聖女の帰還

砦の防衛戦で聖女を失った勇者一団は、暗い雰囲気に包まれながら夜を迎えた。

 

途中、アルトとアーシャが辛抱たまらず、砦を出て魔族領に侵入しようとした。

ティアナの遺体だけでも取り戻したい、そんな想いからだった。

しかし、余りにも無謀だという事で、周囲から猛烈に引き止められた。

結局、アルト達三人は眠る事も出来ずに、陰鬱とした心を抱えながらただ茫然と過ごした。

 

夜が明けてもなお、勇者達は身動きをする気力が湧かなかった。

周囲の兵達は、援軍に駆け付けてくれた勇者一団へ、大きな恩と感謝の念を抱いていた。

しかし、彼等を礼賛したり、励ましの言葉を掛ける事ができる者はいなかった。

兵達もまた、聖女喪失で沈んでいたのだ。

とても敵を撃退した、栄光ある守備隊の姿では無かった。

 

日も既に傾きかけた頃だ。

 

魔族領方面から砦へ向かってくる影が二つあり、と警戒中の兵から告げられた。

そして数分の後、櫓の兵から大きな声が上がる。

 

「接近中の警戒対象!!非武装の魔族1!非武装の人間1!こ、これは…いや、まさか……せ、聖女様…?」

 

砦内の静けさは一変し、兵達は俄かにざわめきはじめた。

魔族の策略を疑い、砦の兵は警戒態勢に入った。

兵達の騒ぎを聞きつけたアルト達は、急いで砦から躍り出た。

 

見つけた。

ティアナが帰ってきた。

アルト達は、自らの目を疑った。

 

ティアナは何事も無かったかのように、勇者達の元へ帰ってきた。

彼等は、内心から喜んだ。

 

しかし、随行していた者が問題だった。

それは先刻、当のティアナを背後から不意打ちし致命傷を負わせた魔族の女だったのだ。

 

「ご心配をお掛けして、申し訳ありませんでした。イェンティアナ・ラブカス、勇者様の元へ、帰還いたします」

 

「ティ、ティアナ…無事、だったのか?……それに、ソイツは」

 

アルト達は再会の喜びと、生還の驚きと、敵対者随行による疑心で、戸惑いを隠せないでいる。

 

「この方は魔族からの先触れで、魔族軍の幹部でもあるサティアさんです」

 

「先程は我が軍が”世話”になったな。勇者殿…」

 

「サティアさん、今は真剣な場です。煽らないで下さい」

 

棘のあるサティアの挨拶に対して、ティアナはこれを戒めた。

 

「これはどういう事だ?事と次第によっては、私達はキミを…」

 

エリナが絞り出すような声で、ティアナに疑問を投げかけた。

エリナは、魔族の手による洗脳や、遺体がネクロマンサーにより操られている可能性も考えていた。

 

「怪しまれるのも当然です。詳細をお話ししますので、どうか警戒を解いてください」

 

ティアナは魔族との間に起こった事の顛末を、彼らへ赤裸々に話した。

 

「サティアさん、魔王からの書状を出してください」

 

「ふん、仕方がないな……んっ…ほれ、コレだ。魔王様の情けを賜ること、有り難く思え!」

 

魔族の女サティアは、その豊かな胸の渓谷から、書状を取り出して勇者に渡した。

人肌に暖められた書状を受け取った勇者アルトは、少しばかり顔が赤くなった。

 

「わ、分かった。でも…それでも…」

 

「そうですよね、流石に話が飛躍していますよね…申し訳ありません…どうやったら皆さんに信じて頂けるのか…」

 

ティアナは、心底ばつが悪そうにしている。

そんな中、意外な人物が割って入ってきた。

 

「酒よ!ティアナに酒を飲ませなさい!アルト!アンタも知ってるでしょ!ティアナの酒グセを!そこの魔族の女…えっと、サティアだったかしら?アンタはアタシ達がガッチリ見張るから覚悟しなさい!」

 

アーシャが遂に、話し始めた。

そしてアルト達の予想の、右斜め上を行くアドバイスを口にした。

 

「そうか、成程!分かった!ティアナ!今から飲むんだ、酒を!」

 

「えっ?へっ?えぇえー!?」

 

まさかの強制飲酒。

酒好きのティアナも、困惑を隠せなかった。

 

アルト達は砦の兵達に、酒をありたけ持って来るように願い出た。

兵達は喜んで、秘蔵の酒を彼等に差し出した。

 

 

 

「だからぁー!ヒック!ナンドも言ってるじゃないれしゅかぁ!わらしってぇ…しゅっっっごいチユまほー使えるんれしゅよぉー…あんなビッチでぇーウシ乳ぱっつんぱっつんエロ女魔族にぶっ殺されるわけ、ないれしゅよぉー」

 

ティアナは差し出された酒を、喜んで飲み続けた。

それは美味しそうに。

まるで、自分を労うかのように。

 

彼女は瞬く間に、上機嫌になった。

顔は赤みがかり、態度は次第に大きくなっていく。

ティアナはあっという間に、デキ上がってしまった。

アルトは、ティアナのそれに付き合った。

 

余談ではあるが、彼が飲んでいるもの…それ

は酒と称した泡だった麦茶である。

つまり、泥酔しているのは、ティアナただ一人だ。

 

「そうだな!ティアナは凄いもんな!頑張ったな!ほら、頑張ったティアナは、もっと飲んで良いから」

 

「えっ!?良いんれしゅか!やったやったぁ!!ゴクンッ…ゴクンッ…ゴクンッ…っぷはぁ!……ゲェ〜っぷ…イィーッヒッヒッヒッ!やぁっと、わかってくれたんでしゅかぁ!ヒック…気づくのぉー遅いれしゅよぉーアルトしゃあん」

 

「こ、これが…聖女の姿か?人間の酒はこれ程…人を可笑しくしてしまうモノなのか?」

 

サティアが呆れを隠せず、その口を開いた。

 

「あんなのティアナだけよ。酒が絡むとね、残念になっちゃうのよ…心底勿体無いと思うわ。まぁ、それも可愛いんだけど」

 

アーシャが肩をすくめながら、苦笑いでその問いに答えた。

 

サティアは、ここ最近で何度目か分からない驚嘆を受けた。

自身を警戒しているエリナやアーシャに、我慢出来ずに語りかけたのだ。

サティアは、あの魔王と対等に交渉した女の醜態に、目を覆いたくなった。

 

「あの、チョーつおいマオーにですよぉ!?和平をきりだすの…ヒック…チョー怖かったんですよぉー!アルトしゃんたちは分かりましゅか!このオソロシサを!ヒック!もうねぇ!あの眼光…ぶるるっ…あー!怖かったなぁ!!あんなビビったのーかいしゃのパワハラいらいですわー!かぁーっヒック…だからぁー、まおーのお城から出てきたらぁー安心してえーオシッコもらしちゃいましたよぉ………あっ…っべー……おぱんちゅ穿き替えてなかった………まぁいっか!ヒィーッヒッヒッヒッ」

 

 

勇者達は確信した。

彼女は、嘘偽りないホンモノだと。

 

サティアは軽蔑した。

この聖女は、頭がおかしいと。

そして、この女が小便を漏らしたまま自身と行動していた事に、心底呆れていた。

 

アルトは興奮していた。

ティアナの粗相を聞いて。

 

残念な美女を中心とした酒乱の夜は、まだ終わらない。

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