第7話 前世の従者とカフェに行く
放課後。
街の中にあるカフェにやって来た俺とアリシアは、何も頼まずにカフェに居座るわけにもいかないためそれぞれドリンクを頼むと、比較的人の少ない席へ対面になるように座った。
すると、アリシアが楽しそうな表情で言った。
「アレクティス様の方からお茶に誘ってもらえるとは思っておりませんでしたので、私は今とても嬉しい気持ちでいっぱいです」
「お茶に誘ったわけじゃない、俺はただアリシアのことを前世の主人として少し叱りに来たんだ」
「私をお叱りに……?」
まるでどうして自らが叱られなければならないのかわかっていないという困惑の表情を浮かべたアリシアに対して、俺は言う。
「突然学校の屋上でヘリコプターを呼んだり、今日の体育の授業では俺に良からぬ意図を持って体を密着してきたり、そういったことをアリシアには反省して欲しいんだ」
「前者は確かに、結果的に私の目的は達成できませんでしたので、もう少し場所や時間を選ばなければなりませんでしたね」
そういう問題では無いと思うが、今後学校でヘリコプターを呼ぶことがもう無いのであればそれだけで少し進歩だと言える。
俺がそう思っていると、アリシアは続けて言った。
「ですが、後者に関しては反省すべきことなのか疑問が残ります……私は良からぬ意図ではなく、紛うことなき愛情を持ってアレクティス様に密着させていただいたのです、それは果たして反省すべきことなのでしょうか?」
「どう考えたって反省すべきことだ!学校はああいったことをする場では無いのに、あろうことかその学校の授業を利用してあんなことをしてくるとは……」
「……なるほど、申し訳ございません」
アリシアは、そう言って俺に小さく頭を下げた。
俺としても、アリシアがわかってくれたのであればこれ以上アリシアに不満を伝えるつもりは無い。
「わかってくれたらなそれで────」
俺がそう言いかけたとき、アリシアは頭を上げるとスマホを取り出して言った。
「でしたら、これよりスイートルームのホテルを予約させていただきますので、よろしければそちらで────」
「そういう話じゃない!」
俺は、俺の話が全然アリシアに伝わっていないことを知り愕然とした。
そして、ふと気になったことがあったので、俺はアリシアにそれを聞いてみる。
「……アリシアは、前世の記憶を思い出したのと引き換えに今世での記憶を失ってるわけじゃないよな?」
「はい、七深華音としての記憶もすべて覚えています」
それなのにどうしてここまでこの世界での常識というものがわかっていないんだ……って、そうか。
確か、社長令嬢とか言ってたな……だから世間の常識とか、そういったものには疎いんだ……つまり、今目の前に居る七深華音は、学力や知性などはこの世界のものも含まれているが、価値観や倫理観、常識などはほとんど前世のまま。
そう考えるとアリシアの行動も仕方ないと言えば仕方ないのか……それなら。
「アリシア、俺は今日からアリシアと一緒に過ごしてこの世界での常識とかを教えていくことに決めた」
「アレクティス様が直々に……ですか!?とてもありがたき幸せです!!」
……アリシアはこの世界において常識から外れているかもしれないが、性格はとても素直だ。
俺がしっかりとこの世界の常識を教えていけば、すぐにこの世界の常識に順応することができるだろう。
「……そうだ、これも気になってたんだが、アリシアが今日手続きをして今日俺の居る学校に転校して来たっていう話は本当なのか?」
「はい!朝起きた時に前世での記憶を思い出し、骨身の細部に至るまでにアレクティス様の存在を感じたので、そのアレクティス様の存在の残滓が残っていた高校へ転校することに決めました!」
「俺も今日記憶を思い出して、アリシアの存在を感じたような気がするが……」
アリシアもそうだったのか……存在を感じるというのは、間違いなくこの世界の代物では無く、前世の代物だ……記憶を思い出したばかりだったから、もしかしたら前世の魔法という機能が一瞬だけ発動していたのかもしれな────
「ア、アレクティス様も、私の存在を感じられていたのですか!?」
「え?あぁ、そうだ」
俺がそう答えると、アリシアは頬を赤く染めながら自らの顔に両手を添えて甘い声で言った。
「はぁ、まさか本日アレクティス様も私の存在を感じ取っていてくださったとは……これが、運命というものなのですね……時も世界も超え、それでも互いの存在を感じ合う運命……私たちはもう、離れられないほど深く結ばれて────」
その後、アリシアはしばらくの間その調子で一人話し続けた。
さっき、アリシアは素直だからすぐにこの世界の常識にも順応できると思っていたが……この目の前のアリシアの様子を見ていると、もしかしたら思っている以上に難しいことなのかもしれないな。
俺は、これから先の生活がどうなるのか、楽しみと不安が混ざり合っていた……が、一つだけ確実に言えることがある。
それは────アリシアとこうして生きてまた時間を共に過ごせること、それは俺にとって、とても嬉しいことだった。
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