アーシャ陥落

よく来たな。

 

俺はイェンティアナ・ラブカスだ。

 

普段の俺は、外を歩けば道行くヤロウどもが振り向く絶世の美女だ。

 

だが、今日の俺は違う。

オマエがここに来たということは、オマエと俺がやるべき事はだいたい決まっている。

 

今から俺とオマエは、この幻想奇譚エリュシオンというメキシコで、真の男であるバンデラスを目指さなければならない。

 

たしかにオマエの性別次第では、オマエは既にバンデラスかもしれない。

いや、もしかしたらブシェミかもしれないが。

 

だが俺は違う。

マコトに残念だが、いまの俺はベイブであり絶世の美女だ。

しかし、そこらへんの男からナチョスとコロナビールを奢られる事はあっても、それは違う。

それだけでは、バンデラスではない。

 

だからオマエと共にバンデラスになるため、俺にはやることがある。

 

 

男装だ。

 

 

ある日のことだ。

俺たちにたいしてエリナを通して、王国のCIAから依頼があった。

今俺たちが居る、この街のことだ。

ヤツは街の領主が魔族と内通していると言ってた。

 

王国が分かっているなら、自分たちでデスペラードしろと言いたいのはわかる。

 

だがオマエは知っているだろう。

ここは幻想奇譚エリュシオンという名のメキシコなのだ。

小さい事を気にしていては、メキシコでは生きられない。

 

あたりまえだが、俺たちのリーダーアルトはエージェントの依頼を断らない。

コイツはイケメンだが、底抜けのお人よしだ。

二つ返事でクエストを受けた。

 

ちなみに領主のたくらみは魔族をインサイダーして、街をメキシコにすることだ。

放っておくと市民がころされるので、俺は領主をデスペラードするつもりだ。

娼館のベイブたちは俺が守る。

 

だがどうやって領主のあくじを、MI6でもボンドガールでもない俺たちが暴露するのか。

 

そう、変装して潜入だ。

変装は潜入のテンプラだ。

これは、コマンドーが筋肉でモリモリなのと同じでお決まりというやつだ。

 

アルトはベイブになるし、俺はバンデラスになる。

アーシャとエリナはバンデラスを目指したが無理だった。

そもそもエリナは貴族どもに、メンツが割れてるから無理だが。

 

結局はベイブなアルトとバンデラスな俺で、領主が催すパーティーにカチコミした。

 

ちなみにだ、この時のベイブなアルトは結構人気だ。

ブラックマーケットで取引されてる薄っぺらい本では、ベイブなアルトはあらゆるヤロウと乗算されてる。

俺は詳しくないが、少しだけ詳しい。

 

バンデラスとなった俺は、とにかく女どもにモテモテだ。

とうぜんだ、なぜなら今の俺はバンデラスなのだから。

 

サラシを巻いた俺の爆発的なダブルミートパイは、四次元に収納された。

すごく苦しいが、バンデラスになるためなら耐えられる。

ピカピカのロングヘアはそのままにしたが、一応後頭部で結んでおいた。

服は新しく買った。

真っ白なスラックスと、真っ赤なメスジャケット(雌ではない)を着た俺はさながらミュージカル俳優だろう。

 

ところで、人集りのパーティーで裏切りの現場を押さえるなんて、無理に決まってる。

そう考えているオマエは、まだまだメキシコでは生きられない。

まちがいなく領主は、このパーティーで魔族と密会する。

エリュシオンという名のメキシコをプレイし尽くした俺には、全ておみとおしだ。

 

魔族の正体を暴けば、ミッションコンプリート。

 

慌てた領主はバンデラスになって俺たちを消すため、魔族からゲットしたマリファナとコカインを混ぜたようなクスリを食べる。

しかし、それは脂肪フラグというヤツだ。

 

まるで醜いデブデブのオークになった領主は、バンデラスの俺とベイブのアルトに叩きのめされた。

ちなみにレベルが足りてないと、ふつうに負けるぞ。

 

あと密会してた魔族(女)は、正体を現して再会の言葉を俺たちに掛けたら消えた。

レベル的に俺は大丈夫だが、アルトはかなわないので戦闘してもしぬだけだ。

シナリオ通りとはいえとてもありがたい。

 

