戦場の聖女

ティアナを発起人とした秘宝捜索の手がかりを求め、勇者一団は王都へ向かう事を決断した。

(ティアナのためにも、秘宝の情報だけでも掴めれば…)

アルトはそんな思いで、彼女の提案に乗ったのだ。

先刻、非公式な依頼を寄越した、王国を質す事も目的であったが。

 

しかしその道行を阻むように、ある人物から、勇者達に接触があった。

長らく世話になった宿、そこから旅立つ直前。

件の非公式な依頼を仲介した、王国の密偵である。

その密偵を名乗る男から、二度目となる依頼があったのだ。

 

「この街の先にある、膠着していた紛争地帯。そこで魔族どもに動きがありました。勇者様におかれましては是非、我が国の守備隊にご助力して頂きたく…」

 

「うーん…この国の人々を助けられるなら…俺はその依頼、引き受けても良いと思うけど」

 

アルトはその請願に対して、二つ返事で引き受けようとした。

 

彼の両サイドを固める、アーシャとエリナ。

彼女達は首を傾げながらも、お互いを見遣り肩をすくめている。

“アルトは相変わらずのお人好しだ”

彼の性格については、この二人にとって共通認識のようだ。

 

「また非公式の依頼でしょうか?前回の依頼は、この街のためにお受けしました…でも私、半信半疑でしたよ?エリナさんが貴方の身分を、改めてくれたから良かったですが」

 

しかし、前回の依頼が非公式だった事に思うところがあったのか、ティアナが疑問を呈した。

王都へ行く前にその真意を質せれば、それに越した事はない。

 

「その度は、聖女様をはじめ、皆様を試すような真似をし、誠に申し訳ございませんでした…国としては、勇者様の力に疑問を持つ者も、決して少なく無かったのです。ご気分を害されたのならば、重ねて国に代わりお詫びいたします」

 

この場限りとは言え、国に変わって詫びる。そんな事が出来る人物など、一部の人間に限られる。

王国所属の公安機関においても、この男は相当の上位役職に就いている者のようだ。

 

「それで貴い方々には、私どもの実力がご理解いただけた、と……まぁ、領主が内通者であったのは真実でしたし…結果的に、それを排除出来たのは大きな収穫でした。王国は優秀な密偵をお抱えで…」

 

ティアナは皮肉がこもった褒め言葉を、密偵の男に掛けた。

 

「そんな、恐れ多い事です。今回は王国が公式な依頼主です。ご希望であれば…国印が押下された、公文書もご用意いたしますので。教会の聖女様におかれましては、何卒…何卒お願い申し上げます」

 

男は、ばつが悪そうにしながら、ティアナに向かって説明する。

その言葉遣いは、勇者アルトに対するそれよりも、遥かに頭を低くしたものだった。

 

「分かりました。もとより、アルトさんが承諾するなら私も行くつもりでしたし」

 

「ほ、本当ですか!良かった…皆様が加勢してくれれば!守備隊の兵士達はもとより、国王もさぞ喜んで下さるでしょう!」

 

ーーーーーー

 

すぐさま勇者達は、密偵が寄越した案内人と共に紛争地帯へ向かった。

案内人からは移動中、彼我の戦力など出来る限りの情報提供がなされた。

 

しばらくして漸くアルト達は、紛争地帯にある目的の砦に到着した。

この頃には、多くの兵士が砦を背に魔族を迎撃していた。

既に侵攻してきた魔族と、戦端が開かれていたのだ。

 

往々にして魔族は、人間よりも力が強い。

この戦場において、数では人間に大きく劣るものの、それを個の力で補っている。

 

もちろん、王国の守備兵も馬鹿ではない。

魔族単体に対して、人間は複数で対処している。

砦からは弓兵や、少数ながらも魔導士からの援護射撃もある。

だからこれまで、よく戦線を維持していた。

しかし、それも今までの事。

魔族の強力さを前に、彼らは次第に押されていった。

一人、また一人と仲間が脱落していく。

前線の瓦解は、時間の問題だった。

 

そこへやって来たのだ、勇者一団が。

勇者はもとより、協会の聖女や姫騎士の加勢である。

それは、前線の兵士を大いに奮起させた。

彼らの士気は鰻登りだった。

 

また、勇者アルトをはじめ、彼らはとても初陣とは思えない戦働きをした。

 

前衛の勇者アルトと姫騎士エリナは、魔族に突貫。

敵陣を大いに撹拌した。

聖女ティアナは前衛二人に追従しつつ、負傷兵を見つけて治癒魔法を施した。

一方の魔法使いアーシャは…自慢の範囲魔法が味方を巻き込む、という事で援護に徹した。

 

戦況が覆り、魔族が後退し始めた。

 

「チャンスだ!敵の指揮官を探して叩くぞ!」

 

勇者アルトは、エリナとティアナを置き去りにして、更に敵陣深く切り込もうとした。

彼は初陣の成功により、高揚していたのだ。

 

「アルトさん!危険です!前に出過ぎです!一旦下がってください!」

 

勇猛果敢なアルトを、戒めるティアナであったが。

それでも彼は止まることはなく、突き進んで行こうとする。

ティアナは懸命に、アルトへ呼びかけた。

自身に忍び寄る、背後の敵にも気付かずに。

 

「アルトさん!下がって!アルトさん!後退して!アルトさ、ッ!?

