第41話 前世の従者が背負っているもの②

◆◇◆

「ゴホッ、ゴホッ」

「アレクティス様、こちらの薬草入りのお湯をお飲みになられてください!」

「あぁ、ありがとう、アリシア」


 アレクティスが咳をし始めた頃、アリシアはアレクティスの病ができるだけ早く治るようにと体の不調によく聞く薬草入りのお湯を入れていた。

 物理的な損傷や状態異常の場合は魔法で治すことができるが、アレクティスが今冒されているのは病。

 魔法などに関係なく体内で起こるものには、魔法というもので太刀打ちするのは難しく、この世界においては薬草や漢方といったもので対処する他無かった。


「アレクティス様、私がアレクティス様の悪い病を倒してあげますから、安静にしていてくださいね!」

「元気なアリシアを見ていたら、すぐにでも治りそうだな」


 それからも、アリシアは動けないアレクティスの代わりにアレクティスの病をどうにか治そうと、動き回って様々な手を試した。

 薬草や漢方はもちろんのこと、効果が無いと切り捨てていた回復魔法等も試した……が、アレクティスの病状は良くなるどころか悪化するだけだった。


「アレクティス様は私のことをお助けくださったのに、いざアレクティス様が苦しまれている時に、私はそのお力になれないなど……そのようなことは、絶対に……」


 アリシアは、幼い頃身寄りが無かったが、幼い頃から容姿が整っていたためその容姿に目をつけた男爵の貴族がアリシアのことを雇う、という名目で隷属させようとしていた────そんなところにアレクティスが現れ、アリシアのことをとても温かく迎えてくれた。

 身寄りの無かったアリシアの心に、そのアレクティスの行動がどれだけ大きな影響を与えたのかは言うまでも無い。


「アレクティス様があの時私のことを助けてくださったように、私も、アレクティス様のことを……」


 そう願うも、その願いが叶うようなことは現実にならない。

 童話の世界であれば、万能薬によってアレクティスの命が助かるといったこともあったのかもしれないが、現実は童話ほど優しい世界では無かった。

 アリシアがベッドの上で横になっているアレクティスの前で座り、無力感に襲われていると、アレクティスはどうにか重たい腕を上げてアリシアの頭に手を置いて言った。


「アリシアはよく頑張ってくれた……俺の命が助からないことは自分の体だから俺が一番よくわかるが、アリシアが気に病むことはない……俺は、本当に感謝してる……この家には俺とアリシアから居ないから、俺が死んだ後、この家の財産は全てアリシアが継いでくれ……アリシアならきっと、良い使い方ができるはずだ」


 そう告げるアレクティスの、自らの頭に置かれた手を両手で握ると、アリシアはどうにか絞り出した声で言った。


「な、何を仰っているのですか、アレクティス様!アレクティス様がお亡くなりになるなど、ご冗談でも口にして良いことではありません……私はまだ、アレクティス様に……」


 だが────その後間もなく。


「……アリシア、お前は本当に、俺にとって良き従者……だった……」

「アレクティス様……?アレクティス様!……私は、来世があればアレクティス様の元へ赴き、今度こそアレクティス様のことを身も心も深く愛することをここにお約束いたします……!」


 アレクティスがその命を落とすと、アリシアは涙を流して自らの無力感と後悔に打ちひしがられた。

 もっとできることは無かったのか、アレクティスに助けてもらったのにアレクティスのことを助けることができなかった。

 そして、さらに仕えるべき主人と愛している男性を失ったアリシアは、もはや生きる意味を見出せなかった。


「申し訳ございません、アレクティス様……アレクティス様のことを助けることができず、私だけ生きながらえるなど、私には……」


 その後、アリシアはアレクティスから継いだ財産を全て孤児院の方に回すと、アレクティスのことを抱きしめたまま今世を去った。



◆◇◆

「────ですから、私が前世のことで苦しんでいることというのは、前世でアレクティス様のことをお助けすることができなかった無力感と、私のことをお助けくださったアレクティス様のことをお助けできなかったことです」


 アリシアの話を詳細に聞いた俺は、改めて主人失格だと感じた。

 アリシアが前世で俺の死について思い詰めていることなんてわかっていたはずなのに、これまでそれに至る深い話をしてこなかった……本当なら、この世界で前世の記憶を取り戻して、すぐにでも話すべきこと……本当に、主人失格だ。

 何度も自分に言い聞かせることは可能だが、俺が今すべきことはそんなことでは無いとわかっているため、俺はアリシアに言う。


「アリシア、アリシアは勘違いをしてる」

「……勘違い、ですか?」

「あぁ……アリシアは俺のことを助けられなかったと思っているようだが、それは大きな勘違いだ……俺は間違いなくアリシアに助けられていた」

「ですが、アレクティス様は……」


 前世で俺は亡くなった、だから俺のことを助けられなかったと言うアリシアの気持ちもわかるが────そうじゃない。


「俺は前世で死んだ時も、死ぬ直前も……普段の生活の時でも、ずっとアリシアが居てくれたおかげで、体はどうであっても心だけは間違いなくずっと幸せだった……もしアリシアが居なかったら、俺はきっと、体が死ぬ前に心の方が先に死んでいたと思う……でも、そんな俺の心は、アリシアが居てくれたから体が死ぬその瞬間までずっと幸せに生き続けることができたんだ……だから、アリシア────俺の心を助け続けてくれて、ありがとう」

「っ……!アレクティス、様……!」


 俺の名前を呼んで涙を流し、その涙を拭い始めたアリシアに近付くと、俺はアリシアのことを抱きしめ────ようとした時。

 アリシアは、涙を拭う手を止めて、涙を流しながら俺に大きな声で言った。


「私は……私は今、アレクティス様に抱きしめていただきたくなどありません!それよりも、次はアレクティス様の苦しまれていることを私に教えてください!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る