第42話 前世の従者は今世の恋人になる

「俺が、苦しんでいること……」


 アリシアが背負い、苦しんでいることを聞いた後は俺が苦しんでいることも全部話すと俺は言った。

 だが、こんなことを言ったところで、アリシアを困らせるだけ────


「アレクティス様は、そのお優しさ故に考えなくて良いことまで考え過ぎてしまう癖があることを私は知っているのです……ですから、アレクティス様は他の余計なことは考えず、ただアレクティス様の苦しまれていることを私に教えてください」


 涙を流しながらも優しい表情でそう言ってくれるアリシアのことを、今から言う俺の言葉によって困らせてしまうと考えると言うのが憚られてしまうが、アリシアがここまで言ってくれたのなら俺も言うしかない。

 俺は、今まで言うことのできなかった、前世から苦しみ続けていることをアリシアに伝えることにした。


「俺が苦しんでいるのは────アリシアのことを、愛したくても愛せないことだ」


 そんな俺の言葉を聞いたアリシアは、その俺の言葉が全くの予想外だったのか体全身の動きを止めた。

 そして、少し間を空けてから小さな声で言う。


「私のことを……愛したくても、愛せない……?……でしたら、アレクティス様は前世でも今世でも、私のことを愛したいと思ってくださっていた、ということですか?」

「そうだ」

「っ……!」


 俺がそう伝えると、アリシアは目を見開いて再度涙を流し始めると、俺の体にしがみつくようにして、涙声でありながらも大きな声で言う。


「どうして……どうして今までそのことを教えてくださらなかったのですか!」

「愛したいっていう思いがあったとしても、結局愛することができないなら、こんなことを伝えてもアリシアに半端な物を残して困らせてしまうだけだと思ったんだ」

「仮にその愛が実ろうと実るまいと、アレクティス様が私のことを愛したいと思ってくださっていることによって私が幸せを感じることがあったとしても困ることなど一切ありません!!実際、私は今までアレクティス様がそう思ってくださっていたのだと知って、幸せな気持ちで満たされそうになっています……」


 声を震わせながらそう言ったアリシアは「ですが」と前置きすると、俺の体にしがみついている手の力を強めて言った。


「私にはわかりません……どうしてアレクティス様は私のことを愛したいと思ってくださっているのに、私のことを愛せないのですか?どうして前世の時、お亡くなりになられる間際ですら、私の愛を受け入れてくださらなかったのですか?」


 ……アリシアと向き合う覚悟でアリシアとこの場所で話すことを決めたが、実際に目の前のアリシアが涙を流して、俺のせいで悲しそうでありながらも嬉しそうで、苦しそうにしているのを見るのは胸が痛いな。

 だが……アリシアと向き合うと決めたからには、ここまで来て引き下がることなんてできない。


「アリシアのことを愛せな理由と、俺が前世で死ぬ間際でもアリシアの愛を受け入れられなかった理由は別々だが、ちゃんと両方とも話す……まずは、俺がアリシアのことを愛せない理由だが────」


 その後、俺はあの日ジェイコブと話したことを全て話した。

 そして、さらに続けて言う。


「────だから、俺はそのジェイコブとの一件から、絶対にあいつと同じようにはならないと決めて、アリシアのことをそういう目では見ず、アリシアの主人としてアリシアの幸せを導いていこうと誓ったんだ」

「っ!!」


 俺がそう全てを話し終えると、アリシアは強い思いの込められた声で言った。


「どうして、お一人でそのようなご決断をなされてしまったのですか!どうして私にそのお話をもっと早くお聞かせくださらなかったのですか!アレクティス様は、何もわかっておりません!私は、アレクティス様が主人だということなど関係無く、アレクティス様のことを愛しているのです!ですから、ジェイコブさんとは何もかもが違うのです!」

「だが、主人として────」

「私が愛しているのは主人ではありませんっ!アレクティス様なのです!!」

「っ……!」


 アリシアが愛しているのは、主人ではなく、俺……


「そうだ……俺が、愛しているのも……」


 俺が愛しているのも、従者じゃなくて────アリシアだ。

 そんなこと、とっくにわかっていたはずなのに、どうして、俺は今まで……

 俺は、今の感情を現すように、アリシアのことを強く抱きしめる。


「主従関係なんて関係無いと言いながら、結局前世でも今世でも主従関係に囚われていたのは俺の方だった……今まで、俺のせいで……っ」


 アリシアは、そんな俺のことを優しく抱きしめ返してくると、先ほどまでの強い言葉ではなく優しい声音で言った。


「アレクティス様……お聞かせください、前世でお亡くなりになられる間際ですら、私の愛を受け入れられなかった理由とは、一体どのような理由なのですか?」

「それは……やっと愛が通じたと思った相手がその直後に死ぬなんて辛い思いを、アリシアにさせたくなかったからだ」

「アレクティス様らしい、とてもお優しい理由ですね……ですがアレクティス様、今世ではそのような心配も無いのでは?」

「……あぁ、無い」

「でしたら、アレクティス様……改めてお伝え────」

「待ってくれ、アリシア……その言葉は、俺に言わせてくれ」


 抱きしめ合ったまま俺がアリシアにそう伝えると、アリシアは俺の言った通りに口を閉ざしてくれた。

 ここまで来て、その言葉をアリシアに言わせるわけにはいかない。

 これまで散々アリシアのことを苦しめてしまった俺が、今更こんなことを言う資格があるのかもわからない……それでも。


「アリシア、俺は……アリシアのことを愛してる!だから……俺と付き合ってくれ、アリシア!今世こそ、必ずアリシアのことを幸せにしてみせる!」


 俺が力強くそう伝えると、アリシアは俺のことを抱きしめる力を強めて今までに聞いたことがないほど嬉しそうな声音で言った。


「私もアレクティス様のことを愛しています……これからは恋人として、アレクティス様のことを幸せにして差し上げることを誓います」


 そう言ってくれたアリシアのことを抱きしめる力を強めて、俺は力強く言う。


「俺も、アリシアのことを恋人として幸せにすることを誓う」


 ────こうして、前世の従者は恋人へ。

 ────そして、前世で一人誓った前世の誓いは、新しい形となって今世の二人の誓いへ。

 ────俺たちはこの日から、主従関係ではなく文字通り恋人同士となり、互いの幸せを誓い合った。

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