ティアナと教区長

王政において、統治者から最も重要視されているもの…

それは権威である。

ではその権威は、如何にして担保されるのか。

往々にして時の権力者は、宗教による後ろ楯を得たものだ。

「王の権威は、神から下賜された尊いものである」

権力者はそのようにして、王権の正当性を担保しようと試みた。

 

ローズ王国の長もまた、多分に漏れず教会からの信任を経て権威を強化している。

権力者と、教会の関係は蜜月であった…

 

ーーーーーー

 

私の娘は、ある時を境に変貌してしまった。

 

教会の教区長である私には、娘がいる。

私はいまだ幼かった娘に対して、神に殉じさせる為に厳しい教えを強いた。

質実剛健であり、良くも悪くも融通が効かぬ頑固な性格。

娘は私の期待通り、敬虔な次期司祭となった。

神の教えを頑なに守る、模範的な人間であった。

その上、彼女はとても、美しく成長した。

誰もが羨む筈の、美貌だった。

しかし、深々と頭を覆うベールと、頑強な性格により、その美しさは隠された。

 

ある日、娘は回復魔法に目覚めた。

娘には魔法の才能が無かった、それにも関わらずだ。

簡易の回復魔法そのものは、特段珍しくはない。

教会関係者が独占状態とは言え、高位の治癒師もそれなりに居る。

しかしだ、つい先日まで魔法の手解きさえ、誰からも受けていなかった我が娘。

それが、教会の高位治癒師ですら顔負けの、治癒魔法を披露してみせた。

 

その頃からか…私の娘は頑固な性格から、人好きのする市井でも評判の聖職者となっていた。

困窮した者がいれば、躊躇いなく治癒を施した。

気が付けば、彼女は市民から”施しの聖女”と呼ばれ始めた。

それがいけなかった。

 

許可の無い教会関係者による無償の治癒行為は、教義において禁止されている。

治癒行為は、教会の権威を裏付けるものなのだ。

 

私は彼女に厳命した。

市井の人間に対して、むやみやたらな治癒の施しを止めるようにと。

 

娘は、教会の本部に目を付けられ始めていた。

教区長の娘と言えども、例外は無い。

私は何度も、娘を戒めた。

それでも彼女は、施しを止める事はなかった。

 

娘は教会本部に招致された。

異端審問である。

神の定めを貶めた、として。

異端認定を受ければ、漏れなく破門。

最悪の場合、死罪もある。

いや、破門は死よりも恥ずべき事、と捉える事もできるが。

 

私と妻は嘆いた。

私の教育が間違っていたのか。

 

ある日、娘は何事も無かったかのように審判から戻ってきた。

 

「ティ、ティアナよ…無事だったのか…?」

 

「えぇ、何ともございませんよ」

 

娘はあっけらかんとしていた。

とても、異端審問を受けた者とは思えない。

ひどく落ち着いた佇まい。

 

「お父様、この度はご心配をお掛けし申し訳ございませんでした」

 

「異端審問はどうなったのだ?あれは、一度招致されれば、ただでは済まされないものだぞ」

 

「査問官の皆様は、とても聡明でいらっしゃいます。お話しすれば、お解り頂ける方々でした。今後も変わらず、施しを続けて良いそうです」

 

私は愕然とした。

娘は異端審問で、いったい何をしたのだ。

教会の定める厳粛な教義、それに反しても許されるとは何事か。

 

それから娘は、度々教会本部へと赴くようになった。

もちろん、無償の治癒活動も行いつつ。

娘が本部で何をしているのか、私は知らなかった。

教会の本部は、権謀術数巡らす深淵である。

あれは、恐ろしい者共の集いだ。

私の聖職者としてのキャリアは、教区長が関の山だろう。

凡才の私は、彼女が本部でしている事を、とても想像できなかった。

 

しばらくして、現任の枢機卿が老齢により逝去した。

後任の枢機卿は、卿団の非公開の会議によって決まる。

しかし今回は、その結果が一般に公開されることは無かった。

教会の旗頭が、世間一般に公表されないのは異例だった。

祭事など、枢機卿としての表立った役割りは当然多くある。

教皇とは、それはとても多忙な存在なのだ。

だがその役割りは、卿団の中から選出された、代理人が行う事となった。

 

ある日、娘が私に言った。

 

「私が枢機卿となりました。教区長であるお父様には…特別に、お知らせいたします。でも、私が教皇である事は、他言無用でお願いしますね」

 

性格は変わったが、つまらない冗談を言うような気質では無い。

おそらくは、本当の事だろう。

彼女がどのような手段で、教皇になったのかは知り得ない。

あの魅惑的な肢体で、誘惑したのか…

いや、そんな俗物的なモノで教会のトップに至ることなど到底不可能だ。

私は彼女の事が恐ろしくなった。

 

しばらくして、市井の聖職者達の間では我が娘が、教会本部から”聖女認定を受ける”との噂が立った。

その噂が流れて数日後、教会本部から宣言を受けた。

我が娘を、聖女認定すると同時に、勇者と合流し助力させよ、と言うものだった。

 

勇者と言えば、今をときめく話題の人間。

聖剣を引き抜いた、教会にとっても重要人物である。

人類救済を目的として、戦っている者だ。

教会としても、権威付けに利用する存在としてうってつけだが…

 

どう考えても、枢機卿である彼女自身の意思が働いている。

彼女の目論見が分からない。

 

勇者へ聖職者を差し向けるなら、他にも優秀な物はいる。

流石に我が娘と比べれば、大きく劣るとは思うが。

 

だが、上からの指示は絶対だ。

馬鹿馬鹿しく思いながら、私は司祭として娘に命じた。

 

「教会本部からの指示である。我が娘、聖女ティアナは勇者一行に合流し、彼等に助力せよ」

 

「承知いたしました、お父様…」

 

娘は、父親である私の元から旅立った。

 

彼女が遠ざかる事で、私は密かに安堵した。

もはや、あれに親として掛ける言葉は見当たらない。

私の考えが及ばぬ、遥か高みの存在だ。

理解しようとするだけ、無駄に違いない。

 

勇者に付き従う治癒者が、よもや教会の最高責任者とは…

彼らは夢にも思わないだろう。

 

君たちの傍に居る、その若く美しい女。

彼女が国王と渡り合える、恐ろしい権力の持ち主なのだと。

 

 

 

ーーーある街の酒場にてーーー

 

 

 

勇者一行による、盛大な宴が催されている。

 

「あれれぇ〜?アルトさんのジョッキぃーカラになってないぞぉ………はいっ!アルトさんのぉ!ちょっとイイとこ見てみたい!それ、飲〜んで飲んで飲んで♪ 飲〜んで飲んで飲んで♪飲〜んで飲んで飲んで♪飲んで?」

 

「ティアナがそこまで言うなら!くそっ…やってやる、やってやるぞ!うぉー!!」

 

行きつけの酒場で、彼らはドンチャン騒ぎをしていた。

 

彼女の父親は、その醜態を知らない。

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