのまま料金を支払うとメイド喫茶から出て、一緒に黒のリムジンに乗った。

 そして、そのソファに座ると、アリシアはティーカップとティーポットを出して、俺に紅茶を差し出して来た。


「……」


 俺はこのリムジンには本当になんでもあるなと思いながらもそのアリシアの淹れてくれた紅茶に口を付けた。


「アリシアの淹れてくれた紅茶はやっぱり美味しいな」

「ありがとうございます」


 そう言って、俺に頭を下げるアリシアのことを見て、俺はふと今日の体験を通じて思ったことを口にした。


「アリシア……今日あのメイド服を着た人たちのことを見て思ったが、俺はやっぱりメイドとかメイドじゃないとか関係無く、アリシアと一緒に居たいみたいだ……メイド服を着ていなくても、書面で主従関係なんて結んでいなくても、アリシアが近くに居て欲しい」

「……っ!?そ、それはもしや、私の気持ちを受け入れていただけるということですか!?でしたら、今すぐにでも式を────」

「そ、そうじゃない!俺は────」

「ご安心ください!会場の候補はいくらかあるのです!」

「だからそういうわけじゃないって言ってるだろ!」


 その後、俺はしばらく時間を使って式を挙げるというアリシアの誤解を全力で解いた……俺が前世でアリシアの主人でさえ無ければアリシアの気持ちを受け入れても良かったが、前世でアリシアの主人であったことを否定するということは今の俺たちの関係性の否定にも繋がる。

 そうだ、俺は絶対にアリシアの気持ちを受け入れない────受け入れてはいけない……ここまで真っ直ぐに気持ちを伝えて来てくれているアリシアの気持ちを受け入れられないというのは苦しさすら覚えるが、これも仕方の無いことだ。

 俺は、侯爵家のアレクティスとしてこの苦しさを今後も背負っていくことを、改めて心に決めた。

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