聖女、魔王と交渉す
魔族の女幹部サティアは、私とアルト君に対する復讐の機会を窺っていた。
ゲームをプレイしていた私は、その事を前もって知っていた。
サティアから見れば、それはごもっともな話だ。
完遂目前の計略を、私達二人に妨害されたのだから。
彼女が戦場で私達を見つければ、優先して狙って来る事は予想が付いた。
ゲームでは、砦の防衛戦においてサティアの攻撃によりティアナが倒されてしまった場合、特別なルールが適用される。
パーティーの全滅要件を満たす事なく、問答無用でゲームオーバーとなるのだ。
サティアの気質は、サディスティックなものだ。
後衛の私を狙い討ちにし、これ見よがしに私の悲惨な姿を、アルト君に見せつけるだろう。
しかし、ゲームより遥かに強化された私は、魔族如きに心臓を持って行かれて、死ぬようなタマ(いや、玉はもう無いが)ではない。
演出でハデに血は撒き散らしたが、ご覧の通り私の身体はビンビンだ。
しかし、こんなに上手く、魔王城へ来れるとは思わなんだが。
ところでゲームでは、ティアナが単身で魔王城に乗り込む描写など一切ない。
たしかに、私はゲームのストーリーを、意思決定のヒントにする事はある。
しかしそれに対して、物語に沿って行動するつもりはあまり無い。
私は目的が達せられれば、それで良い。
彼ら彼女らの記憶に、私を刻み付けられればそれで良いのだ。
幸福な人生の中で、ふと私を思い出してくれるだけで良いのだ。
ーーーーーー
「サティアよ、お前が運んできたその女、間違いなく教会の聖女だ、よくやった。そして女よ、この魔王城に単身乗り込む、その意気や良し」
「魔王様ぁ…栄光の極みですぅ……しかぁし!貴様ぁ!どうやって生きている!あの一撃は、貴様の心臓部を確かに貫いた!何なのだ、貴様は!」
腰を抜かしていたサティアは、体勢を整えティアナに詰め寄った。
「貴女の貫手には、私も驚かされました。あれ間違いなく人間を即死に至らしめる、まさに致命の一撃でしょう。ですが、私は治癒のプロフェッショナルですよ?教会の聖女を甘く見ない事です。まぁ、ですが…お陰様でこうして、魔王様に謁見出来ましたし、お互い様ですね♡」
「ぐ、ぐぬぬ…」
サティアは己が運び屋ベクターとして、ティアナに利用された事を悟り、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「して、そこな聖女よ…吾に何の用向きがあって此処へ来た?まさか、世間話をしに来た訳ではあるまい」
魔王は話を戻すべく、ティアナを問い質した。
「ええ、魔王様には私からお願いがあります。どうか、魔族の皆様におかれましては、我ら人族と停戦の後、和平をして頂きたく存じ上げます」
「なっ!キサマぁ!我らの同胞を殺しておいて、どの顔が言う!」
サティアがたまらず、話に割って入った。
「黙れサティア。して、人族の聖女よ…それは人間共の総意か?それとも、汝一人の意思か?」
「私の意思でごさいます」
「ならば断る。そもそも、これまで骨肉の争いをしてきたのは、人間共の強欲さ故。聖女一人ごときの呼びかけで和平など…荒唐無稽な話だ」
「私が、王国と教会の約束を取り付けましょう」
「その言葉を吾が信じて、汝を五体満足で送り帰すと思うか?」
「では、私はどうしたら魔王様に信じていただけます?」
「ふむ………」
魔王はわざとらしく思案する様に、間を開けてティアナに話し掛けた。
「吾が最愛の妻、エキドナ。彼女が不治の病により、床に臥せっておる。人族の聖女ならば、何とかなるのだろう?出来ない、とは言うまいな」
魔王は誰もが縮み上がるような、重苦しいプレッシャーをティアナに与えた。
それは歴戦の勇士でも、戦慄が走るような重圧であった。
「はぁ…お診せ頂けないと、何とも申し上げられませんが。おそらく、可能でしょう」
プレッシャーを受けても尚、あっけらかんとしていたティアナは、ごく自然体で応えた。
「では妻の寝所へ向かう。吾に付いて参れ。もし一瞬でも、おかしな真似をしてみよ…吾が手づから汝を八つ裂きにし、人族へ送りつけてやる」
「まぁ、それは恐ろしい事で…」
サティアはこの聖女が終わった、と考えた。
夫人の病は、魔族の高等術者を掻き集めても、何ら良くなることは無かったのだ。
所詮は人族、この女が致命傷で死ななかったのも何らかの小細工があったに違いない。
夫人の病を治す事も出来ず、じきに魔王に殺される。
聖女の切断死体が、人族へ送り付けられるのが関の山だろう、そう思っていた。
数刻が経過した頃。
その後のサティアが見た光景は、自身に大きな衝撃を与えた。
魔王の妻エキドナから、不治の病が取り除かれたのである。
それだけでない、エキドナは嘗ての美しさを取り戻したのだ。
病により醜くなった自身の姿を、夫人は大いに恥じんでいた。
魔王はそれを、指を咥えて見ることしか出来ず、見舞う度に共に嘆いていた。
ティアナはそんな夫人の病を、いとも簡単に治癒した上、彼女の美しさをも復元してみせたのだ。
魔王とその妻は、敵対する種族であるにも関わらず、ティアナに対して深く感謝した。
「異種族であり、異教徒である汝の助けを借りた。それは吾が生涯で、唯一の恥部であろう。しかし汝は、よくぞ吾が最愛の妻を救ってくれた。それに対しては、感謝する」
「ありがとう、人族の聖女…私は諦めておりました。病により、醜く衰えていく己の身体…何もできず日々、床に臥せりながら嘆くしかなかった。それが、今となってはどうでしょう!嬉しくて今すぐにでも、外へ駆け出したいくらいだわ!嗚呼、この恩をどうやって貴女に返したら良いのか…」
ティアナは淡々と、彼らの言葉に応えるように口を開いた。
「これも私と、お二方を巡り合わせた、”ご縁”によるものに違いありません。どうか、お気遣いなく」
ティアナは敢えて、人族が信仰する神を讃える事はしなかった。
魔族の信仰に配慮した形である。
「汝にその力と度胸があれば、確かに人間共を纏め上げる事も、あるいは出来るかもしれん。よかろう、吾は人族と停戦の卓に着くことを約束しよう」
「ま、魔王様!それでは、魔族の抗戦派が黙ってはおりません!最悪、内戦の危険が…」
その場に同席していたサティアが、我慢できず魔王へ箴言した。
「ふん…内部の反抗など、吾が黙らせる。それとサティア、お前は停戦の使者として聖女ティアナと共に行動せよ」
「えっ?えええええええ!?!?!?」
サティアは上司から、急な転勤を命じられた。
「当然であろう、魔族の先触れが行かずして何の和平か。その大役、此度の”勲功第一”であるお前に任せた」
「はっ!!ははぁー!魔王様!仰せのままに!!!」
魔族の女幹部サティアは、ティアナと共に行動する事が決定された。
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