第10話 前世の従者に見せたいもの
「は、はぁ!?」
こちらのお金って、まさかその百万円のことか……!?
どうして百万円を持って────いるのかは、アリシアが社長令嬢であることで説明が付くな……ひとまず、ここはアリシアにちゃんとこの店のことを説明しないといけない。
「アリシア、この店はそういう店じゃない」
「そういうお店ではない……とは、どういうことですか?」
「アリシアはさっき、俺のこの姿を見るための代価としてメニューにある商品を注文すると言っていたが、まずそれは順序が逆……というか、この店はメニューにある商品をお金を払ってもらうことで提供するという店であって、別に俺の姿とか服装っていうのはおまけでしかない」
「アレクティス様が……おまけ?」
俺が、この世界の常識に乏しいアリシアに対してしっかりとこの店の説明をすると────アリシアは、目元を暗くしてそう呟いた。
そして、怒りの含まれている冷たい声音で言う。
「アレクティス様をおまけとして扱うなど、許し難き冒涜です……今すぐにでもこの会社を経営している会社へ連絡を入れて────」
その後、アリシアは物騒な単語を並べ、スマホを取り出した……よくわからないが、少なくとも何か物騒なことをしようとしていることだけは間違いない。
俺は、少しでもアリシアの気を引くために言う。
「アリシア、良かったら何か商品を注文していかないか?」
「申し訳ありませんが少々お待ちください、すぐに終わらせますので」
そう言うと、アリシアはスマホの画面をタップし始めた……そして、アリシアがスマホの画面をタップすると同時に『ピッ』という効果音のようなものが聞こえる。
これは……電話番号をタップするときの音だ、アリシアはどこかへ電話を掛けようとしている!
「……」
通常の高校生がどこかへ電話を掛けるだけならそこまで動揺する必要は無いが、アリシアの場合はそうじゃない……何せ、前スマホをワンタップしただけで学校の屋上にヘリコプターが飛んできたほどだ。
電話なんて掛けさせたら、どこへ電話するかわかったものじゃない。
俺は、アリシアの気を引くために……そして、同時に本当にアリシアに言いたいことを言う。
「アリシア、さっき見せたいものがあるって言っただろ?その見せたいものを見せるために、良かったらこれを注文してくれないか?」
そう言って俺がメニューに載ってある紅茶を指さすと、アリシアはスマホをタップする手を止めて言った。
「……こちらの紅茶を、ですか?」
「あぁ、この際俺がお金を払っても良いから、どうしてもアリシアに見せたいものがあるんだ」
アリシアの気を引くという目的ではなく、心の底から俺がそう伝えると、アリシアは少し間を空けてからスマホをポケットに戻して言った。
「アレクティス様がそこまで仰られるのであれば、ありがたく注文させていただきます……もちろん、お金をアレクティス様にお支払いさせるなどということはできませんので、お金は私がお支払いします」
「そうか……なら、見ててくれ」
そう言うと、俺は早速茶葉とティーカップ、ティーポットを取り出して、茶葉をティーカップの中に入れる。
それを見たアリシアが動揺した様子で言った。
「アレクティス様……?もしや、アレクティス様が私の飲む紅茶をお淹れになられるのですか……?」
「あぁ、そうだ」
「な、なりません!アレクティス様が私のためにそのような手間を────」
「それが、俺がアリシアに見せたいものなんだ……前世では数えきれないほどアリシアに紅茶を淹れてもらって、俺もいつかアリシアに紅茶を振る舞いたいと思って練習してたことなんだが……結局、前世では最後まで振る舞うことができなかったからな……その前世の後悔を晴らすためにも、俺が見せたいものをアリシアに見て欲しい」
俺が真剣にそう伝えると、アリシアは少し沈黙してから頷いて言った。
「わかりました……アレクティス様が私のために淹れてくださる紅茶を、私は感謝しながら骨身に至るまで堪能させていただこうと思います」
「ありがとう」
そして、俺は紅茶を淹れ始める……すると、その淹れ方を見たアリシアが小さな声で呟いた。
「その、淹れ方は……」
これは、今までの継条輪としての俺では絶対にできなかった紅茶の淹れ方だ……前世で何度も見てきた────アリシアの紅茶の淹れ方。
俺は、それを脳裏に思い浮かばせながら脳裏に浮かぶ前世のアリシアと同じ動きで紅茶を淹れる……そして、その紅茶が出来上がると、俺はその紅茶が入ったティーカップをアリシアの前に置いて言った。
「できた……見せたかったのは、この────前世も今世も含めて、全時代、全世界で一番美味しい紅茶の淹れ方だ」
「っ……!」
アリシアは、驚いたように目を見開くと、優しい手つきで俺の淹れた紅茶の入っているティーカップを手に持って頬を赤く染めながら言った。
「アレクティス様が、私の紅茶の淹れ方で私のために紅茶を淹れてくださり、それを世界どころか全時代で一番美味しいと仰ってくださるなんて……このような幸せが、私に許されても良いのでしょうか……アレクティス様、こちらの紅茶をお飲みしてもよろしいですか?」
「あぁ、いつでも飲んでくれ」
俺がそう言うと、アリシアは一口紅茶を飲んだ────その姿を見た時、俺はふと目の前の七深華音の姿と前世のアリシアの姿が重なった……紅茶を飲むだけで画になるのは、相変わらずだな。
俺がそんなことを思っていると、アリシアは今一口飲んだティーカップをゆっくりテーブルの上に置くと、頬を赤く染めたままとても明るい笑顔で言った。
「アレクティス様の淹れてくださった紅茶が、世界で一番美味しいです」
そう言ってくれたアリシアの言葉を聞いて、俺は思わず嬉しくなり口角を上げた……が、俺はそのアリシアの言葉に反論する。
「何を言ってるんだアリシア、アリシアの淹れてくれた紅茶の方が美味しい」
「そんなことはありません、アレクティス様の淹れてくださった紅茶が世界のどのような紅茶よりも────」
その後、俺とアリシアは、この前世を思い起こさせるレトロな建物で、アリシアの紅茶の淹れ方と同じ淹れ方をした紅茶を挟んで楽しく話した。
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