第6話 前世の従者とペアになる②

 俺とアリシアが、ペアに……?

 俺は、先ほどの自らの考え、この体育の時間は俺にとって静寂な時間が訪れることになるだろうという考えが覆されたことに驚きながらも、体育という身体的距離が近くなる科目でアリシアとペアになることは少なくとも今は避けたかったため、俺は先生に言う。


「先生、七深と俺では体格も違いますし、いくら七深がそれを望んでいるからと言っても得策では無いと思います」


 あくまでも私情を感じさせない言い方で先生にそう伝えると、先生は言った。


「今日の授業で行うのはあくまでもストレッチだけのため、体格差といったものは特に関係ありません」

「そう……なんですね」


 今日行われるのがストレッチだという情報を知らなかった俺は、それに対して咄嗟に何かを言い返すことができずにそう言った。

 すると、先生は全体に向けて言う。


「それでは、継条くんと七深さん以外はそれぞれ同性同士でペアを組むように、なお継条くんと七深さんが異性同士で組むため余る人が出てしまうかも知れませんが、その場合は三人なっても構いません」


 先生がそう言うと、クラスメイトたちは「は〜い」という声を上げてそれぞれペアを組み始めた。

 このクラスは全体的に仲が良いため、ペアで誰かが余るといったようなことはまず無い……それはきっと良いことなのだろう、が────


「アレクティス様、不束者ですが本日は私がアレクティス様のペアを務めさせていただこうと思います、よろしくお願いいたします」


 アリシアは俺の元へ歩いてくると、そう言いながら俺に対して一度頭を下げてから頭を上げた。

 ……俺がアリシアとペア。

 こんなことが許されても良いのかと思うが、ストレッチということなら確かに男女であることはあまり気にする必要は無いことのため、何も言い返すことはできないのが歯痒い所だ。

 やがて、全生徒がペアを組み終えると先生がそれぞれにプリントを配り、そこに書かれているストレッチをするように言ってきたため、俺とアリシアは早速そのプリントに目を通してそこに書かれている順番通りにストレッチをしていくことにした。

 最初の方はペアで行うようなストレッチは無かったが────


「長座体前屈、か」


 中盤になって、ようやくペアで行うストレッチが出てきた。

 長座体前屈は、立ったり座ったりした状態で足を伸ばし、上半身を前に倒していくというものだ……ペアで行う場合は、その長座体前屈をしている人の背中を押すことによってさらに上半身を前に倒して体をほぐすらしい。


「アレクティス様が先になされても大丈夫ですよ!」

「わかった」


 俺はアリシアにそう言われたため、遠慮なく座って足を伸ばすと、いつでも長座体前屈を始められる姿勢に入った。

 アリシアは、俺の肩に手を置いて言う。


「アレクティス様、ご準備はよろしいですか?」

「あぁ、大丈夫だ」

「では、押させていただきます……!」


 そう言うと、アリシアは俺の背中を押してきて、それにより俺の上半身は前に倒れた────その瞬間、俺の背中に大きく柔らかな感触を感じた。


「ア、アリシア!?」

「はい?どうかなされましたか?」

「どうかって……も、もう少し俺の背中から離れることはできないか?その……当たってるんだが」


 俺が少し気まずく思いながらもそう伝えると、アリシアは言った。


「当たっているのではなく、当てているのです」

「は、はぁ!?何を────」

「意図的であるかどうかなど些細な問題です、長座体前屈というものの仕様上ペアで行うのであればこうなってしまうのですから……さぁ、アレクティス様、もう少し続けますよ」

「お、おい、ちょっと待────」


 俺が制止しようとする声も届かず、アリシアは俺の上体を起こしたり下げたりしながら呟いていた。


「あぁ、前世ではこうしてアレクティス様に体を密着することすらとても困難でしたのに、まさかこんなにも簡単にアレクティス様と体を密着させることができるとは……この世界における学校という環境は、本当に素晴らしいです……」


 何を呟いているのか知らないが、俺は今とにかく背中に当たる胸の感触のことで頭がいっぱいだった────そして、俺の長座体前屈の時間が終わりを告げた……もしかしたら、俺は後で元主人としてしっかりとアリシアのことを叱らないといけないのかもしれない。

 ともあれ、ひとまずこれで長座体前屈も終わり────


「ではアレクティス様、次は私が長座体前屈をしますのでアレクティス様は私の背中を押してくださいますでしょうか?」

「……わかった」


 俺は色々と先ほどは意識を持っていかれすぎてアリシアの番もあるということを忘れてしまっていたが、これは授業でやらないといけないことのため、俺はアリシアの肩に手を置いてアリシアの背中を押した。


「こうしてアレクティス様の手が私の両肩に置かれていると、まるでアレクティス様に抱きしめられているような感覚に────」

「いいから早く始めてくれ!」


 俺がどこか恥ずかしくなりながらもそう言うと、アリシアは小さく笑ってから長座体前屈を始めた……そして、それが終わると、俺は本当に一度しっかりアリシアのことを叱ることに決めて、放課後はアリシアと一緒にカフェへ行くことにした。

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