第37話 前世の従者への誓い②

 それから、ジェイコブとの面談時間になると、俺はジェイコブのことを俺の屋敷の客室へ招き入れる。

 そして、互いに向かい合うようにソファに座ると、俺は口を開いた。


「それで、俺に商談っていうのはどんな話なんだ?」

「そう急かすなよアレクティス、俺たちは同級生だろ?商談なんて堅苦しい話をするのは世間話に花を咲かせてからでも遅くねえって」


 ジェイコブは大きな身振り手振りでそう言う。

 ……ジェイコブという人間は、基本的に軽いノリで生きている人間であり、世渡り上手といった感じの印象だ。

 基本的に自らよりも権力や能力のある人間には相手の機嫌を損ねるようなことを言わず、自分より何かの点で下の人間相手に対しても少なくとも表面上は特に見下したりせずに話す。


「にしても、アレクティスのところは相変わらず安定してそうだなぁ、流石は学年一位様の屋敷って感じだ」

「ジェイコブだって俺と同じ侯爵家で、同じぐらいの屋敷を持ってるだろ?」

「いやいや、うちなんて俺が怠惰なせいで次代はピンチって言われてるんだぜ?まあ、アレクティスのところが安定してるのは、アレクティスとアリシアちゃんの優秀タッグだからだろうけどなぁ」


 自分で自分のことを優秀だなんて言うつもりはないが、アリシアが優秀なのはその通りだ。

 俺が心の中でそれに頷いていると、ジェイコブが続けて言った。


「にしても、アリシアちゃんって可愛いよなぁ、可愛くて胸もデカいし、魔法だってお前と同じぐらい扱えるんだろ?」

「知ってると思うが、俺はそういう話は────」

「あぁ、お前がこういう品の無い話が好きじゃ無いのは知ってる……だから、ここからは商談の話なんだが────アレクティスは、アリシアちゃんにどれぐらい報酬をあげてるんだ?」


 報酬……つまり、俺がアリシアの働きに対してどれだけのお金を支払っているのか、ということだと思うが……


「話が見えない」

「やっぱ、アレクティスには直接言わないと伝わんねえか……なら、単刀直入に言うが────言い値で、アリシアちゃんのことを俺にくれ」


 そう言われた途端、俺の頭の中でジェイコブに対する何かの線が切れ、立ち上がるとジェイコブの胸ぐらを掴んだ。


「ジェイコブ、言っていい冗談と悪い冗談があることを知らないのか?」

「お、おいおい、怖い目すんなって、要は俺がただアリシアちゃんに一目惚れしちまったってだけの話だ」

「違うな、お前は言い値でアリシアをくれと言った……それはつまり、アリシアのことを物のように思ってるってことだ」

「ま、待て、一回落ち着けよ、従者を雇うって話なんだから他に言いようが無いだろ?まさかタダで渡すわけにもいかねえだろうし」

「一目惚れなんて綺麗な言葉にしようとした後は、従者を雇うか、自分の言葉が矛盾してることに気付いていないのか?それとも、従者として雇うことで惚れた相手にしたいと思うことをアリシアに強制しようとでもしてるのか?」


 そう聞きながら、俺の中では様々な感情が巡り続け、それを表すように炎、氷、雷、風魔法を、俺はそれぞれ少しだけ発してしまっていた。

 そんな俺の問いに対して、ジェイコブは動揺ながらも表面上はそうでない風を装おうと努力している様子で言う。


「きょ、強制かどうかはおいておくとしても、あんなに可愛い子が居たんじゃそんなことを考えたって仕方ないだろ?お前だって、本当はアリシアちゃんにそういうやましい気持ちを抱いてるんじゃねえのか?」

「っ!従者に対してそんな気持ちを抱くわけがないだろ!」

「従者って言っても男と女、それもあんなに可愛い子だ、お前だってそのうち────いや、もう色々と済ませてるか?」


 俺は、そう言い放ったジェイコブの胸ぐらを勢いよくソファに突き飛ばすと、今まで抱いたことが無いほどの怒りの感情を抱きながら言った。


「今までもお前のことを軽いノリの奴だと思ってはいたが、ある一定の線引きは行えていると思っていた……が、どうやらそうじゃなかったみたいだな────悪いが、お前にはもう二度とアリシアに会わせない」

「お、おい待てって、俺は別にお前のことを怒らせるつもりじゃ────」

「早く出て行け」


 俺がどうにかジェイコブに向けて放ってしまいそうな魔力を抑えながら、怒りを込めて冷たくそう言い放つと、ジェイコブは汗を流し焦った様子でこの部屋から去って行った。

 その数秒後、客室のドアがノックされるとこの客室にアリシアが入ってきた。


「アレクティス様……?たった今、ジェイコブさんが走っておられましたが、何かあったのですか?」

「アリシア……」


 ……そうだ。

 俺は、今までアリシアに愛を告げられる度、もしかしたらいつしかアリシアと幸せな未来を……なんて考えていたが、そんな未来は来ないし、来ては行けない。

 俺とアリシアは、主従関係にあるからだ。

 ────俺は絶対に、あいつのようにはならない……どれだけアリシアが俺に愛を向けてきたとしても、俺は主人として最後まで節度を持ってアリシアと接する。

 その後、俺はジェイコブのことをアリシアに触れさせないために、ジェイコブが裏で行っていたという悪事を摘発した。

 そして、この時から────俺はアリシアへ抱きかけていた気持ちを完全に封印し、心の中でアリシアとは最後まで主人として接することを誓った。



◇七海華音(アリシア)side◇

「────アリシア……俺は、絶……対……」

「アレクティス様……」


 アリシアは、隣で眠りながらもうなされているアレクティスのことを心配に思う。


「以前のホテルの時もそうでしたが、アレクティス様は本当に、一体どうして苦しまれているのですか……?アレクティス様は、眠りながらどのような光景を見ているのですか?」


 そう聞くも、眠っているアレクティスにその言葉は届かない。

 アリシアは、少しでもアレクティスのことを安心させたいという気持ちで、アレクティスの手に自らの手を重ねた。

 すると────それから、アレクティスはうなされなくなり、とても安心したように眠り始めた。


「アレクティス様……アレクティス様のことは、私が必ず……」


 アリシアは、そんなアレクティスのことを見ながら、アレクティスへの愛情とアレクティスのことを支えたいという感情をとても高く募らせていった。

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