第32話 前世の従者とホテル④

◇継条輪(アレクティス)side◇

 目を覚ました瞬間に、俺は体がいつもとは違う感触に包まれていることに気が付いた……いつもの布団やベッドとは違う感触。

 そうか、昨日は確かホテルに泊まったんだったな。


「……」


 そんなことを思っていると、俺はふと背中にいつもとは違う、大きく柔らかな感触を感じた。

 枕や布団、ベッドが違うのはここはホテルのため当然だが、どうして背中の感触がいつもと違うんだ?

 それ以前に、どうして背中に感触があるんだ?

 少なくとも、そんなことを寝起きの頭で理解することはできず、俺はなんとなくその原因を探るべく背中の方を向いた。

 すると────


「ア、アリシア……!?」


 アリシアが、眠ったまま俺のことを抱きしめていることが判明した……つまり、先ほどの背中に感じた大きく柔らかな感触は、今俺の目の前にあるアリシアの胸だったということだろう……というか────アリシアのバスローブが昨日最後に見た時よりもかなりはだけていて、大きな胸の大半や、薄らとだが色白の腹部も見えている。


「ア、アリシア、起きてないのか?」


 そう呼びかけるも、眠っているアリシアは何も反応を見せない。

 ……仕方ない、ひとまず俺の方がベッドから離れることにするか。

 そう思い、俺のことを抱きしめているアリシアの腕から抜け出そうとした俺だった────が、アリシアの俺を抱きしめる力がとても強く、抜け出すことなどできそうになかった。

 そして、俺の目の前にはバスローブをはだけさせているアリシアだけが映る。


「……っ」


 今日嫌な夢、それもただの夢ではなく前世の記憶を夢として見たため、今まで以上にアリシアのことを魅力的だと感じる度に胸が痛くなる。

 アリシアがこんなにも魅力的じゃなかったら、俺だってこんなに悩むことは無かったのに……だが実際、アリシアは前世でも今世でも容姿はとても整っており、それ以上に性格や言動なども魅力的で────違う!こんなことを考えていたらダメだ、この状況でもできる何か別のこと……そうだ。


「アリシアのはだけたバスローブでも結び直すか」


 そう思い至った俺は、アリシアの着ているバスローブに左手で触れ────ようとした時、突如俺の左手の手首が何かに掴まれたかと思えば、目の前のアリシアが目を開いて頬を赤く染めながら言った。


「アレクティス様、アレクティス様がお望みであれば、バスローブの結びを直すのではなく、反対に解くことによってそのまま私の体に直接触れていただいてもよろしいのですよ?」

「ア、アリシア!?」


 突然目を覚ましたアリシアに動揺していると、アリシアが俺の左手をゆっくりと自らの体へ近づけようとしていたため、俺はすぐにアリシアから左手を引き離した。

 そして、俺はアリシアに言う。


「もしかして、ずっと起きてたのか?」

「その通りです、ずっと眠ったフリをしていればアレクティス様が内に秘めた欲望を私にぶつけてくださるかと思いましたが、そう簡単にはいきませんでしたね」

「あのな、仮に内に秘めた欲望なんてものがあったとしても、眠ってるアリシアにそんなことをするわけがないだろ?」


 その俺の言葉を聞いて、アリシアが口を開いて言う。


「眠ってる私に……?でしたら、起きている私にでしたらそういったこともしていただけるということですか!?」

「っ!そうじゃない、今のは言葉の綾で────」

「ホテルのことはご心配なさらないでください!アレクティス様と愛を分かち合えるのであれば、何泊でも引き延ばして差し上げます!」

「だからそんなつもりは無いって言ってるだろ!」

「そうご遠慮なさらずに────」


 その後、俺はどうにか身を寄せようとしてくるアリシアのことを退けると、身支度を済ませてからアリシアと一緒にこのホテルを出た。

 その頃にはもうすっかり雨は止んで晴天になっており、俺とアリシアは一緒に黒のリムジンに乗ると、先に俺の家に回ってくれる形で家へと帰って行った。


「結局、アリシアの背負っているものに関しての話をすることはできなかったな……だが、それを取り省けるのは間違いなく俺だけだ……アリシアがまだ前世のことで苦しみを抱いているなら、俺がちゃんと助けないとな」


 俺は、そう心に決めると今後アリシアの背負っているものとどう向き合っていくのかを、真剣に考えることにした。

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