とりあえず領主のあくじもオープンになったし、コラテラルダメージもほとんどなかった。

 

俺たちはまたもや、この街の人間どもに感謝された。

 

 

 

こんかい俺がオマエに言いたい事は三つだ。

 

バンデラスな俺は最高にカッコいい

 

ベイブなアルトは可愛い

 

魔族の女は仲間になる

 

以上だ。

 

 

ーーーーーー

 

「狼狽えるなアーシャ!防御魔法を張る!とにかく範囲魔法を打ちまくれ!!」

 

「…ハッ!!くっ…私としたことが…わ、わかったわよ!!」

 

「アーシャ!後先考えるな!持ってる魔力全部使って属性魔法を使い切れ!!」

 

「アンタ人が変わり過ぎでしょ!ええい、こうなったら打って打って、打ちまくるわよ!!」

 

………

……

 

アーシャは時たま思い起こす事がある。

 

迷宮の罠に掛かった時の事を。

強力な魔物が跋扈する、所謂モンスタールームにティアナと二人で閉じ込められた。

前衛のメンバーは誰一人として居ない。

魔物が大挙して押し寄せてくれば、後衛の二人はなす術もなく奴等の腹に収まることになるだろう。

絶体絶命の状況で、自身が錯乱しかけたそんな中だ。

ティアナの勇ましい激励のおかげで、アーシャは冷静になり窮地を切り抜けられた。

 

平素ティアナの口から奏でられる声は、常に美しいものだった。

彼女は容姿のみならず、声帯にも恵まれていた。

仮にティアナが讃美歌を奏でれば、傾聴する者は皆感極まり咽び泣くことだろう。

 

そんなティアナが、あの時は低く響く男性のような声と言葉遣いでアーシャを叱咤したのだ。

聴く者は全身に力が漲る、猛勇を奮い立たせる語気であった。

 

あの勇猛なティアナは何だったのだろうと、彼女はしばしば不思議に思っていた。

 

平素の乙女とは真逆の、ボーイッシュな姿を夢想させる声。

目を瞑れば、そこには王子様のような理想の異性が見えるようだった。

有り体に言えば、出会った事もない空想のイケメンをティアナに感じていたのだ。

 

“また、その勇ましい声で話し掛けて欲しい”

 

昔馴染みの異性であるアルトとは、また違ったときめきを彼女は得ていた。

 

魔法使いとしては一線級のアーシャも、蓋を開けてみれば歳相応の夢見る乙女だったのである。

 

 

ーーーーーー

 

 

この街にも長居しているなと、アーシャが思っていたある日の事だ。

紆余曲折あって、ティアナの男装姿を見る機会があった。

変装をして領主が主宰するパーティーに潜り込む事になったのだ。

 

アーシャは声こそ上げなかったが、ティアナを見て内心酷く動揺した。

彼女の男装姿に、一目惚れをしたのだ。

アーシャの視線はティアナに釘付けだった。

 

白のスラックスに、真紅のメスジャケットはさながら王族の子息である。

長髪はそのままに後ろで結えられ、黄金の輝きを放つ。

元より整った顔立ちは、本人の意識の違いから目線が鋭いものとなっていた。

 

しかし、女性としての抜群のプロポーションはどこへ行ったのか。

肩幅の問題は、ジャケットのパットで誤魔化しているようだったが。

 

ティアナのスタイルは元々素晴らしいものだった。

しかし不思議なことに彼女が誇る豊かな双丘は、その鳴りを潜めていた。

どういう仕組みで胸を押さえ込んでいるのか疑問に思ったが、その思いは一瞬で霧散した。

 

ティアナがその姿で、声を発したのだ。

 

「どうだろう、みんな?違和感…ないかな?俺としてはこんな感じで行こうかと思うんだが…どう?イケてるかい?」

 

イケていた。

 

いつものティアナとは思えない、まるで変声期真っ只中の少年のような声色。

 

あのモンスタールームで聞いた、アーシャが何度も反芻した、あの時のティアナが発した声だった。

 

