国王と教皇

勇者達は、宿場町と野営を経由し、漸く王都に到着した。

そこで待っていたのは、王都へ先行していた密偵の男だった。

 

「お待ちしておりました、勇者様。一先ずの宿は私どもが押さえておりますので、ご安心ください。勿論、お代は結構です」

 

和平の使者を伴う、勇者一行。

男はそんな彼等を気遣って、ある程度以上の宿を取っていた。

 

「助かるよ。それと、道中の宿場町でも助かった。まさか、タダで泊めさせて貰えるとは思わなかった」

 

「とんでもない。私共は、町の代表者達へ事付けたまで。すべては、王の御心遣いにて」

 

男は中継地点の宿場町で、既に根回しをしていた。

事実、勇者達は野営を除いて道中、宿泊先を探す手間なく済んだ。

 

「ほう…相変わらず手際が良いな。我が国にも、キサマのような機転の効く者が欲しいものだ」

 

サティアは男に感心した。

彼女は人間に対して、調略を仕組んでいた事もある。

男の手際を素直に、賞賛したのだ。

 

「高明な魔族将にお褒め頂けるとは、恐縮でございます。また、聖女様には別の用向きがございます」

 

男はティアナに向き直り、改まって要件を告げた。

 

「はぁ、私にですか?一体何のご用でしょうか」

 

突然話を振られたティアナは、少々の驚きを男に示した。

 

「先だっては…信仰厚い国王夫妻から、聖女様よりご高説をいただきたいとの事でして。皆様より、一足早く王城へお越し頂きたい、と仰せ使っております。聖女様には、城にお部屋を用意して御座いますので、どうか何卒…」

 

「ああ…そう言う事でしたか…ならば畏れ多いですが、断る訳には行かないでしょう」

 

何かを得心したティアナは、男へ承諾の意を示した。

 

「翌日にでも、勇者様には私の部下を迎えに寄越します。方々は、それまで宿にてお寛ぎ下さい。また聖女様は、これより私と共にお越し頂きます」

 

「ずるい!アタシもお城に泊まりたい!」

 

「私は城に泊まるより、宿の方が良いな。今の私が滞在するには、あの城は息が詰まる」

 

アーシャがティアナを羨んだ一方、王族のエリナは城で宿泊をする事に消極的なようだ。

王城では母子共々義母から蔑ろにされ、良い扱いを受けなかったのだ、当然である。

実母と久しぶりの面会をしたい気持ちもあるが、それは別の機会を設ければ良いだけの事、ともエリナは考えていた。

 

「エリナがそう言うならば、やはり俺達は用意された宿に行くのが良いな」

 

「むぅ…まぁ、エリナが嫌なら仕方ないかしら」

 

「すまないな、二人とも…城に行く事そのものは、吝かではないのだがな」

 

エリナが申し訳なさそうに、アルトを見遣った。

 

「では、私は先に城へ参りますので…あらためて後程、お会いいたしましょう」

 

ティアナはパーティから一旦離脱し、男と共に王城へ向かった。

 

 

ティアナは王城への道すがら、並んで歩く男に問いかけた。

 

「聖女としての私に、用向きなど初めから無いのでしょう?」

 

「いえ、王妃は信仰深く、貴女様の講話を望んでいることは事実でございます。我が王はその限りでは、ございませんが」

 

「あら、王妃はそうでしたか。そういう私も、枢機卿として国王の信任を、まだ行っていませんでしたし…非公式の会談、これもまた良い機会でしょう」

 

「恐れ入ります、”教皇猊下”…」

 

ーーーーーー

 

ローズ王国、王城の応接間にて。

 

「おお!よくぞ参られた。私がローズ王国が国王、クロイス・ローズだ。これなるは、我が妻、ネイ・ローズ。妻共々、よろしく頼む」

 

「ネイ・ローズと申します。何卒、よろしくお願い致します、猊下」

 

「新任の枢機卿となりました、イェンティアナ・ラブカスと申します。国王陛下には、ご挨拶が遅くなりました事、深くお詫び申し上げます。またこの度は、国王夫妻に相見えた事、光栄に存じます」

 

「それほど、畏まらずとも結構だ、ティアナ殿」

 

(まるで、サラリーマンが行う名刺交換のような遣り取りだなぁ…腹の探り合いは苦手なんだけど)

 

ティアナは気もそぞろに早く、この面談を切り上げたいと考えていた。

お偉方の接待は苦手ではないが、何度やっても慣れないモノである。

過去には勿論、自身の目的のためには喜んで行った事も多いが。

 

「しかし、次代の枢機卿がまさか、斯様な若さとは驚いた。如何にして、枢機卿団から選ばれたので?」

 

さっそく、国王がティアナに突っ込んだ質問を投げかけた。

ぽっと出の若い女が、突然教会のトップになったのだ。

裏で何かしらの動きがあった事は、王の目から目ても明らかだった。

しかし、具体的な経緯は密偵をもってしても掴みきれていなかった。

 

目の前の女は、ローブを覗けば自身の妻が霞むほどの美しい女である。

しかし、教会の理事会である枢機卿団が、ハニートラップ如きで動かされるのはありえない。

そんな事は、王も分かり切っていた。

 

「選考の過程は、守秘義務により明かせませんが…敢えて申し上げるなら、理事会は聡明な方々であった、とだけ」

 

ティアナは、貼り付けられたような女神の笑顔を王へ向けた。

王は、ティアナから後光を幻視した。

そして、荘厳なプレッシャーをひしひしと感じた。

それは、王位争いで頂点を勝ち取った、まさに王者にしか分からぬものだ。

 

一方のティアナには、そんな意図など始めから無かった。

本人からすれば、瞼を閉じて、ニコニコと微笑んでいるだけである。

 

「ま、まぁ…それはそうと…信任の枢機卿猊下においては是非とも、引き続き我が王権を担保してもらいたい」

 

「ええ、それは勿論です。内々ではございますが、後ほど正式に宣誓の場を設けましょう。代理の者が、既に行っているとは言え…それもまた、私の大切な役目でございます故」

 

「おお、是非に頼む。改めて枢機卿の信任を得られれば、政も捗るというもの」

 

それから小一時間程度だろうか、ティアナは国王夫妻との談話を行った。

ティアナは夫妻に対して、敬った言葉遣いをしている。

しかし、一国の主と臆する事もなく会話するティアナの佇まいは、見た目十代半ばのそれでは無かった。

 

王は、心からティアナに感嘆した。

“この女の外見に騙されてはいけない。少なくとも、内面はこれ迄の教皇と何ら変わらず教会の深淵である”

とも評価した。

 

 

「枢機卿猊下、もし時間がお許しになるなら…わたくしのご相談に乗って頂きたい事がございまして」

 

会談もそこそこの所、妃が話を切り出した。

 

「はい、妃様の為なら喜んでご相談承りましょう」

 

当然、その要請を無碍にする、無粋な返答をティアナはしない。

 

「その、同じ女性としてのご相談も御座いまして…可能ならば、わたくしの部屋にてお話の続きを…」

 

妃は夫を見遣りながら、ティアナに告げた。

 

「うむ、そうか。女性同士、水入らずで話したい事もあろう…では、この会はこれにて終いにするとしよう」

 

非公式ながらも、教会と王国のトップ会談はここにお開きとなった。

 

ティアナは笑顔を振り撒きながら、部屋から王を見送った。

王は翌日の再会を約束して、応接間から退去した。

 

そして、笑顔により細められたティアナの目線は、既に王妃へ向けられていた。

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