ラスボス(真)の思惑

人族と魔族の終わりの見えない、お互いの生存権を賭けた諍い。

長い歴史の中で、多くの悲劇が生まれ、多くの生命が犠牲となった。

和睦のチャンスも僅かであったが、幾度かはあった。

しかし現在に至るまで、その機会が活かされることは無かった。

和平の機運が高まった時に限って、悉くそれが失敗したのだ。

 

和平の使者が、途上で皆殺しに逢い。

調印式にて、双方の代表者が諸共殺害され。

果てはお互いの非戦闘員を標的とした殺戮が行われた。

お互いにその責をなすり付けあった。

 

その裏には邪神の思惑があった。

邪神は混沌を好んだ。

あらゆる手段を使って、双方の争いを煽った。

醜く凄惨な殺し合いを、ただ只管に愉しんでいた。

 

邪神は決して表舞台には出ることがなかった。

いや、厳密には出られなかったのである。

邪神は自らを祀る神殿もろとも封印されていた。

 

はるか古の時代の事である。

人族と魔族の長は、強大な邪神を打ち倒す事かなわず、やむなくそれを封印した。

封印に使用された鍵は二つ。

人族、魔族それぞれに秘宝として渡り管理される事となった。

 

だが邪神はしぶとく世界に干渉した。

封印で次第に削がれていく力をも使って、自ら眷族を生み出したのだ。

果たして邪神の眷属は人族と魔族の仲を割くことに、見事成功した。

 

邪神の笑いは止まらなかった。

この愉しみに味を占めた邪神は、自らを顧みる事なく眷族を産み落としては世界を混沌に陥れた。

 

しかし、次第に創り出される眷属の力も弱くなっていった。

それでも邪神は自らの愉しみを止めなかった。

 

ある時、人族に勇者が誕生した。

神代から受け継がれる、聖剣が引き抜かれたのだ。

 

邪神は勇者を妨害しようと、眷族を創り出した。

産み落とされた眷族は、かつての強大な力を持ったモノではなかった。

醜い臓物の塊が蠢くのみ。

 

邪神は遊び過ぎで、力を喪失しかけていたのだ。

 

「勇者の懐に潜り込み盤面を掻き回せ。そして魔王と勇者を殺害し、世を混沌と禍いで満たすのだ」

 

邪神は眷属に言葉を続ける。

 

「人族と魔族の秘宝を探すのだ。未だ我が眷属たちはソレらを奪う事能わず。しかし眷属の過去の調べにより、魔族と人族に伝わるモノと分かっておる。その秘宝は我が再誕の鍵となる。二つの秘宝を、忘れられし我が祭壇に捧げるのだ」

 

かくして醜悪な肉塊の眷族は、現世へ送り出された。

 

 

 

ある時、封印されし神殿に招かれざる客が訪れた。

現世とは別の時空にある神殿に、外部から何者かがやってくる事はありえない。

送り出した眷族も、神殿から現世に向かえば戻る事は出来ない。

やって来たのは聖職者らしき佇まいの女だった。

 

あり得ないと邪神は考えた。

しかし、邪神は珍客との命の繋がりを感じた。

つい最近産み出した、あの醜い眷属であることを知ったのだ。

 

初めは異空間への帰還の成功と思っていた。

しかし邪神は、瞬く間に美女の皮を被った己が眷属に打ちのめされた。

 

「うっ…ぐ……な、なんという規格外……この様なモノを吾は産み落としたのか………」

 

「なぁなぁ、邪神さんよぉ…これでアンタと俺の”命の”繋がりは切れたよなぁ…」

 

「わ、わかっておる………もとより…その力ならば、吾が消えた所で汝に何ら影響もあるまいて…」

 

「へぇ…そうだったんだぁ。まぁいいや、俺もアンタと道連れで死にたくないんでね。それと、今回の事は他言無用で…たとえ勇者が此処に辿り着いたとしてもね。俺がアンタをぶちのめしたことは、さすがに外聞が悪いだろう?」 

 

「おのれ…汝は、吾よりも…邪悪に見えるぞ」

 

「どういたしまして♡」

 

目の前の女は恐ろしい笑みを浮かべながら、言葉を続ける。

 

「ま、俺を産んでくれた事に免じて、殺さないであげる。あと一応アンタの復活も手伝ってやるよ。あ、勿論完全な復活だからな、喜べよ?当然、秘宝入手の目処は立ってる」

 

「この吾を手玉に取るとはな…汝はいったい…」

 

「アンタを殺すのは俺じゃあない、勇者だからな。だから、しばらくはゆっくり待ってなよ」

 

ボロボロの邪神を置き去りにして、かつて眷属だった女は挙動不審な動きをしながら神殿から去って行った。

 

 

そして暫くの後、女の言う通り二つの鍵が祭壇に捧げられた。

邪神は歓喜した。

女に叩きのめされた事も忘れて喜んだ。

封印から解放されれば、失った力も再び蓄える事が出来る。

邪神は愉悦の再開を想い、笑顔を浮かべた。

 

たとえ勇者がやって来たとしても、容易に返り討ちにしてやろう。

そんな気でいた。

 

勇者達一行が邪神絶対殺すマン、または邪神絶対殺すウーマンになっている事も知らずに。

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