 

「戦場で隙を見せるとは、迂闊だな?聖女サマ?」

 

ブシュッ…

 

ーーーーーー、ごほっ!」

 

何者かの腕が、ティアナの胸部を貫いた。

純白のカソックを、彼女の鮮血が染めた。

 

「これは、あの時の仕返しです。ふふっ……ショックで、得意の回復魔法も使えまい!フフフッ…殺とった!殺とったぞ!教会の聖女を、討ち取ったぞ!勲功は、魔王様第一の家臣、このサティア様のモノだ!アハハハハハッ!」

 

街の領主と内通していた、あの魔族の女だった。

 

「なっ!?ティアナ…?ティアナぁぁああああ!!!!」

 

「…ごふっ…ごほぉっ…」

 

ティアナは、身体を貫かれた事によるショックで痙攣していた。

吐血を繰り返しながら、全身をビクンビクンさせている。

 

「ハッハッハッ!この砦と、その先にある街は落とせなかったが、十分な収穫です。勇者が馬鹿で助かった!戦果として、この聖女の遺骸は貰っていく!アハハハハハッ!!」

 

魔族の女は、瞬く間に戦場から離脱していた。

血だらけのティアナを抱えたまま。

 

「くっ…!アルト!この馬鹿やろう!しっかりしろ!戦闘はまだ終わってない!」

 

エリナがアルトを叱咤する。

すると茫然自失だったアルトは、即座に体勢を立て直し、剣を構えた。

 

「クソッ!クソッ!クソォォォォォォ!!!」

 

無我夢中で戦った。

そして気付いた頃には、多くの魔族兵が後退し、戦場から撤退した後だった。

 

勇者達の加勢により、砦が落ちることはなかった。

 

王国の依頼は、その防衛を以て達成された。

 

ーーーーーーー

 

砦に戻った三人の雰囲気は、控えめに言って最悪だった。

とても防衛戦のMVPとは思えない、悲壮な表情を勇者達は浮かべていた。

 

「アルト!アンタの…アンタのせいよ!!こんな依頼、受けなきゃ!アンタが出過ぎなきゃ!アンタのせいで…ティアナが、ティアナが!」

 

重苦しい空気の中、アーシャはアルトに掴み掛かっていた。

彼女はかつて、誰も見たことのない剣幕で、涙を流しながらアルトに詰め寄った。

 

「…………ごめん…ごめん…ごめん…」

 

アルトは俯きながら、何かを呟いている。

それは、誰に対して行われているのか、分からない謝罪の言葉であった。

 

「アーシャ、あまりアルトを責めないでやってくれ、頼む。それならば、ティアナを守れなかった私も同罪だ…」

 

エリナが居た堪れずに、アルトを弁護する。

しかしそれは、自らの失態を懺悔するものでもあった。

 

「ウソ、嘘よぉ…ティアナ…ティアナぁ…うっ…うっ…うぅ…」

 

アーシャはやる方なく嘆くしかなかった。

 

三人はこの日、砦に留まることとなった。

 

 

ーーーーーーー

 

荘厳でありながらも、暗めの雰囲気を醸し出す魔族の本拠地。

そして、その中心地にある城郭、拝謁の間。

魔族の女は、ティアナの肢体を抱えてながら、そこへやって来た。

 

自らの実力と美貌を自称する、魔族の女サティア。

彼女は戦果を報告する為、魔族の長へ謁見する為に。

 

「魔王様!敵砦の攻略には至りませんでしたが、大きな戦果がありました!ご覧下さい!憎き教会の聖女!その女を、私が討ち取ったのです!」

 

今代における魔族の長は、思慮深い者であった。

それに加えて、美丈夫であった。

そんな男が目の前の、魔族の女を見やる。

 

「ほぅ…汝の傍に捨て置かれている、ソレの事か?」

 

魔王はサティアの横で倒れ伏している、血塗れの聖職者らしき女を指差した。

 

「左様でございます!これをご考慮頂ければ、砦後略以上の戦果と考えます!」

 

「ではサティアよ、一つ問う」

 

「はい!何でございましょう!」

 

「死体というには、ソレは些か元気過ぎるのではないか?」

 

「えっ?」

 

予想外の魔王の発言より、サティアは混乱した。

 

「そこな人間の女よ、狸寝入りはもうよい。特段、何ともないのだろう?」

 

「…あっ?バレてました?やりますねぇ、さすがは魔族の王。なんでもお見通し、ですか…」

 

そこには血まみれのローブを纏いながらも、あっけらかんとしていたティアナの姿があった。

 

「んなぁ!?キ、キキキキキサマぁ!何で生きてる!?お前は間違いなく、私のこの手で!!」

 

サティアは驚きの余り、ティアナを指差しながら腰を抜かし、尻餅をついた。

とても勲功第一とは思えない、慌てふためきようであった。

 

「私は以前より常々、魔族の長である魔王様に拝謁賜りたく…良い機会かなぁと思って…そのまま連れて来てもらっちゃいました。テヘッ!」

 

ティアナは何ら悪びれる様子もなく、魔族の長に愛嬌を振り撒いた。

 

「ー(絶句ー」

 

魔族随一の実力と美貌を自称するサティアは、白目を剥きながら言葉を失っていた。

 

「くふふっ…くははははははっ!聖女と呼ばれるモノが、まさか、フフフッ…どんな人間かと思ったら!ふふっ…存外に、楽しませてくれるではないか!」

 

魔王は、腹を抱えながら笑っていた。

 

ティアナも、ニコニコ笑っていた。

 

サティアは、口をパクパクさせていた。

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