アーシャの理想がそこにあった。

アーシャの熱い視線は、ティアナから逸れる事はなかった。

そして…その視線をティアナが気付かない筈が無かった。

 

ティアナはアーシャとすれ違い様に、不意に耳元で囁いた。

「俺の可愛いお姫様。無事に仕事が済んだら、キミの部屋へ向かうよ…♡」

他の二人には聞こえない程の僅かな囁きであったが、その一言によりアーシャの顔面は沸騰した。

 

アーシャはティアナやアルトと共に変装して件のパーティーに行きたがったが、それは叶わなかった。

元より貴人のマナーなど知る由もなかったのである。

一方のエリナは王族でありパーティーにも慣れてはいたが、顔が知れ渡っている可能性もあるので固辞した。

 

ちなみに、なぜ貴族でも何でもないマナーを心得ぬアルトが領主主宰のパーティーに潜り込めたのか。

疑問に思う者もいるかも知れない。

その理由は、アルトの女装姿が領主の性癖に合致していたから。

それだけの事である。

 

アーシャは宿で待機している間、悶々としていた。

さながら白馬の王子様が迎えに来る、お姫様の気分であった。

 

果たして仲間の潜入任務は無事に終わり、内通者である領主は弾劾された。

 

アルトとティアナは、宿で待機していた仲間と合流した。

 

アルトは早々に女装姿を解いて、普段着に戻った。

一方のティアナは男装姿のまま、アーシャの泊まる部屋へ密かに向かった。

その口元は、酷くニヤけていた。

 

コンコン、とノックの音が響く。

 

「は、ははは入って!どどだどどどうぞ!」

 

「失礼するよ、アーシャ」

 

アーシャの心境は最高潮に至った。

 

「おっと…いつも通り防音魔法も忘れず掛けなきゃね」

 

アーシャは言葉を忘れて見惚れていた。

 

「ふふっ…お姫様は余程の驚きで言葉もないようだね…そんなに俺の事が気になるかい?」

 

アーシャは真っ赤な顔で、首とブンブンと縦に振るのみであった。

 

「そうか、それは光栄だね……そういえば、今までは魔力譲渡のために俺は君と身体を重ねていたけど…今日のアーシャ姫は特に魔力を消費してないよね?」

 

ティアナが決して普段は見せないような、加虐的な表情でアーシャを見下しながら言った。

 

「そうだ、今日はその必要も特に無いよね?うん、疲れちゃったしこのまま俺も自分の部屋で寝ちゃおうかな?」

 

アーシャは血相を変えて、ティアナに縋り付く。

 

「やぁっ…!やなのぉ!行かないで!魔力とか魔法薬の節約とかどうでもいいの!お願い…」

 

ティアナは聖職者とは思えぬ薄暗い笑みで、声をかける。

 

「へぇ…ま、俺もキモチイイから悪くはないし、良いよ。じゃ、着替えてから来るね」

 

「ぃや!やなの!そのままが良いの!王子様が良いの!」

 

「ふーん、それさぁ、俺の事を異性として見てるって事?俺、女なんだけど…アーシャはさぁ…アルトが好きなんじゃないのかい?」

 

「…いいの…アルトの事は、今はいいの…だから!」

 

その言葉を聞いたティアナは不意にアーシャへ詰め寄り、部屋の壁際へ追い詰めた。

アーシャの瞳はティアナの顔を捉えながら、酷く揺れている。

ティアナは壁に片手をかけながら、ゆっくりとアーシャの耳元で囁いた。

 

「じゃあさ…お願いしなよ、オヒメサマ?具体的にさ、俺に何をどうして欲しいんだい?」

 

「あっ…そ、その…あ…アタシの…ーーーーー」

 

アーシャの感情は決壊した。

全ての願望をティアナに吐露した。

 

「へぇ…凄いね、キミ。でも、よく言えました」

 

壁を背にしたアーシャは、ティアナに全身を密着させられた。

ティアナは両手を、アーシャの両手に絡ませる。

 

「それじゃあ、遠慮なく、イタダキマス…………んちゅ…ちゅっ…ちゅる…」

 

アーシャは始めての唇を、ティアナに奪われた。

それは本来、幼馴染である勇者アルトの為に、取っておいたものだった。

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