第22話 前世の従者は意識させたい②

 ────その大きく柔らかな感触を感じた時からわかっていたことではあるが、今俺の体に押し当てられているこの大きく柔らかな感触というのは、間違いなくアリシアの胸だ。

 おそらく下着越しではあると思うが、それでも下着一枚……アリシアの胸の大きさを考えれば、下着一枚を超えてくるほどの柔らかさを感じても何も不思議ではない。

 そして、本来こういったことをするのは恋人関係の人間がすること……


「アリシア!お願いだから離れてくれ!!」

「離れないと言っています!アレクティス様も、そろそろ目をお開けになられてください!今の私の姿を見てくだされば、アレクティス様もきっと私のことを異性だと認識してくださるはずなのです!それとも……アレクティス様にとって私は、身体的にも精神的にも異性と意識したくないほど、魅力が無いということなのですか?」


 アリシアは、どこか悲しそうな声でそう聞いてきた。

 ……そうか、当然別の意図もあるだろうが、それ以上にアリシアは俺にアリシアのことを異性と意識させるためにこんなことをしているのか。

 ……本当はこのことを伝えたくは無かったが、こんなにも悲しそうな表情でアリシアが聞いてきているのに、これ以上俺の心情を誤解させるわけにはいかないな。

 そう思った俺は、そのアリシアの問いに対して口を開いて答える。


「アリシア……アリシアはそもそも前提を大きく間違えている」

「前提を……間違えている?」

「あぁ……アリシアは俺がアリシアのことを異性と意識していないと考えているようだが、それが大きな間違いだ────俺は、アリシアのことを魅力的な異性として意識している」

「っ!?」


 目を閉じているからアリシアの表情は見えないが、アリシアがその言葉に驚いていることはアリシアの漏らした声からわかった。

 俺はさらに言う。


「アリシアのことを魅力的だと思っているからこそ、叶うことのない俺への想いよりも、誰か別の男に気持ちを向けて欲しかったんだ……それは前世でも、今世でも変わらない」

「私には、アレクティス様のお言葉が理解できません……本当に私のことを魅力的だと思ってくださっているのであれば、どうして私の愛は叶わないのですか?どうしてアレクティス様は私の愛を受け入れてくださらないのですか?」

「それはさっきも答えたが、前世で誓ったからだ」


 あの前世での誓いは、例え世界、時代、肉体が変わろうとも、揺るがすことはできない。

 俺がそう強く考えていると、アリシアが口を開いた。


「私たちが前世で主従関係だったからですか?そんなこと────」

「違う……というか、俺たちが前世で主従関係だったことは、俺がアリシアの愛を受け入れられない理由の補足的な部分でしかない」


 俺が今まで話していなかったことをアリシアに伝えると、アリシアは困惑の声を漏らして言った。


「補足……でしたら、本当の理由は────」

「目を瞑ったままだったり、手錠だったりベッドの上だったり下着姿だったりで長話をするのもなんだし、何よりも俺はアリシアに言いたいことがあるからひとまず場を整えてくれ」

「……わかりました」


 俺がそう言うと、アリシアは俺の手錠を外し、制服を着替え終わったと伝えてきたため俺も目を開けて制服を着直した。


「それじゃあ、俺がアリシアに言いたいことだが……それは、例の誤解の件だ」

「メイドのこと、ですよね?本当に誤解なのですか?」

「当たり前だ……何故なら────」


 俺は、アリシアの頭に自らの手を置いて言った。


「俺がアリシア以外のメイドなんて雇うわけがない……それは前世で一つの人生を使って証明したことだ、これ以上の証明は無いだろ?」

「そう、ですが……今世でアレクティス様のお考えが変わられたという可能性も────」

「無い……俺にとっては、前世のアリシアだけが俺のメイドだ」


 俺が真っ直ぐアリシアの目を見てそう伝えると、ようやく俺の言葉がアリシアに響いてくれたようで、アリシアは俺に頭を下げて言った。


「アレクティス様……この度は、誤解からこのようなことをしてしまい申し訳ありません……」

「わかってくれたならいい、俺だって正直いきなりメイドが現れて動揺したからな、アリシアの性格を考えれば突然俺が他のメイドからご主人様と呼ばれているのを目撃したら俺以上に動揺しても不思議はない」

「あぁ……寛大なお心に感謝致します」


 そう言った後、アリシアは頭を上げて俺に優しい表情を見せてくれた。

 ……色々とあったが、これで一件落着────と思った時、アリシアは次に目元を暗くして冷たい表情で言った。


「でしたら早速、アレクティス様のことを身勝手にもご主人様と呼びアレクティス様に近付いてきたあのメイドには────厳罰を課さねばなりませんね」

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